デビュー作となるエッセイ『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』で、つまずきながらも一歩ずつ再生する人生の日々を書き留め、『メゾン刻の湯』で、銭湯を舞台にハーフ、障害者、LGBTsなど様々な背景を持つ若者たちが“居場所”を手に入れるために奮闘する青春物語を描いた作家、小野美由紀さん。そんな彼女がShe isの6月特集「おんなともだち」のタイミングで、以前から書いていた友情にまつわる短編小説を加筆し、送ってくださいました。友達とはなにか。誰かとわかりあうこと、必要とした人に必要とされ、そして幸せになるとはどういうことなのか。ひとりひとりが違うこの世界で、相性100%のともだちを求め続けた「私」が見た世界、その末路とは。前編・後編でお届けします。
「本当の“親友”を見つけてみませんか? 良質な出会いを約束します」
恋愛・結婚の相手を見つけるにはPairsやらOmiaiやらがあり、男女の乳繰り合いに関しては一夜の出会いのためのアプリがある。ならばどうして友情についてはそういうサービスがないのだろう、そう思っていた矢先、Facebookにふと表示された「親友マッチングサービス」のバナー広告を見て私はソッコーでクリックした。
「本当の“ともだち”を作るのなんて簡単ですよ。弊社のサービスをご利用いただけましたらね」
200項目にも及ぶ長いチェックリストを入力し、右手が痛くなった頃、エージェントの男性はにこやかな笑顔を浮かべてそう言った。
「私どものお客様には全員、学歴・職歴はもちろん、犯罪歴の有無、染色体データ、趣味・仕事、食べ物の好み、家族構成、結婚観や恋愛観、金銭感覚、宗教観、倫理観、これまでの交友歴……などなど、あらゆるデータのご申告と入念な数回に及ぶ面談が義務付けられています。それを元に、プロのエージェントがデータサイエンスに基づいたパーソナリティー診断を行い、あなたにぴったりのお相手とマッチングいたします。そのため、友達になったのに実は犯罪者だったとか、とんでもない金銭感覚の持ち主だったとか、宗教に勧誘された、なんてことは一切ございません。また、トラブルを避けるため、ご紹介いたしますのは同性同士に限らせていただきます……もっとも、お客様の性的指向にもよりますが」
「あのう、私、友達を作るのが苦手なんです」
じっとりと額に汗をかきながら、私はPCの画面に映る相手にそう切り出した。
「大勢の中にいると、何をしゃべったらいいかわかんなくなるし、いつも、相槌ばかりで」
ビデオチャットの向こうの男性は、まるで静止画像のようにピタリと動きを止めたまま私の話を聞いている。就職のために上京してから一度も人を入れたことのないこのワンルームアパートの、隅から隅までを見渡されているような気がして、緊張と恥ずかしさで動悸が早まる。
「だ、誰かがもし私に会いたいと言ってくれたとして、うまく仲良くなれるかどうか」
「お客様の多くはみなさんそうおっしゃいます」
男は私を遮ると、ひときわ高いトーンで言った。
「しかしながら私どもの見るところによりますと、不特定多数の方とコミュニケーションを取るのが得意な方よりも、そういった方のほうがずっと誠実に長期的な信頼関係を築くのに長けていらっしゃる場合が多いのです」
機械音声のような淀みない声が、PCのスピーカーから響き渡る。鋭角に持ち上げられた口元は先ほどから1ミリも下がらないままだ。
「浅薄で軽薄な人間関係など、あなた様にはふさわしくありません。これまでご友人が少なかったとすれば、きっと、大切な人に時間を使うことの時間の価値をようく分かっていらっしゃるからです。飲み会の時にだけしか会わないうわべだけの関係、SNSでいいね! し合うだけの関係より、互いに困ったときは助け合い、悩みを打ち明け合い、この人なら何があっても信頼できる、そう思える方と濃密な信頼関係をお築きになられた方がいいじゃありませんか、ねえ?」
手元の紅茶のマグを思わず握りしめた。一瞬、脳裏に見慣れた後ろ姿が浮かぶ。ほつれたセーター、汚れたエプロン。障子の向こうから響く、卑屈な掠れた声。
「はい」小さな声で返事をした。「そうしたいです」
男は最初と同じつるんとした笑顔で、大げさに腕を広げて言った。
「交友関係があなたの一生を左右します。つまらない相手に惑わされている暇はない。なのに多くの人々は、出会いを運に任せ出会うべき人と人生を分かち合っていない。非常にもったいないことです。……私たちが紹介する“ともだち”候補は、本物の友情を育むにふさわしい相手ばかりです。どうぞ、良き出会いをお楽しみください」
この人は、このサービスで友達を作る側の人間だろうか。そうぼんやりと思いながら、私は後に続くサービスの説明を黙って聞いていた。
- NEXT PAGE初めての相手と会ったのは、それから1か月後の日曜日の午後だった。
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