女性たちの尊厳やパワーも表現。子どもたちに向けた「ギフト」
1994年のオリジナル版アニメーション作品『ライオン・キング』は「父権」を軸に物語を展開していましたが、ビヨンセによる『ブラック・イズ・キング』では、女性たちの尊厳やパワーも豊満に描かれていきます。特に圧巻なのは、モデルのナオミ・キャンベルや女優ルピタ・ニョンゴの出演も話題になった『Brown Skin Girls』のシークエンス。「茶色の肌の女の子 あなたの肌は真珠のよう 世界でもっとも素晴らしい」。そう歌われるなか、様々な肌の色合いの女性たちが登場していき、『シンデレラ』のような舞踏会が展開されるのです。この前には、ビヨンセが『塔の上のラプンツェル』を模すようにブレイズヘアーを誇るシーンも登場。こうしたリファレンスは、黒人プリンセスをあまり描いてこなかったディズニーへの批判であるとも考察されています。ただ、慈しみに溢れる『Brown Skin Girls』を目にすると、まず先にあるのは、大衆文化に描かれてこなかった人々、とくに子どもたちに向けた「ギフト(贈り物)」なのだと思わずにはいられません。
『ブラック・イズ・キング』より“Brown Skin Girls”のビデオ。ビヨンセの娘ブルー・アイヴィーも出演
歴史の継承と、アフリカン・カルチャーの祝福。「黒人の人々が自分自身の物語を語ることで、世界の軸を変えられる」
「愛の賜物」と謳われた『ブラック・イズ・キング』の最大の特色は、黒人の人々の苦悩を描きながらも、そのコミュニティが継承した歴史、そしてアフリカン・カルチャーを目一杯に祝福していることです。加えて、ビヨンセは、2020年に起こった出来事によって、制作時より「メッセージがより意義深くなった」と明かしています。その出来事とは、ブラック・ライブズ・マター運動、その拡大要因となった事件の数々でしょう。
「黒人の生命は無惨に奪われる」ことを突きつける不条理な悲劇があまりに多いなか、ビヨンセが贈った祝福は、なにを照らしたのか。その答えの一つとして、黒人女性の批評家キャンディス・フレデリックは、以下のように綴っています。
「『王の尊厳はあなたの内にある』ビヨンセは歌う。彼女は、他の人々に劣等感を抱かせるような威厳を語っているのではありません。むしろ、彼女が指しているのは、私たちがすでに受け継いできたもの。そして、人種差別的なシステムの中で、あまりに忘れられていたものです」「『ブラック・イズ・キング』は、我々の内なる喜びを祝福する。そして、気づきを与えてくれる。我々が他者に求めがちなもの、愛、名誉、そしてパワーは、すでに自分のなかにあるのだと」(映画・テレビ評論家キャンディス・フレデリック、2020年8月『The Guardian』より)
アメリカに生きる黒人女性として、フェミニズムやプロテスト、そしてブラックコミュニティの美しい魂を発信してきたビヨンセは、世界に変化をもたらしてきた表現者と言えるでしょう。彼女がそうする理由は、そのインスピレーションの伝搬こそが、世界を変えると信じているからにほかなりません。
「私は信じています。黒人の人々が自分自身の物語を語ることで、世界の軸を変えられるのだと。私たちが継承してきた、歴史書には記されぬ真の歴史、そして豊穣な魂を伝えられるのだと」「私が望むのは、この作品を観たあなたが、レガシーを築きつづけようと刺激を受けてくれること。それは、はかり知れないほど世界に影響を与えるものです」(ビヨンセ、Instagram投稿より)
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