ソフィア・コッポラ新作『ビガイルド』ミューズたちと描く孤独と連帯

ソフィア・コッポラ新作『ビガイルド』
ミューズたちと描く孤独と連帯

美しい女優、美術。孤独が狂気に変わる瞬間を覗き見る

2018年2月 特集:超好き -Ultra Love-
SPONSORED:『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
テキスト:はくる 編集:野村由芽
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ソフィア・コッポラが映画の中で照らしてきた、「隔離」や「孤独」

「ソフィア・コッポラ」という監督名を聞いて真っ先に浮かぶものはなんだろうか。処女作である『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)、東京を舞台に相互理解の難しさを扱った『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)、歴史的人物の伝記映画ではなく一人の少女の青春映画として制作された『マリー・アントワネット』(2006年)、行き場のなさから生じる渇望を親子の休暇を軸に描いた『SOMEWHEAR』(2010年)、恋心が発端で犯罪に手を染めていく青年を描いた『ブリングリング』(2013年)。映像を彩る装飾や、キルスティン・ダンストやエル・ファニング、スカーレット・ヨハンソンといった華やかな女優たち。ソフィアが生み出してきた世界観や一連の現象には、甘く淡いイメージが付随している人も多いはずだが、同時にそれらはひとえにガーリーカルチャーと呼んでしまうにはあまりにもナイーヴで、その反面、底知れない力強さをも持ち合わせている。

舞台装置が高級ホテルや王室であろうが、登場人物がセレブリティーやまばゆいばかりの美少女であろうが、ソフィアが映画の中で照らし出しているものは、あくまでも「隔離」や「孤独」であり、現実離れした物語だけがそこにあるのではない。せわしない日常の中でうやむやに押し込めている切実な焦りや、途方に暮れてしまうような瞬間にカメラがフォーカスされ、だからこそわたしたちの目の奥は震える。

自身のミューズたちとともに、女性視点から原作小説を捉え直す

2月23日(金)に公開される最新作、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は、クリント・イーストウッド主演で『白い肌の異常な夜』(1971年)としても映画化されたトーマス・カリナンの小説をもとにした作品だが、あくまでもリメイクではなく原作小説を女性視点から描くことに注力したとソフィアは語っている。また、同作は昨年の『カンヌ国際映画祭』においてミヒャエル・ハネケ、ジャック・ドワイヨンらを抑えて監督賞を受賞し、女性監督としては56年ぶり、史上2人目の快挙を成し遂げた。

1864年のアメリカ・バージニア州を舞台に、南北戦争から隔離された男子禁制の女子寄宿学園に1人の負傷兵が現れたことから巻き起こる7人の女性たちの愛憎劇を描いた今作は、これまでの作風と比べスリラー色の強い映画となっている。ニコール・キッドマンが園長を、キルスティン・ダンストが純粋な教師を、エル・ファニングが早熟な少女を演じるなど、これまでの作品でも活躍してきたミューズたちを今作でも起用。

左からキルスティン・ダンスト、エル・ファニング、ニコール・キッドマン(『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』©2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved. )

当時のアメリカ南部での暮らしや女性たちの様子が絵画のような美しいカットで散りばめられ、贅沢な覗き見をしているような感覚を覚えるが、その合間に見え隠れする残酷さにより更に釘付けになっていく。しかし、目をこらそうとするこちらの思惑を逆光が遮る。

日常にひそむ当たり前の孤独、そこからじゅうぶんに生じかねる、大袈裟ではない狂気の話

今作の宣伝コピーとして添えられているフレーズは「ひとりの男、狂いゆく女たち」であるが、それだけの話だと定めてしまうのは勿体ないというのが正直な感想だ。作中に繰り返し登場する曲の歌い出しに「時はゆっくり這うようにすぎる」とあるように、「男性という異物が紛れ込んだこと」のみに起因して突然変異的に狂気へとまっしぐらになったのではなく、あくまでも、だんだんそこへと向かっていったのだという印象を覚えた。

それぞれにこれまでの人生で負ってきた心の傷があり、それは変化を求める種として奥深くに存在していた。戦争への不安、迎えに訪れない親への不信感、ソフィア映画に登場する女性が度々課題として抱えている、「ここではないどこかへ連れ出してほしい」という願望。それらがたまたまこの引き金によって表面化しただけで、長い時間をかけてほつれ続けてきたのだと思う。

いつだってあらゆる要因に対するひとつの結果があるだけで、ただシンプルにひとつの要因に対するひとつの結果であることなんて、実はあまりない。だからこれはスリラー映画ではなく、日常の映画なのだと思う。日常にひそむ当たり前の孤独、そこからじゅうぶんに生じ得る、大袈裟ではない狂気の話である。

女性の在り方、男女の在り方、人間同士の在り方。それらの現象を再考する手掛かりが映っている

そしてその日常の中でやりとりされている男女間の力関係や、同性間の年齢差やライフステージの違いによる力関係も、決して大袈裟なものではない。男性は相手を見定め女性ごとに態度をガラリと変え、違った一面を次々と発露させていく。また、世代や立場の違う女性たちは、物事に対する考え方や接し方に差がある。好奇心や愛着の抱き方、表への出し方も違う。

差があるからこそ成り立ってきた関係や秩序は、イレギュラーな出来事によって波乱を巻き起こすこともあれば、反対に連帯感を強めることもある。恋愛感情をはじめとした感情に没頭していくこと、またはそれによって常識的なルートから逸脱していくことに「落ちる」という表現を用いるとき、そこに自己中心的な弱さを連想してしまいがちだが、ときにはそれは思いもよらない強さとなり、だからこそ残酷性を孕むのである。これは、一人の男によって女たちが流れるように狂わされていくという物語ではなく、人間関係を築いていく上で生まれる、何かをねじ伏せてしまうような力関係への問題提起の物語ともいえるかもしれない。

距離を隔てて戦っている相手も近くで見れば自分たちと似た温かみを持っているのだという学びを得た女性が、「敵は同じ人間」という言葉を使うシーンが作中にある。しかしこれは裏返しでもあり、同じような優しさが相手に存在するのであれば、人間臭い冷たい部分や残忍さだって、当然相手も持ち合わせているはずである。

上記で語った様々なケースや問題は、南北戦争時代であれ現代であれ、おおよそ構図は同じで、変わっていない部分が多いのではないかと思う。同時に、変わりつつある時代の真っただ中であるとも、思う。女性の在り方、男女の在り方、人間同士の在り方。社会的な生き方とパーソナルな生き方の両方の幅が広がり、各所で見直しが行われている現在、この映画を改めて撮ること、そして見ることの意味はそこにある。今こそ様々な視点から、これらの現象を再考するのに最適な時期かもしれない。その手掛かりが、この映画には隠れている。

PROFILE

はくる
はくる

根暗ポップ・ゴールデン街『バー新子』の日曜ママ・愛と情緒がだいすき

INFORMATION

作品情報
『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2018年2月23日(金)からTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開

監督:ソフィア・コッポラ
出演:
ニコール・キッドマン
エル・ファニング
キルスティン・ダンスト
コリン・ファレル
上映時間:93分
配給:アスミック・エース STAR CHANNEL MOVIES
http://beguiled.jp/
©2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

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