好きだけど、私よりも好きな人がいるかもしれない。好きな気持ちをうまく表現できない。そんな思いに悩まされて、友だちに堂々と話せなかったり自信を持てなかったりする人は多いと思います。自分のための「好き」なのに、どうして誰かと比べて、苦しくなってしまうのでしょう。
ファッション、アート、映画、苔や鉱物と、好きなものが多岐にわたる伊藤万理華さん。アイドルグループ乃木坂46卒業後は、俳優として活動しながら2度個展を開催し、「好き」を表現し続けています。しかし、そうした活動にたどり着くまでには、様々な葛藤があったそう。「自分を見失わないために、“好き”を自分から発信することを忘れたくない」と伊藤さん。軽やかに踊るようにたたずみながらも、客観性と主観性のいいバランスで自身の情熱を見つめる伊藤さんに話を聞いた、『出会えた“好き”を大切に。』調査隊コラム4回目です。
言葉では表現できないものに興味がある。
父がグラフィックデザイナー、母がファッションデザイナーという環境の中で、自身の「好き」を育んできた伊藤万理華さん。好きなジャンルはボーダレスですが、ずっと好きなものは「ファッション」。ミシン部屋があったような家庭で、当たり前に存在していたものを「好き」だと自覚するにはきっかけがありました。
伊藤:生まれた時から身近に可愛いお洋服やインテリアがあったので、「ファッション」は特別な趣味ではなく、生活の一部として捉えていました。でもグループ(2011年から2017年まで乃木坂46に在籍)に所属して、多くの人の中で自分にしかないもの、自分が好きなものは何か考えた時に「自分にとって当たり前だと思っていた生活は特殊なのかもしれない」と気づいて。そこからブログに私服を載せるようになって、まわりの方々からも自然とファッションの印象が強くなっていったのではないかと思います。
母のお下がりを着たり、古着屋さんを巡ったり、「ファッション」を好きでいるうちに、だんだん愛で方も変わっていきます。
伊藤:お洋服の愛で方が変わったきっかけは、ファッションに関わるクリエイターさんやデザイナーさんと対談する機会が増えたことです。ブランドを立ち上げた物語、デザイナーさんご自身の背景。お洋服が生まれる背景を知った時に、その奥深さに感動しました。私はファッションの専門用語も知らないし知識も多くないけれど、作り手のお話を聞くのがとても楽しくて、その方々のまなざしを通してファッションを愛でることが好きです。
あとは、文章を書くことや本を読むことがあまり得意ではないので、言葉では表現できないものに興味があります。踊りや絵、映像、写真などで表現することに興味がありますし、そうした表現をしている人に惹かれます。それに、私自身がいいなと思ったものを自分を通して世の中に伝えられる方法は、被写体になることだと今は思っていて。だから好きなものを「表現」するのが、好きなことだとも言えますね。
「自分から動かないといけないんだ」と気がついた。
乃木坂46を卒業した2017年に、PARCOのGALLERY Xで開催された個展『伊藤万理華の脳内博覧会』は話題を呼び、渋谷・福岡・京都の全国3箇所で3万人以上を動員しました。そして今年1月にも、リニューアルオープンした同会場で個展『HOMESICK』を開催。家族をテーマに、伊藤さんは自身がキュレーター、クリエイターとなり、尊敬するクリエイターたちと新たな作品を生み出しました。その爆発力には多くの人が気持ちを駆り立てられた中で、伊藤さん自身は、自ら表現することを決心するまで葛藤があったと話します。
伊藤:一回目の個展を終えた時には「自分から生み出すなんて、二度とやらない!」と思ってしまうくらい、その時の自分を全部出し切ったんです(笑)。お芝居の仕事もしたいから、しばらくはオーディションを受けて、いただける仕事を頑張ろうと思ったんですが、それが全然うまくいかなくて。グループを卒業したら、お仕事が安定しないことは頭では理解していたんですけど、実際にそういう場面に直面したら思った以上に苦しかったです。そこから悶々とした時期を過ごしていました。
伊藤:ある時に、「自分から動かないといけないんだ」と気がついて、二度目の個展開催が決まったときは、「さらけ出すしかない」という覚悟でした。「乃木坂46」という看板はもう通用しないし、自分を知らない人にも自分のことを知ってもらいたい。抽象的な展示になってしまうかもしれないけれど、自分の辛かった出来事や悩んだことを一つずつ噛み砕いて作品にしたいと思いました。
なので、声をかけたクリエイターさん全員に、まず自分のことをしっかり話しました。どうしてこの個展をやりたいのか、どうしてあなたが必要なのか。そして、あなたの話も聞かせてほしいです、と伝えました。すごく大切な時間でした。
動くことで自分の正解を見つけられたと思います。
自分自身のやりたいことにとことん向き合ったことで、自分の中の正解を見つけることができたと伊藤さんはやさしい表情で振り返ります。
伊藤:あの時は、卒業した他のメンバーと比べてしまうこともありましたし、「誰にも見てもらえない自分なんて、いる価値がない」と思ってしまうほどギリギリの状態でした。でも、自分自身の置かれている長所も短所も認めた上で、自分にできることを自発的にやりたかった。過去にクリエイターさんと新しい作品を生み出して発表してきたことも自分の個性だと信じて、異常なまでの行動力をかき集めて、尊敬する方々に声をかけて、半年ほどの制作期間で形にしました。
どうなるかわからなかったのですが、それでも絶対にいいものができる自信がありました。そして、制作が動き始めると他の仕事も軌道に乗り出したんです。映画のお話をいただいたり、舞台もやらせていただけることになったり。私の場合は、動くことで自分の正解を見つけられたと思います。自分から発信することは忘れたくないです。
- 1
- 3