待っていてください。わたしは新しい言語を学んでいます。/イ・ラン

韓国の女性が語る新しいフェミニズムの言語を学ぶ重要性

テキスト:イ・ラン 翻訳:Ko Younghwa 監修:清水博之 編集:野村由芽
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わたしはどんな話をすればいいのか分かりません。

わたしは毎日、望遠洞(マンウォンドン)にあるアトリエの、机の前に座っています。
ノートパソコンとモニターを接続し、ふたつの画面を交互に見ながら、やるべき仕事を整理します。Eメールを確認し、不在着信やメッセンジャーに届いているメッセージを確認し、返信したり、その相手と通話/ビデオ通話したりします。わたしがメインモニターとして使っているDELLのモニターの下には、紙を三角に折って立てたスケジュール表が置いてあります。わたしが自分で紙に書き、切り取り、折って作ったものです。スケジュール表にはかなり急ぎの仕事とやや急ぎの仕事、そしてこなせば良い仕事などが書かれています。数か月ごとに終わった仕事を消して新しく作り直すのですが、何度作り直しても残ったままとなっているいくつかのタスクが目に留まり、この文章を書くことにしました。

わたしが創作者として活動してきた期間は決して長くはないですが、その間、“わたしの物語”を正直に伝えることがわたしの一番得意な仕事であり、わたしの職業だと考えて生きてきました。様々な方法で、わたしと人々が共に楽しめる物語を引き出そうと努力してきました。もちろん、初めからそんな考えで創作を始めたわけではありませんでした。

– わたしは何故か(?)他の人と違う。
– わたしは何としても(?)他の人と違う人でありたい。
– わたしは多分(?)他の人よりも勝る/優れた/賢い人だろう。

こうしたわたしの考えは、人に言われるでもなく本を読み、歌を歌い、絵を描き、文章を書いていた、幼かったわたしに訪れた創作期の原動力でした。わたしは一時期、「芸術」や「アーティスト」という言葉が、「技術」や「技術者」という言葉よりも優位にあると考え、わたしを見栄え良くしてくれるものを追いかけ、多くの時間を費やしました。それからずっと後になって、未熟さによる自惚れを(周囲の技術者たちの助けによって)少しずつ改めながら、運良く、わたしの物語を様々な形で作品にすることができるようになりました。わたしは今まで、わたしが生まれ暮らしてきた韓国の社会を背景に、家族と友人、恋愛と愛情、死と恐怖などを物語のテーマとしながら、詩や歌、エッセイや小説、映画やドラマ、ミュージックビデオ、漫画、イラストなど様々な形態の作品を創り、発表してきました。

しかしわたしは今、どんな話をすればいいのか分かりません。
わたしの物語を作品として生み出すことが、わたしの得意なことであり、以前よりも上達してきていると思っていました。
わたしは語ることを恐れなかったし、恐れず語ることが創作者としてのわたしの役割だと考えていました。

わたしは語ることに恐れを感じています。

年を数えるのに5本の指も必要ないほど最近のことですが、わたしはインターネットと周りの友人たちのおかげで、フェミニズムを少しずつ知るようになりました。フェミニズムとフェミニスト、江南(カンナム)駅殺人事件(※1)、女性嫌悪と性暴力、そして#MeTooへ繋がる告発の数々に触れ、それらを知ると同時に、わたしの生活を振り返り、見直さなければならない事柄がどんどん増えました。

高校を中退した10代の頃は、『女性映画祭』が開かれた新村(シンチョン)の映画館の前で、伸びた腋毛をむき出しにして煙草を吸い、ブレスレットやネックレス、ヘアバンドで身を飾り、インド風の服と鞄を身にまとい座りこんでいる女性たちのことを「フェミニスト」と呼ぶのだと思っていた程、わたしにはフェミニズムの知識が全くありませんでした。そんな中、他とは違う芸術家になりたくて、韓国芸術総合学校の入試を受け、映画科に入りました。1年生の時には先輩の短編映画制作にスタッフとして参加、休憩時間になれば男性俳優/同僚たちと猥談を交わし、わたしが彼らよりもっといやらしくもっと激しい話を堂々と話せば、男性たちは舌を巻いてわたしを持ち上げました。当時のわたしは「女の敵は女」という名札をつけて歩いていたようなもので、実は嫉妬するくらい憧れていた良い映画を撮る女性の先輩たちを、陰で非難し悪口を言いました。当時のわたしは、“神経質かつ弱い女”ではなく、“単純かつ力強い”ように見えた男友達とつるみ、芸術プロジェクトを企画し、そのグループの中で目立とうとしました。休みなく男友達とつるみ、デートをし、グループ内の子と付き合って別れた後、すぐに同じグループ内で他の子と付き合うわたしを見て、現在も活動するとある美術家は「汚らしい」とからかい、わたしは「そうだよね~」と相槌を打ったものです。

