村田倫子/癒やしのもふもふ。愛犬のむぎ
ガチャリ。
扉を潜る。玄関のお気に入りのフレグランスが鼻腔をくすぐり、ほっと肩の力が抜ける。「今日もお疲れ様。わたし……」。
そんな余韻に浸るのも束の間、もふもふの塊がわたしを目掛けて飛び込んでくる。
茶色のまあるい毛玉が転がり、時おり跳ねながら全力で迫ってくる姿は、何度見ても目尻がさがる。
ただいま、むぎ。
三年前に家族になった私の愛犬。
ポメラニアンとチワワのミックス。あったその日から、私は彼女にメロメロだ。
友人とのランチの帰り、ふと立ち寄ったペットショップでむぎに出会った。
小さな茶色の身体、ぶんぶんと千切れそうなほど動く尻尾、靴下を履いた様な白い脚、まあるい瞳。もう、目があった瞬間にこの子と一緒に時を刻みたいと思った。あぁ、一目惚れってこうゆうことなんだ……。恋愛では反応しなかった錆きったメータが、一度に振り切れた。私の突発的な(何かに取り憑かれた様な)決断を目の当たりにしていた友人は、驚きを越してもはや引いていた。
でもこの日を境に、私の中で確かに何かが変わったんだ。
豊かな感受性、嘘をつけない尻尾、もふもふの毛並み、麦の香りがする肉球。
毎日、精一杯にその小さな身体で日常を感じて、表現してる。
この子と過ごす様になってから、私は不思議と素直になれた。人に身を委ねて、気持ちを表現すること。ずっと怖かった、恥ずかしかった。むぎとの生活で、フィルターのかからない感情を受けとることは、思ったより嬉しいことだと知った。
家の中をピクミンよろしく、私の後ろにくっついてテクテク歩くこと。
言葉を投げかけると、首を傾げながらじっと見つめてくること。
仕事で落ち込んで家の隅で肩を落としているとき、涙をぺろりとすくってくれること。
寂しいとき、そっと寄り添って体温を分けてくれること。
玄関口で、むぎをわしゃわしゃと撫で回し、ギュッと胸元に寄せて抱きしめる。
「きゅん」と喉を鳴らし、私の顔をなめるむぎ。
毎日癒やしと平穏をありがとう。
黒目がちのまあるい瞳は、曇りなく、今日も優しく光っていた。
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