「高校生」という特別な時間との別れ、「ここには戻れない」ことへのさみしさ。
3月、青山ブックセンター本店で石田真澄さんの初写真集『light years -光年-』(TISSUE PAPERS)と、文月悠光さんのエッセイ集『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)のダブル刊行記念トーク「光と言葉、あるいは抗うように輝くもの」が開催されました。
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左から文月悠光さん、石田真澄さん
中高の6年間をクラス替えのない女子校で過ごし、その時間の一部を切り取った写真で脚光を浴びた石田さん、16歳で『現代詩手帖賞』を受賞、そして高校3年生で第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)を出版した文月さんは、それぞれ「現役女子高生写真家」「現役女子高生詩人」と呼ばれた経験を持ちます(今年大学に進学したばかりの石田さんにとっては、わずか1年前のこと)。似た経歴を持つ二人の対話は、まず文月さんからの石田さんの写真に対するコメントから始まりました。
文月:ドキっとしたのが、写真の日付に(石田さんの)高校卒業間近の2017年3月11日とか12日っていうのがあること。つまり、1年前のこの光景のなかにいた人と今日はトークするんだな、と思って来たんです。写っている同級生の表情や仕草がカメラを意識していない、とても近い距離感でとらえられている。写真から見えてくる関係性や学校生活に、懐かしさと同時にすごく焦がれるような、羨ましい気持ちを感じました。
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石田真澄『light years -光年-』
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石田真澄『light years -光年-』
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石田真澄『light years -光年-』
石田:高校1年から3年までに撮った約7000枚の写真からセレクトしてつくったのが『light years -光年-』です。でも、もともと発表するつもりなんてぜんぜんなくて、ただ目の前にある生活や友だちとの時間を記録したいと思って撮っていたものなんです。
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石田真澄『light years -光年-』
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石田真澄『light years -光年-』
石田さんは当初、写真集の提案をした編集者に「むかしの写真を見返したくない」と漏らしたといいます。それは、6年のあいだ、ほとんど変わることのない同級生と過ごした時間があまりにも特別すぎて、そこから離れた今の場所から過去を見返すことに、言葉にならない痛みを覚えてしまうから。そしてそこには、「高校生」や「18歳」という特別な響きを持つ肩書きを失ってしまって「もうこの場所には戻れない」というさみしさも含まれているのです。
肩書きを背負うか、自分でつくっていくのか。いずれにしても、自分に後悔のないように。
後半、二人の対話は「現役女子高生」という枕詞で呼ばれることにどう向き合ってきたかという話題に移っていきました。高校3年の2月に『適切な世界の適切ならざる私』で『中原中也賞』を受賞した文月さんは、それがきっかけで仕事を依頼される得なこともあったし、見知らぬ人たちからネットで中傷されたりする「地獄のような気分」も味わったと振り返ります。
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文月:ただ黙っているだけだと記号的に消費されて終わってしまうから、この肩書きを意識して背負っていくか、もしくは自分で別の肩書きをつくっていくかしないと思ったんです。
特に最初の詩集に収録していたのは10代中盤の頃に書いた詩で、学校生活を中心にしたものだったので、年上の詩人たちから「きみはいつ学校から卒業するんだ?」と、変化することを求められました。でも同時に、「第一詩集がいちばん好きでした」という声もたくさんあって、変化しないことを求められもして、すごく悩んでしまいました。
でも結局のところは、大人たちも自分の過去を肯定したいがために、相手をよく知らないまま「こうした方がいいよ」と告げているに過ぎない。だから、自分の思うようにしたほうが絶対後悔はない。今はそう割り切ってます。
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石田:『light years -光年-』は高校生の時期を切り取ったものなので、これから先「あの頃の写真はよかったね」と必ず言われるだろうと想像しています。いまインタビューを受けると、よく最後に「これからの写真、楽しみにしてます」と言われるんですけど、私からすると「期待されても困る」というのが本音です。
この先、どんな写真を撮ればいいのか……と、ずいぶん悩んだんですけど、写真集ができたことでようやく整理ができるようになりました。(高校を卒業して)自分の環境も、自分を取り巻く人もだいぶ変わったけれど、自分と自分が興味を向ける対象は変わってはいないんだなって。例えば広島旅行に行って撮った写真があるんですけど、ぜんぜん旅写真になってなくて、「光」みたいな抽象的なものにレンズを向けているんです。
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広島旅行のときの写真(撮影:石田真澄)
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広島旅行のときの写真(撮影:石田真澄)
変身の選択を他人に委ねてはいけない。それはひょっとすると、自分にだけ赦された数少ない自由。
この夜の公開対談で、石田さんも文月さんも、個人の変化や変身の時間をめぐる内容に多くを割いているのが印象的でした。そこで文月さんが少し強めの口調で述べたように、あるいは『臆病な詩人、街へ出る。』で言及しているように、変身や変化、または変わらないでいることをより強く望むのは、当人よりもその周囲にいる他者であることが多いものです。「女子高生××」や「××界に彗星のように現れた10代」といった枠組みでたやすく他人をくくろうとすることを、わたしたちは考え直さなければいけないのかもしれない。いや、そうであらねば……と30代後半の私(筆者)は、客席からそんなことを考えていました。
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そして今回の対談がかすかな希望だと思えたのは、当事者である二人が変化することの根拠や欲望を他人に委ねず、自分自身で選び取ろうとしていることでした。個人に比して、社会や政治や時代はいつも大きい存在としてあります。その大きなものの変化は、否応なく個人の変化にも影響を及ぼしてくるというのは、きっと、いま誰もが感じていることでしょう。
けれども、このことも忘れずにいたい。個人の変化は、その有意も、責任も、結局は自分自身にだけ帰するものだということを。だから変身の選択を他人に委ねてはいけない。「変身のとき」はひょっとすると、自分にだけ赦された数少ない自由であるかもしれないのだから。
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石田真澄『light years -光年-』
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石田真澄『light years -光年-』