春が近づくとこんなふうに、
あたらしいことが起こりそうな予感に心なしか前向きになれるものだったかなあと思う週末だった。
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仕事が捗らずに、机に向かったまま夜が明けた。
テレビ画面は日曜日の情報番組。
夜通しつけていた部屋の蛍光灯を消して、カーテンを開けると磨りガラスの向こうから白い光が部屋の隅々まで行き渡った。眩しくて、ガラス越しでもその温かさが分かるくらい。
コンビニの印刷機と自宅を三往復してからようやく、仕事のミーティングへ。
太陽はすでに高い位置まで昇っていて、コートを羽織らなくても十分に暖かかった。それだけでなぜか微笑みそうになるのは春の力なんだろうか。笑えるような心境でもないのに口角が少し緩んだ。
角を曲がると見える豪邸には薄いピンクの桃の花。
ミーティングが始まり、私は進度の悪い仕事を皆の前に差し出して自信なく口を開いては、閉ざす。上手くこなせないこと、上手く伝えられないことを反省してミーティングは終了した。
そのあとイラストの打ち合わせへ向かい、すべて終わったのは21時を過ぎたころ。
春が近いといえども、まだ少し寒い夜だった。
朝一番に「体調がわるい」というメールが来たまま返信のない母が心配になり電話をかけた。
携帯電話の向こう側、ワンコールに近い速さで「もしもし」という母の声。
体調は深刻なものではなかったらしい。母の話を聞いたら安心して私はつい自分の愚痴を話し出してしまった。最近の生活、これからのこと、気付くと不安になってしまうこと。
元気なく話す私に母は言う。
「じゃあ、美味しいご飯の炊き方を教えてあげよう!」
頭に「?」が浮かんだけれど、とりあえず美味しいご飯でも食べなさいということだった。
気が付けば、コーヒーくらいしか口にしていなかった今日一日。私は素直にそれもそうだなと思った。
「そうだね、とりあえずご飯食べて頑張ります」と電話を切る。
幾つになっても私は母の娘であり、母には私は娘であり、それだけは世界がどう変わろうとも変わらない。そういう当たり前の事実が今は心強いなと思った。支えられてばかりいる気がする。
「親孝行」ってなんだろう。
幸せを分け合えるようなことを、いつか私はしてあげられるのだろうか。
歩きながら見上げる月は不気味に大きくて、丸くて、少し赤かった。
土日が休日というわけではない私の生活はいつも不規則で、孤独やリスクが振り向けばそこにある。
でも、この生活を選んだことを私はあまり後悔していない。
嘆くことはあるけれど誰のことも羨んだりしなくなった。
私は、私。
だって私は、私として生きるほかに生きていく方法を知らない。
翌日、母から聞いた「美味しいご飯の炊き方」を実践した。
その美味しいご飯のレシピは本当になんてこともないものだった。
炊き込みご飯に刻んだショウガと大葉と白ごまをたっぷりとかけるだけのもの。ただそれだけのもの。
「美味しいご飯の炊き方」というよりも「美味しいご飯を食べるための一手間」なのかもしれない。
そういう一手間で美味しさは全く違ってくるのだということ。
炊き上がる音と同時に炊飯器に駆け寄る。
お茶碗を持つ左手に伝わる温度。
手の中に収まるのは紛れもない幸福感だった。
久しぶりにも思える、箸の上にご飯を乗せる瞬間。
口に入れる瞬間。
最初の一口をゆっくりと噛み締める瞬間。
その瞬間のすべてがスローモーションみたいだった。
どの感覚も新鮮にすら思えるくらいに私は、生活を、自分を、疎かにしていたんだなと思えた。
美味しいご飯や睡眠、誰かと笑い合うことや、弱音や悲しみを軽くする方法。
最低限の生活は自分で自分に与えてあげないと。それに、それを与えられるのは誰でもなく自分しかいないのだということ。一日ぶりの食事を噛み締めながら反省した。
窓の外は暖かくも強い雨が降っていた。風でなびく木々の音がする。
空になったお茶碗にご飯をよそいながら気が付けば、晴れ晴れした気持ちになっていた。
季節は、春になる。
なにかが変化する予感がゆっくり近づいている気がした。
仕事も、生活も、後ろ向きだった色んなことが変わっていく予感。
そのなかにはきっと終わるものもある。
でもきっと、始まることもあるのだということを、今なら素直に思える気がした。
ずっと同じではいられないこと。同じだと思っていても、変わること。
「食事をする」という当たり前のことがこんなにも、新鮮に感じる日だってあるのだから。