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2020年4月4日~10日(麦島汐美)/違う場所の同じ日の日記

届かなかった悲しみを、記憶して伝えていかなくてはいけない

テキスト:麦島汐美
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2020.4.4

会社は今週から原則的に家での仕事になった。月、火と気持ちが塞ぎ込んでしまって、上司にそのことを正直に伝え、水曜日から金曜日まで有給を取った。家でじっとして、SNSやメディアに流れてくる情報を浴び続けていたところに、She isさんからメールがあって、日記を書いてみることにした。誰かに見られる前提で書くし、すべてをそのまま書くことは出来ないかもしれないし、何かしらで有名でもない、東京、独身、非正規会社員の日記の需要はいまどこにもないかもしれないけれど、目的地なく歩きまわることが許されないいま、どこか終着点を目指すというより、書き続けることそのものに重心を置いてみれたらと思う。

お昼過ぎ、妹がリビングのテレビにiPhoneを繋いで、電影と少年CQの生配信「月世界旅行通信」vol.1を再生していた。流れで、妹と母と父と犬とわたしが、それぞれの好きな体勢で電少の2人を眺めていた。ピンクの髪の毛に水色のジャケット、喫茶ソワレのグラスに注いだコーラを飲み、くるくる話し続けるゆっきゅんさんのワイプの横で、ルアンちゃんが頬をついて春の窓辺で微笑んでいた。家族団欒の片隅で、「家族」と「家族ではない」の境界線を昔ながらの枠組みで引かれることが増えるにつれ感じる強い違和感のことも考えていた。

去年渋谷のキタムラで買ったコンパクトカメラには、日付をフィルムの右下に入れられるデート機能がある。似たような機能を持つ多くカメラで設定できる最新の日付は、2019年12月までらしい。らしいというのは、最後の日付入り写真を惜しむ人たちの投稿をSNSで見てそう思い込んでいたからで、わたしのカメラも当然2019年までと決めつけていたけれど、今日思い立って設定をいじっていたら2020年4月4日に問題なく設定できた。そのまま、この1週間は日付入りで写真を撮ってみることにした。最終日の朝一に郵送でフィルムを送れば締め切りに間に合うかなと計算して、いつもお世話になっている写真屋さんの兄さんの、今日もきっと出勤しているだろうその生活をここから想像する。

撮影を手伝った「高架線」の公演が、全編公開されるらしい。映像へのリンクを確認して佐藤さんへ連絡すると、「健康第一!」と返事が来て少し元気になった。夕方『読書の日記 本づくり/スープとパン/重力の虹』(阿久津隆)を読むと、たまたま本の中で阿久津さんが原作の『高架線』(滝口悠生)を読んでいる。おととい観た、『天国はまだ遠い』の撮影は阿久津さんが営んでいるfuzkueで行われていた。下北沢の新店舗にもはやく行ってみたい。

最後に下北沢へ行ったのは、結局来なかった彼を待ちぼうけていたときで、その前は初めてその彼とふたりきりで会ったときだった。fuzkueを知ったのも、彼に1巻目の『読書の日記』を教えてもらったからだった。偶然は運命というけれど、かたちのない期待やかすかな驚きの気配がすべて予測できるのはつまらない、とも思う。明日きっとふられる気がする。

2020.4.5

なんと夕方の4時に起きた。明日からちゃんと働ける気がしない。
月刊紙「おもいだしたらいうわ」に参加することになって、書き始めてみる。19時からテレビで桜の中継番組を見た。季節を踏みにじってリズムが急に乱れるいまみたいなことが自分の身に降りかかった瞬間、視野がぐっと狭まって、生活や心が半端ない勢いでぐらつくことを実感する。満開の桜に戸惑って、落ち込んでしまう。「国」「日本」みたいな漠然としたその大きさに押しつぶされそうになるけれど、下敷きになるのはいつも弱いものだってことははっきり分かる。弱い人たちを守ろうと実践している人たちがいる。勉強して、選挙へ行き、友達を信じて、生きていたいとまずは思う。

「ザ・シネマ」の映画配信サイトとUPLINK Cloudに新しく登録した。VODにいくつもお金払ってそんな見切れないのに無駄じゃん、と友達にLINE電話で言われて、人生すべて費やしても見終わらない膨大な量の映画がこの世に存在している事実と契約しているんだよ、ムキになってとっさに答えた。適当だったけど、本当にそうだなとも思う。
いろんなコンテンツがネット上で無料提供されていて、それは過去に上映された映画だったり、舞台だったり、本だったり文化的なもので、わーいと喜び勇んで慰められる一方で、こんなにもとてつもない気持ちを、お金を払わずに楽しんでいる罪悪感が強くなってくる。払う前にそれらに関わる人の生活が立ち行かなくなる前に、この充実に見合う対価を払いたい。深田晃司さんと濱口竜介さんたちが“Mini-Theater Aid”を立ち上げていた。はじまったらすぐ参加しようといいねする。

