激動の2020年に届けられた『ブラック・イズ・キング』。アフリカから引き離された黒人の人々の歴史と境遇が浮かび上がる
「ビヨンセは、私たちに向けて世界をまるごと創造する。彼女の精神、政治、経験、そしてスタイルが音楽と融け合うユニークな世界へ、私たちを運んで招いてくれる」(『ブラック・イズ・キング』に衣装提供したデザイナーのミア・ヴェスパー、2020年7月『Paper Magazine』より)
激動に揺れる2020年7月、ビヨンセは映画『ブラック・イズ・キング』をDisney+にてリリースしました。これは、彼女が声優を務めた2019年のディズニー映画『ライオン・キング』からインスピレーションを受けた音楽アルバム『The Lion King: The Gift』に基づいたビジュアルアルバムでありミュージカルフィルム。そのため、大筋としては、父を失った王子を主人公とする『ライオン・キング』のストーリーに近くなっています。しかし、それよりも伝統的でファッショナブルなアフリカンアートにあふれていて、神秘的で壮大、抽象的でもあります。
『ブラック・イズ・キング』予告編
「旅はギフト 心の扉の前に置かれた特別なもの こうして私たちは遠い旅に出る 旅の途中でも故郷のような何かが見つかるはず」(『ブラック・イズ・キング』より)
哲学的な言葉が連なる『ブラック・イズ・キング』は、素晴らしい映像と音楽に身を委ねてエモーションを授かっていくべき映画作品かもしれません。ただ、知っておくとより深い鑑賞体験となる情報として、本作が「アフリカ系ディアスポラのおとぎばなし」と語られていることがあります。
「ディアスポラ」とは、主に、もともと住んでいた地域や国家から離れて暮らす国民や集団、コミュニティのことを指します。劇中「自分の母語もわからない 自分を語れないなら自分のことは考えられない」と苦悩を語りながら「アメリカよ」と問いかけてみせる場面を見れば、『ブラック・イズ・キング』が奴隷貿易や奴隷制度よってアフリカから引き離された黒人の人々の歴史と境遇を描いていることが浮かび上がるでしょう。
「なぜ人々は必死に忘れさせようとするのか 我々に誇り高き王だった過去を忘れさせ 黒人に頭(こうべ)を垂れさせ王冠を軽視させようとする」(『ブラック・イズ・キング』より)
父が殺められる悲劇によって故郷から離れた王子の旅路を追う『ライオン・キング』をなぞるかのように、『ブラック・イズ・キング』もまた、不条理な目に遭って尊厳を奪われた黒人男性が目覚めゆくさまを描き出しているのです。ビヨンセを含む語り部は、「ブラック・イズ・キング」という言葉を繰り返しながら、社会から自信を剥ぎ取られてしまいがちな黒人の人々に力強い言葉を放ちます。「私たちはいつの時代もすばらしい この世で最も美しいものを反映した存在なのだ 黒人が王だ 私たちは美の観念が生まれる前から美しかった」。この場合の「王」とは、政治的な意味の王権ではなく、尊厳や誇りに近いものではないでしょうか。