当時、学校の編集室の助教であり、「Amature Amplifier」(※2)として活動していたハン・バッ氏の全てに憧れたわたしは、音楽サークルに加入し、彼がしていたようにギターを弾き、歌を作って歌いはじめました。ハン・バッがデビューしたという弘大(ホンデ)のクラブ「Bbang(パン)」でオーディションを受け、ライブをするようになり、やはりハン・バッ氏に倣って「トゥリバン」(※3)で連帯ライブを行い、その空間でたくさんのミュージシャンたちと出会い、親しくなりました。当時、わたしが親しくしていた友人/同僚/知人たち、またはSNSで繋がり知り合った人物の中には、フェミニズムについての知識と感受性に点数をつけたらFにも満たないだろう人たちがたくさんいます。その中の何人かは、性的嫌がらせ/性暴力を告発されてシーンから消え去り、また表では罪を認めて謝罪しながら、非公開アカウントの中ではひとりで文句を言っている人もいます。

わたしは家父長制の男性社会に長い間どっぷり浸かって生きてきたけれど、そんなわたしの耳にもフェミニズムを叫ぶ勇気ある声が聞こえてきました。女らしくない女、男勝りな女、または中性的な人物として男性社会で認められようと努力してきたわたしの意志とは関係なく、結局わたしが“女性であるために”経験した個人的/社会的な出来事が、わたしの中で積もり積もっていたために、今になってその言葉たちが聞こえてきたのだと思います。大胆に行動し、話し、考える(※4)女性たちの声に次第に耳を傾けるようになり、その声の方へ足を運び、新しい友人/同僚たちと考え、話し、変化する練習をしながら、初めて「女性で良かった」と思うようになりました。

2018年3月11日、わたしのTwitterとInstagramに投稿した #MeToo の文章は、わたしが今もなお記憶し、自分自身に罪悪感を覚えるいくつかの状況と、それに関する対象に憤怒しながら書いた、女性としての記録です。他の女性たちの告白を見聞きしたことで文章を書く勇気が生まれ、また語ることがわたし自身をより良く変えていくだろうと考えました。

その文章を投稿した翌日から、ひっきりなしに電話が鳴りはじめました。わたしが言及した対象と親交のある知人女性からは、「応援するけどあまりに言うのが遅すぎる」と言われました。人々は「君の言う人は○○○なのか」「でも君にも落ち度があったと聞いた」などと言うために、わたしの電話を鳴らし続けました。わたしはその文章に特定人物の名前と正確な状況を書かなかったのですが、それはわたしの安全を守るためでした。しかし数多くの電話は、わたしがさほど安全ではないことを再び気付かせてくれました。今も電話がかかってくるのが怖いけれど、まだその文章を消してはいません。わたしの文章が誰かの勇気になるのかもという英雄心のようなものが、未だに生きているようです。

わたしの日々は混乱でいっぱいです。

フェミニズムについて語り合うことのできない人、フェミニズムを知らず、あるいは知っていてもあざ笑う人たちと、相変わらずずるずると関係を続けたり、同僚として一緒に働いたりもします。その人たちと会う回数を10回から2~3回に、そして最後の1回に減らすと同時に、彼らの不平に対する返事をよく選ぶことになります。愛想笑い、冗談、一緒に文句や愚痴を言うなどのやり方で、居心地の悪い状況を避けつつ会話しながらも、わたしはわたし自身を恥ずかしく、憎らしく思います。
わたしの言葉は相変わらず力なく、ぎこちなくて要領を得ません。

わたしに暴力を振るった男性、性的嫌がらせをした男性たちから、さらに被害を受けるのが怖いので、彼らの名前とその時の状況を語ることができません。わたしは身体的脅威を受け、長い間、脅迫とストーカー被害に遭ってきました。彼らと鉢合わせしないよう、必ず避けて通る道や店があります。携帯電話にメッセージが届くと、胸が締め付けられ、首と肩が硬直するいくつかの名前があります。わたしは緊張を解くために煙草を吸いコーヒーを飲み、無理やり歌を口ずさんで気分を高め、ようやく返信します。ある人にとって加害者である人が、以前の親交を頼りに一方的に連絡してくることもあり、反対に、わたしにとって加害者であり、二度と会いたくない人たちと、わたしが好きな知人たちが親交を深め、共に仕事をし互いを褒めあうこともあります。

わたしはわたしが満足に話せないことを、毎日いつでも感じています。

わたしが女性として生きてきて、今も女性として生きていることを、遅ればせながら実感して以来、わたしの愚かな過去の態度や行い、そして今になって溢れ出る、あらかじめ顧みることができなかった感情をどのように見つめればいいのか、わたしはまだ分かりません。話していることの全てに確信がなく、不安です。その一方で、周囲の勇気ある声に便乗し、やたらと確信を持って話すことも時にあります。そんなことの後は、自らの矛盾的な態度をさらに嫌悪し、自責の念に駆られます。あんなに好きでよく撮っていたセルフィーも撮らなくなったし、誰かと会って親交を露わにする写真を撮りSNSに上げたり、どこかへ行ったという証拠(?)を残したりしないよう努めています。

