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親友マッチングサイト(前編)/小野美由紀

マッチングサービスで友達を探す世界を描く、短編小説

2018年6月 特集:おんなともだち
テキスト:小野美由紀 編集:野村由芽
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こうして、私には“親友”ができた。

エージェントによれば私たちの相性は78%だったらしいが、私たちはそれよりずっと大きなものを手に入れた気がした。
私たちはしょっちゅういろんな場所に出かけた。映画、カフェ、買い物、全ての好みが一致していた。
私は韓国のバイオレンスアクション映画とB級ホラーを見るのが好きなのだが、彼女も密かにそれを愛していた。「これまで誰にも言ったことがなかったの、友達と本当に見たい映画を一緒に見に行けるなんて初めて」と彼女は嬉しそうに言った。
同じくらいの中流家庭、同じような偏差値の女子校、同じような中堅私立女子大を出て、同じような良くも悪くもない企業に勤める。
これまでの友達とは得られなかった安心感を、彼女といると感じられた。
メッセージの頻度、遊ぶ頻度、相槌のタイミング。全てがぴったりだった。

どうして私たちがこれまで出会わずにいたのか、不思議なくらいだった。

なあんだ。友達を作るのなんて、簡単だったんだ。

教室に押し込められ、同じ制服を着させられていた頃は、友達を作るのは簡単だった。“なんとなく、おんなじ”相手とひとかたまりになっていればよかったのだ。
けど、社会に出たらそうじゃない。“ちがう”ところから、始めないといけない。私にはそれが怖かった。
マッチングサービスによって同じ制服を着せられ、78%という数字によって同じ教室の隣同士の席に座らされた私たちは、これ以上にないってぐらいに安心して打ち解け合え、互いを「親友」と認められるのだった。

ある休日の午後、映画を観た帰り、私たちは渋谷の街を歩いていた。
映画は概ね面白く、私たちの感想は概ね一致していた。私は映画それ自体に対してよりも、彼女と感想がかぶっていたことへの興奮で胸を弾ませながら、次は何を観に行こう、と考えつつ坂道を下っていた。

その時だった。
あ、と彼女が一軒の店を指差した。
「ここね、別の親友の子が美味しいって言ってたよ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「今度、○○ちゃんも一緒に行こうよ」
「親友って?」
思わず真顔で聞いた私に、彼女は少し不思議そうな顔をした。
「ああ、他の“親友”の子。○○ちゃんと、同じサービスで出会ったんだ」
さっと血の気が引いた。私は彼女と出会って以来、律儀にあのサービスの利用を停止していた。
その子はね、フィギュアスケート鑑賞が好きで、と、彼女はこともなげに聞いてもいないプロフィールを話し出す。
私はポケットの中でスマホを握りしめた。
「やっぱりさ、出会いって大事だよね」と彼女は嬉しそうに言った。
「あのサービスでいろんな人に出会ってから、私、人生変わったもん。やっぱり友達って、多いほうがいいんだね」

来週は別の約束があるから、再来週、また会おうね。……そう言いながら、彼女は駅の人混みの中に消えて行った。
その背中が見えなくなった途端、私は慌てて近くのカフェに駆け込み、スマホを取り出しエージェントのサービス画面を開いた。

もっとたくさん、“親友”を作らなければ。
それから私は何人もの相手とエージェントを介して出会った。
DNAを調べる追加のオプションにも課金した。
会う相手、会う相手、みんな私ともっと仲良くなりたいって言ってくれた。
どんな言葉を投げかけたら、みんな私を好きになってくれるのか、次も会いたいと言ってもらえるのか、だんだん分かり始めていた。

友達って、多いほうがいいんだねーー。

「たくさん出会えば出会うほど、ぴったりの相手に巡りあう確率も高まりますよ」
エージェントは最初と変わらない笑顔で言った。
「こんなに多くの人が登録しているのですから、会わなければ勿体無いでしょう」

きっともっと、良い相手が私にはいるはずだ。
一生、ずっと一緒に居られるような、何があっても裏切らない、100%の女友達が。

シャワーを浴び、寝る前にスマホを見る。LINE通知が3件。きっとあの子とあの子とあの子から、週末遊びに行く予定についてのメッセージだ。
それとは別に、着信が5件。
途端に鉛のような重たい気分が胸の内側に広がる。それを振り切り、私は着信は開かずに彼女たちのメッセージに返信をする。
大丈夫。私はもう、あの人を相手にしている時間なんて無いんだから。

最初に「親友」になった彼女とは、次第にLINEのやり取りも、遊ぶ回数も減って行った。

PROFILE

小野美由紀
小野美由紀

文筆家。1985年生まれ。慶応義塾大学文学部フランス文学専攻卒。卒業後、Webや雑誌を中心にフリーライターとして活動開始。徐々にコラムやエッセイに執筆の域を広げる。2018年2月、初の長編小説で銭湯を舞台にした青春群像劇『メゾン刻の湯』をポプラ社より出版。月に1回、書き手になりたい方に向けたエッセイや小説の創作ワークショップ「身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座」を開催している。
それでもやはり、意識せざるをえない(小野美由紀のマガジン)|小野美由紀|note

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『メゾン刻の湯』
著者:小野美由紀

2018年2月9日(金)発売
価格:1,620円(税込)
発行:ポプラ社
Amazon

『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み、食べ、歩く800キロの旅』
著者:小野美由紀

2015年7月16日(木)発売
価格:1,166円(税込)
発行:光文社
Amazon

『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』
著者:小野美由紀

2015年2月10日(火)発売
価格:626円(税込)
発行:幻冬舎
Amazon

『ひかりのりゅう』
著者:小野美由紀

2014年12月3日(水)発売
価格:1,404円(税込)
発行:幻冬舎
Amazon

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