先週初めてカネコアヤノさんの音楽を聴いた。Apple Musicで再生可能なアルバムとシングルを1日半かけて全部巡って、今日もずっと聴いていた。友達が送ってくれたデモに歌詞をつけて、初めて音楽をつくってみようと思っている。歌詞の初稿を夜中に完成させて友達に送った。タイトルは「息継ぎ」にした。自由に率直に、必要なら自分だけにわかる意味の言葉を音楽にすればそれでいいんだとカネコさんのアルバムたちから学ぶ。

2020.4.6

SNSで元気をアピールした直後に、言わなくていいことを大切な友人とLINEで送り合って、相手を傷付けたあと、いま深夜の底でこの文章を打っています。本当にあなたと共有したいことは、もっと楽しくておもしろいわたしたちの未来だったはずなのに、どこかで間違えてしまった。発言、やり取りのひとつひとつがこの状況に対しての姿勢を問われているような気が日に日に増してくる。気を取り直して、SEVENTEENのミンギュくんにお誕生日おめでとうを伝える。あなたのセンスと愛嬌と、ステージで見せる神々しさと、掃除をたくさんするところが大好きです。アイドルになってくれてありがとう。どうか、大好きな人たちに囲まれて1年を過ごせますように。好きな人がたくさんいると、心から幸せを祈ることが多くて良い。はやく謝ろうと思う。

仕事にも復帰した。身なりを整えて、1日作業する。夕方に上司と電話で少し話して、この人のことをとても信頼していると改めて思う。
4月の終わりに予定日を控えた友人からは、出産の立ち会いが不可になったと電話で聞く。きっとしっかりした医療技術のなかで、先生たちに囲まれて出産するのだろうけれど、電話越しの少しの沈黙と、続ける言葉のための息継ぎから彼女の覚悟を感じた。産んでからも、面会は1日1回1人、30分ということだった。彼女と子どもと、3人でまた会いたい。

何度も助けられてきた大好きな女の子が、「家から出ていまデートするとか最悪」とツイートしていた。それに対して、なんでそんなこと言うの最悪、とも、ちょっと分かる、とも思う。こういう気持ちも丸ごと残しておきたい。あとから丁寧に広げて、もう一度考えるから。寝る前に百年のWebshopで知らない写真家の写真集を買った。

2020.4.7

「おもいだしたらいうわ」のLINEグループへ、4月号に一緒に執筆する人たちの初校が送られてきた。同じときに、新しく何か表現をしようとしている人たちが近くにいることに励まされている。妊娠している友達は、出産後の面会が家族でも禁止になったそうだ。彼女と電話で今週のテラスハウスの話をする。「東京全体が大きいテラスハウスなのかな」「何言ってんのか全然わかんなくない?」高校生のときから変わらない話題と、緊急事態宣言の会見の話をした。いまは、本当のことを教えて欲しいと思う。

“…リズムを整えるために、あまり意味のない小さな言葉を入れてしまう場合もある。ドイツ語では隙間に挟むそういう単語を「Füllwort」と呼ぶ。わたしはそれを「詰め物言葉」と訳している。…「つまり」「結局」「ようするに」…「えーとですねえ」「まあ言ってみれば」「というわけで」など…意味が全くない訳ではないが、抜かしても全体の意味はほとんど変わらない。…入れないと言葉がきつくなって、角が立つと言うが、それははっきりするということでもある。…”(『言葉と歩く日記』,多和田葉子)

家の台所のシンクの向こうには、お皿や小さいお鍋、洗って開いて乾かした牛乳パックを立てかける少し広いスペースがあって、その先のすりガラスの窓を開けると家の裏庭が、そしてその先に満開のソメイヨシノが見えることを、20年この家で暮らしていて初めて知った。4月6日の風に満開の桜が揺れていた。きっと、たくさんの花びらが舞っている。お花見の気が済んでから、iPhoneとカメラで写真を何枚かずつ撮った。夜、写真をLINEで送ると、今日見たことをその前に報告した『飛行士の妻』は自分も好きだ、という返事だった。それ以外の返信はまだないし、一生ないかもしれないけれど、その人の人生はその人のものだから、それはそれで仕方ないと思う。
身体の続く痛みは、痛む部位を動かすことに恐怖を覚えさせる。縮こまっていると、どんどん筋肉が萎縮して、さらに痛みが増す。そのループのなかで心もどんどん固く病んでしまうのだそうだ。元気でいてほしい。落ちているのなら、落ちていることを知りたい、と伝えるのが難しかった。

2020.4.8

その日の日記を書くのは大体毎日24時を過ぎてからだから、実際には次の日に前の日のことを書いている。日記はこれまでも書いていたけれどここ数日は以前と比べて、記録している、という感触がある。

