田中茉裕さんの即興ライブと前田エマさんの個展・選書から滲む「変身」の予感
日差しが暖かく、桜色で縁取られた景色に高揚する春。環境や人間関係などの変化が訪れ、変身のきっかけの時期でもある3月に、She is では「変身のとき」を特集。その連動企画として、毎月の特集テーマから連想される本をゲストに選んでいただくイベント「She is BOOK TALK」を開催しました。
ゲストは、モデルの枠を越えて、アーティストやエッセイストとしても幅広く活動する前田エマさんと、音楽家の田中茉裕さん。前田さんが個展『失う目』を開催していた尾山台flussにて、田中茉裕さんによるピアノの弾き語りミニライブと、前田さんが「変身のとき」をテーマに選んだ本を紹介するトークイベントを行いました。
「世の中の型にはめていくほど、自分から離れていく気がした」(田中)
イベント当日は『失う目』と題された前田さんの個展の会期中。とある少女が住むマンションの一室から見た景色を軸につくられた、写真や絵、映像作品が展示されていました。目にする景色の中で、自分はなにを見ていて、なにを見ていないのか。目にするものを無意識に選択しながらも、なにかを喪失していく自分や家族、周りのことを深く考える、前田さんのエネルギー溢れる作品が会場に並んでいます。
会場には、大きな存在感を放つグランドピアノが。まずは、田中茉裕さんによるミニライブからスタートです。「美大に通っていたときの特別講義で奈良美智さんがイチオシのミュージシャンとして紹介されていたのがきっかけで、田中茉裕さんを知りました。彼女の歌は力強くて、初めて動画で音楽を聴いたときに泣いてしまったんです」と前田さん。
ピアノの音色が自由に遊び、まるで物語を紡ぐように滑らかに膨らんでいく言葉と歌に酔いしれる30分。「素晴らしいものを見せていただいて胸がいっぱい」と前田さんも拍手を送りました。
事前に演奏する曲を決めていなかったという田中さん。「少し前は、誰かの前で歌を歌うならちゃんと準備をするべきだ という思いにとらわれ、セットリストや話すことを決めて、ライブに臨んでいましたが、良いライブをしたい、と一生懸命考えて頑張ったり、セットリストやMCという世の中の型にはめて活動していくほど、自分でなくなっていく気がしました。苦しくて、だけどどうしたら良いかわからずにいたあるとき、友人——宇宙人みたいなすごい人なんですけど(笑)、その人に『一切なにも決めずにライブをしてごらん』と言われて。
戸惑って、怖くて、だけどわくわくしている自分がいて。実際になにも決めずに、歌とピアノさえその場で感じたことを弾いたら、すごく楽しくて。自分を見つけました。演奏の楽しさや、音楽やライブに対して本当の覚悟がなにか、自分の答えが見えた気がしました。それからライブは即興で、そのときの自分から生まれてくるものを大切に奏でるようになりました。
私の場合は元の自分に戻れた=変われた。自分自身でいることはすごく難しいことだけど、自分自身でいることは、自分にしかできないことだと思います」。
「私たちは見たいものをみて、見たくないものを消し去っている」(前田)
前田さんの今回の作品づくりのきっかけは、自身の住まいと2階下に住む友人の家から見える景色が「同じマンションに暮らしていても、住む階が違うだけで、まるで偽物の世界を見ているような心地になった」から。
「とあるマンションの窓から見える風景を日記のように撮り続けました。気がついたことは、作家の目は、いつも世界のどこかを切り取っているということ。私が留学していたウィーンのアトリエには、大きな窓がありました。私の記憶の中では、窓の外には青空が広がっていて、青空の下で絵を描いていたんです。でも、帰国してしばらくしてから、アトリエで撮った写真を見返してみたら、窓の外には森林が生い茂っていたんです。私にとっての本当の記憶って、なんなのだろうと戸惑いました。私たちは見たいものをみて、見たくないものを記憶から消し去っているんだなと思いました。記憶の上書きを繰り返しているみたいな感じ。
たとえば、今回のテーマにしているこのマンションが地震や再開発などでなくなってしまったら、この高さから景色を見ることはできなくなってしまう。今まで見ていた景色がなくなってしまう。育った価値観を手放すことにもなりかねない。それは建物だけじゃなくて、たとえば人でも、同じことが言えると思う。この人が隣にいたから見れるもの見えないもの……そういうものが誰にでもある。起こり得る。私たちはいつでも、なにか目を失ってしまう生き物なのだと思いました」と前田さん。
誰もが、自分の目で世界のどこかを無自覚的・自覚的に切り取っています。She is編集長の野村は「たとえば窓の外を見ているとき、実際の景色を見ると同時に記憶の風景をよびさましたりしていて、実際の景色だけを見ているわけではなかったりしますよね。前田さんの作品を通して、見ているものの中から私はなにを選び取っているのかなと考えさせられました。ものの見方や生き方を考え直し、再発見するきっかけになる作品たちだと思います」と、四方の壁に掛けられた作品を見つめながら話します。
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