生活費を稼ぐために講義/ワークショップ/ライブ/イベントを飛び回り、学生たちや観客たちの前で、言葉や行動の不足を批判されたような気分とともに帰ってきます。とうに知っておくべきだった人物たち、とうに読んでおくべきだった本、そして新たに提示され続けるイシュー/議論について行こうと努力しながら、わたしはますます話すことが怖くなっていくばかりです。わたしの物語とそれを伝える方法が、みんなの勇気とは反対方向に向かっているように感じ、一方でこんなわたしに人前で話す機会が時々与えられること、またそれで生活費を得ていることを恥ずかしく思います。

待っていてください。

わたしは今、確信を持って多くのことを話すことができません。
わたしの物語は、わたしの安全を保つために長い間隠す必要があり、わたしは言語を学べなかったかのように暮らしています。誰にも失礼とならず誰も傷つけないようにしながら、食べていく方法を探そうと努力しています。今のところは、わたしの恥ずかしく思う気持ちを隠して、講義/ワークショップ/ライブ/イベントなどをこなします。わたしの混乱する様子を見て失望した方には申し訳なく、それでも毎週わたしと会話を交わし、悩みを分かち合ってくださる生徒の方々に感謝しています。

わたしが今までした失敗と、これからしてしまうであろう失敗を、改めることができる可能性と時間は、わたしにまだ与えられているのでしょうか。モニターの下にあるスケジュール表には、わたしが得意だと思っていた、”わたしの物語”で埋め尽くさなければならないタスクが、長い間消されずそのまま残っています。漫画、短編小説、エッセイ、シナリオ……。

わたしの物語とそれを伝える方法を歓迎し、契約書にサインしてくれた関係者の方々に謝罪の言葉を申し上げたいと思います。毎日満足に話すことができないわたしを自覚しながら、「物語を書いています。面白いものができると思います」と嘘をつくことができず、勇気を出して申し上げます。

わたしは新しい言語を少しずつ学んでいます。
わたしを待っていてくださるのなら、学んで努力し、練習して、新たに伝える方法を探します。

勇気を持って新しい言語で話すフェミニストたちの物語と、それを伝える方法を見て学びながら、わたしは今日もその方々の言葉をたどたどしく繰り返しています。罪悪感と責任感で、わたしの存在が混乱する中、新しい言語を学ぶことが、わたしにわずかながらも生きる力を与えてくれます。わたしがくたびれずに生き残り、みなさんと同じ言語で互いの物語を語り合える日を思い描こうと思います。

「全ての当事者運動の基本となるモットーは、既に自由な世界にいるかのように行動することが基本となる」
– David Graeber

わたしの全ての言葉に確信がない状態ではあるけれど、友人が見せてくれたこの言葉に勇気をもらい、この文章を書きました。
足りないことの多い、長い文章を読んでくださった方々へ感謝いたします。

2018年6月26日
イ・ラン

※1
江南(カンナム)駅殺人事件:2016年5月、ソウルの江南駅付近にあるカラオケの男女共用トイレで起きた無差別殺人事件。犯人である男性は「女性」が来るまで約1時間トイレに潜み、そのトイレを利用した女性が殺された。

※2
Amature Amplifier:Yamagata Tweaksterとしても活動しているハン・バッによる弾き語りソロユニット。

※3
トゥリバン:ソウル・弘大(ホンデ)のカルグクス屋。2009年、都市開発により不当な立ち退きを強いられたオーナーが店に立てこもり、それに賛同した弘大のミュージシャンたちがトゥリバン店内で連日ライブを行った。

※4
大胆に行動し、話し、考える:とある男性タレントがTV番組で「大胆に行動し、話し、考える女性が嫌いだ」と発言したことから、韓国のフェミニストたちの間でその言葉をそのままスローガンとして掲げられるようになったもの。韓国語では“설치고 말하고 생각하고”、英語では“Go Wild Speak Loud Think Hard”と表記される。

PROFILE

イ・ラン
イ・ラン

韓国ソウル生まれのマルチ・アーティスト。シンガー・ソングライター、映像作家、コミック作家、イラストレーター、エッセイストと活動は多岐にわたる。2006年、アマチュア増幅器(ヤマガタ・トゥイークスター=ハンバのソロ・プロジェクト)の「金字塔」のカバーから音楽活動をスタート、日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、ソモイム・レコーズと契約。2011年9月にシングル「よく知らないくせに」でデビュー。2012年春に初来日ツアーを実現させ、夏にアルバム『ヨンヨンスン』をリリース。韓国自立音楽シーンとびきりのニュー・タレントとして大きな注目を浴びる。2016年6月にはヘリコプター・レコーズから『新曲の部屋』コンピレーション、続けて4年ぶりとなる2枚目のオリジナル・アルバム『神様ごっこ』をソモイム・レコーズよりリリース(日本国内盤は同年9月にスウィート・ドリームス・プレスより『ヨンヨンスン』と同時リリース)。11月にふたたび来日し、かねてより交流の深い柴田聡子と「イ・ランと柴田聡子のランナウェイ・ツアー」の7公演を成功させ、今後ふたりの共作のリリースも予定されている。

INFORMATION

リリース情報
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イ・ラン
『神様ごっこ』(増補新装版)

2018年4月15日(日)
価格:2,160円(税込)
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opnnerの図案を箔押しで散りばめた、ここにしかないスケッチブック