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私の好きなこと/小指

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「エッセイ:『好き』をおいかけて。」vol.2

SPONSORED:『出会えた“好き”を大切に。』
テキスト・漫画:小指 編集:竹中万季
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たとえ他の人に理解されなかったとしても、自分だけの好きなものを持って生きてゆくのは尊いこと。She isでは、リクルートスタッフィングとBEAMSが運営するサイト「出会えた“好き”を大切に。」と連動して「エッセイ:『好き』をおいかけて。」の連載を行っています。今回は、音楽を聴いて浮かんだイメージを五線譜に描く「score drawing(スコア・ドローイング)」という作品づくりをしている小指さんによる漫画とエッセイお届け。

私は、絵を描くことも漫画を描くことも好きで、それに音楽も文章を書くことも好きだからいつだって全部やりたくて仕方がない。なので周りからは、作家としてずいぶん一貫性のないやりたがりで自制のきかない人間に思われてると思う。
でも、私が好きなことに貪欲でがめつくなったことにもちゃんと理由があるのだ。今回はその話をぜひさせて頂きたい。

こんな私でも過去に一応、「ちゃんとしなきゃ」と真人間を目指してあれこれ努力をしたことがあった。何回か就職もしたし、大学を出たのにフリーターをしながら学費を稼いで通信制の学校に入り直し、教員免許を取ったりもした。周りを安心させようと自分なりに色々努力したけれど、どれも悲しくなるくらい向いてなくて一切身に付くことはなかった。
それどころか、やればやるほど身を切られるような辛さがあった。
多分全て自分のためじゃなかったからだと思う。

今思えば、私の「真人間計画」は非常に不自然だった。本来は、好きなことを頑張ったり素直に楽しむということが人間にとって自然で幸せなことなのに、私はわざわざ自分を箱の中に閉じ込めるような選択しかしてこれなかった。そんなの、誰だってつらい。

私は子供の頃から「好きなことは仕事にしない方がいい、趣味にした方がいい」と周りの大人から忠告を受けて育ってきた。それは、子供の頃から画家や漫画家に関心があった私への「この子が好きなことを仕事にして人生を失敗したり、嫌いになってしまったら気の毒だから」という、私の行先を案じての言葉だったのかもしれないが、私はこの言葉に囚われすぎて「好きなことは仕事にしない、だから苦手なことを努力して仕事にする」という、間違った認識をしてしまった。そして、そうやって自分を諦めさせたかったんだと思う。
自分が本当にやりたいと思うことから向き合うことを逃げ続けて、随分回り道をしてしまった。

そんなことに気づいたのは30歳になった頃だろうか。このままだとうっかり死んだら成仏できないと恐れを抱き、やりたいことをやり尽くしておこう、と派遣で働くのを辞めた。
そうしたらぽつぽつと絵の仕事がくるようになった。
これまでの一労働者という立場でなく私自身にきた仕事は、自分を色んな角度から客観的に見る良い訓練になった。

特に、齋藤陽道さんというろうの写真家のドキュメンタリー映画(河合宏樹監督『うたのはじまり』)で、スコア・ドローイングがろうの方々に音楽を目で感じてもらうための「絵字幕」と呼ばれるものに活用されることになったのは、自分でも驚いた。
そもそも「絵字幕」なんてものはこの世に存在しないもので、陽道さんが私の絵を見て「絵字幕」という概念を生んでくれた。
私は、自分がすることで役に立つことがあるんだ、と不思議なカルチャーショックを覚えた。
結局、「趣味にしておいた方がいい」と周りの大人から忠告されてきた存在たちが、今の私を助けてくれているのだった。

うたのはじまり(絵字幕版)

「好きなことで生きていく」と自分で選んだ道にも関わらず、私はしょっちゅう「この選択で良いのだろうか」とくよくよと悩む。特に財布の中が寂しくなりだしたり親や親族に会うとその傾向は顕著になる。
表現なんかしないで、ごく普通に暮らして子供でも産んでたらみんな喜んでたのかなあとか、そうすれば今抱えている葛藤とか罪悪感みたいな嫌な感情に囚われずに済んだかなとか、考えだすとキリがない。母からは最近も「お願いだから普通になって」と懇願され、私は好きな仕事が自分でできるようになって褒めてもらえるくらいに思っていたので、みぞおちに1発くらったような衝撃だった。私は幸せなのに、外から見たら「会社勤めもできない、子供もいない30代の娘」という世間から持て余された存在でしかないようで、自分という存在がこんなにも周りの和を乱していたのかと、ショックだった。

……と、こんな風にトラウマから逃げ出せなくなった時、私はこういう考え方をして立ち直るようにしている。
「もし、違う生き方を選んだもう一人の私が、今の私を見たらどう感じるか?」
ちゃんと就職もして、家族もいて、何不自由のない生活をしているけど何かを作ることを諦めた自分と、時々すごい惨めになるけどいつも机に向かって日々何かを作り出している自分。それを他人になったような目でぼんやりと思い浮かべながら比べてみると、やっぱり後者の今の自分の方が圧倒的に羨ましい。……よし、頑張ろう。
と、なる。

私のお父さんは私なんかよりもずっと絵がうまかったけれど、長男だったから画家になるのを諦めた。
私のお母さんも、学生時代ずっと美大に行きたかったらしいけれど親に反対されて諦めて、その分私に行かせてくれた。
その選択のおかげで私は今ここにいるんだろうけれど、その当時に諦めさせられた若い二人のことを考えるとどうしようもなく悲しい。
自分の、これ、というものに命を捧げて生きる自由を、誰も奪っちゃいけない。だからもう、自分からも奪わないと私も決めた。

好きなことって、きっと世の中を生き抜く武器でもあるし、教養のような役割で自分を生かしてくれる特別なものだと思う。
私は人生の随所随所で、好きなことに救われてきた。
折角回り道して気がつくことができたのだから、これからはどんどん自分の「好き」を純度の高いものにしていきたい。好きなことで幸せになれたら、きっとそれ以上の幸せはこの世にない。

初めて喫茶店でスケッチした曲の作品
Some Things Last a Long Time / Daniel Johnston

PROFILE

小指
小指

1988年横浜生まれ。漫画家、随筆家。
「夢の本」「宇宙人の食卓」を自費出版。
小林紗織名義にて音楽を聴き浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「score drawing」の制作も行う。
映画「うたのはじまり(バリアフリー上映版)」のろう者の方のための絵字幕の作成など。
(photo by ソノダノア)

INFORMATION

サイト情報
『出会えた“好き”を大切に。』

いろいろな経験をした結果
出会った“好き”に囲まれていると、
自分らしくいられる気がする。
“好き”にまっすぐだからこそ、
こだわりを貫けたり、
やりがいが感じられたり、
心が満たされたりする。

そんな、自分らしい“好き”は
日々の暮らしの中に
心地よい風を呼び込んでくれる。
だから、出会えた“好き”を大切に。

出会えた“好き”を大切に。|リクルートスタッフィング ビームス

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