『ぬいぐるみとしゃべるひとはやさしい』(大前粟生)の麦戸美海子と『寝ても覚めても』(柴崎友香)の鳥居麦のことを、仕事中の頭の片隅でずっと考えていた。抗えない心に無理やり体を従わせていろんなものを引き裂きながら生きるしかない、物語の人たちにいつも憧れる。正気を保って働きながら、たまたま給料の心配もなくいまの所暮らしていることの申し訳なさを、ネットで見かけるいくつもの署名で分散しているみたいだ。

17:30頃、ドームツアー中止のメールが来る。勤務中ということになっていたけれど、涙が止まらなくなる。私たちより前に中止になることを知っていたはずなのに、きのうもvliveで元気な姿を見せてくれてありがとう。私たちの悲しみを自分たちの悲しみにしてくれてありがとう。夜ご飯はチキンカツ、つけあわせにスナップえんどう、人参のグラッセ、白ごはんと、野菜スープ、新わかめと新たけのこのおひたし。まずは、食べて、寝て、なるべく元気でまた会えたらいいと思う。

「おもいだしたらいうわ」の初稿をGoogleドライブにアップする。他の人の原稿にコメントしようとしたらwifiが限界になってしまった。radikoでアルコ&ピースと空気階段を聴いていると、都知事の外出自粛への呼びかけがCMで流れた。
これから映画を見るか迷っていたけれど、「100分de名著」を見逃していたのを思い出してアプリで追いかけた。『ピノッキオの冒険』、朗読が伊藤沙莉さんの弾む躍動感にぴったりだった。「テレビは忘却を、映画は記憶をつくる」とゴダールがインスタライブで話していたことを思い出す。アニエスに酷くて強い友情で接していたゴダールを確かめてやろうと、『顔たち、ところどころ』をもう一度観るためにUPLINKCloudにアクセスする。

2020.4.9

完成した音楽のSoundcloudへのリンクを友達たちに送ったら、感想や拍手のスタンプを送ってくれて嬉しかった。朝ごはんを毎日食べようと思うのに、出勤をアプリで打刻するギリギリまで寝てしまう。「土曜日にzoomで会いましょう」と、まりえさんへ返信をした。

おととい直したある文章をきのう直して、きのう直した文章を今日直した。明日読んで、もうこれ以上直したらむしろ悪くなると思えたらいい。新しく書いた小説のタイトルは「緑の部屋」にした。

作品を見なくても批判はできるが、作品を見なくては批評はできないと大学で唯一学んだので、途切れ途切れに「FOLLOWERS」を全話見た。途中から、サニーちゃん(コムアイさん)のこの物語の中での結末だけ見たかったから最後まで見た。いまさら特別な女の子が特別な女の人に出会って特別な経験をすることへ素直に感動はできなかったけれど、サニーちゃんや、名前もわからないモデル仲間の女の子たちの暗闇には血が通っていた。それだけのことを知るためだけに、人生のたくさんの時間を映像の前で過ごしていきたい。出来れば映画館のシートに座って。

ニュースを見て、上のやり方に怒りがこみ上げて、悲しくなって、絶対に許さないからなと思って、朝から落ち込む。生き抜かなくてはいけない。届かなかった悲しみを、記憶して伝えていかなくてはいけないと思って昼間生活して、夜またくらくなっていたけれど、新藤早代さんの写真日記が更新されていて少し持ち直す。言葉はついていないし、写っているのはわたしがきっと行ったことのない新藤さんの生活圏の風景や会ったことのない人たちなのにとても共感した。写真が好きって純粋で単純なことを思い出したから、明日は日付機能をオフにして写真を撮ろうと思う。

“…他者を差別し、分断し、変化を望まないことによって維持される世界に抗うための第一歩は、他者への「共感」だと思う…”(「H・A・Bノ冊子 第3号」,小野寺伝助)

2020.4.10

午前4時頃にLINEが来ていて、恋が終わった。返信はまだしていない。木のような人で、実際に会って目を見て話したことは3回しかなかった。3回目の夜、同じ回の映画を離れた席で見てから、まだ開いているカフェを探し、少しだけ座って話した。関係性を破綻させてまで、自分の信念は言葉にして相手に伝える価値のあることか、いつもためらって溺れる。それでも、泳いで、息継ぎして、進んで、そしたらまたいつか会いたい、といまは思う。

「違う場所の同じ日の日記」
この日々においてひとりひとりが何を感じ、どんな行動を起こしたのかという個人史の記録。それはきっと、未来の誰かを助けることになります。
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PROFILE

麦島汐美
麦島汐美

ステージで歌って踊るあの子も、50年前にひとりの部屋で小説を書いていたあなたも、いま隣で餃子を頬張っているこの子も私のアイドルなら、いつか私も誰かの小さい光になれたらと目論んでいる。1995年生まれ。ミスiD2018文芸賞。「文鯨」編集部。インターネットで文章と写真を発表。本を出すのを夢見て24時まで働く会社員。
https://note.com/hifu_mag

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