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第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。

宮田佳乃 十二歳の春

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正方形の格子窓から、春の光が覗いていた。昨夜まで降り続いた雪は朝方に止み、生徒たちが登校してくる時間帯にはもう路面に溶け始めていた。
「この度、めでたく築山学園の一期生となりました皆さんにふさわしい、晴天に恵まれましたことをおろよこび、あ、失礼、およろこ、お慶び、申し上げます」
壇上で話す来賓の舌がもつれると、ほうぼうから笑いが漏れた。真新しい制服を着た女子中学生たちは、まだ声色もあどけない。静粛に、と進行を務める教師がそれを𠮟ると、漆喰の丸天井のホールの中にはまた静けさが戻った。
西洋の意匠を凝らしたこの建物は、元々は明治の昔に北へ流れてきた宣教師たちが拠点にした場所であるらしく、それから酒場になり、和菓子屋に変わり、取り壊しの憂き目を逃れて、敷地ごと築山学園に買い取られた。
この新設校は北海道内外から広く生徒を募っている。
宮田佳乃(みやたよしの)は、射るような目で壇上を睨みつけていた。宮田が睨んでいるものは、話の長い来賓の市議ではなかった。その少しあとの未来を、宮田はあらかじめ睨んでいた。
来賓挨拶のあとには、入学生代表挨拶がある。
べつに人前に出ることが好きなわけではない。式典で作文を読み上げるのなんて、好き好んでやりたいことではない。
だが、それは普通、入試成績一位の者が任されるものではなかったか?
長らく続いた来賓挨拶が終わると、力のない拍手が響いた。一期生三十五名と、その保護者と教職員だけの拍手は、小さなホールの中でもか細い。生徒たちはみな飽き始めてしまい、目線を横へ下へと散らばせていた。
続きまして、と進行役の教師がマイク越しに言った瞬間、宮田は小さな奇跡を信じた。
突然、自分の名前が呼ばれるという奇跡を。
「続きまして、入学生代表挨拶。一年一組、奥沢叶(おくさわかなえ)」
はい、と澄んだアルトが天井を突き、ひとりの生徒が立ち上がる。
嫌でも宮田の目はそれを捉えた。
奇跡が自分の手のひらからこぼれ落ちた瞬間、浮かんでくるのはくだらないことばかりだ。もしかしたら、違うのかもしれない。これは、ただの出席番号順なのかもしれない。成績なんかは関係なしに、たまたまあの子が選ばれただけなのかもしれない。
だってありえないのだ。こんなところまでやってきて、ほかの誰かに抜かれるなんて。
しかし奥沢叶が壇上に上がった瞬間、宮田の妄想はかき消えた。
奥沢は、群を抜いて見目がよかった。飾り気なく整えられた髪は短く、くっきりとした目鼻立ちがより際立つ。色白の肌が、濃紺の制服によく映えていた。
式辞の紙を開く、その一連の動作すら人目を引いた。
「桜を待つ、北国の春が訪れた今日この日、」
たしかにこいつが入学生総代だったのだろう、と宮田は確信を持って直感した。そして、うだうだと別の可能性を探していた自分が恥ずかしく思えてきて、余計に壇上の美少女に腹が立った。
奥沢の目線は時おり紙の上を離れ、会場内へ点々と下りた。人前に立つのに慣れている。
画になる容姿、澄んだ声、美しい姿勢。それらはすべて、奥沢という人間に強い説得力を持たせていた。来賓の言い間違いにだらしなく笑う、ほかの生徒とは何もかも違う。
六啓舘(りっけいかん)にもこんなやつはいなかった。
壇上を強く睨んでいると、一瞬、目が合った。
順々に会場内へ視線を落としていただけの奥沢は、すぐに宮田から目を逸らし、また紙の上へと視線を戻した。その仕草はなめらかだった。
宮田が無意識に親指の爪を嚙むと、カリっと薄い音がした。
「あの子、すっごい可愛いね」
突然、気の抜けた声をかけられて、宮田は少し驚いた。
隣のパイプ椅子に座っている、ポニーテールの生徒がこちらに軽く顔を寄せる。
「めっちゃ頭よさそ~……」
ちらりとそれを一瞥すると、宮田はすぐに前に向き直った。無視されるとは思わなかったのか、ポニーテールの少女はぽかんと宮田の横顔を見つめていた。
正方形の格子窓の向こうには、大きな山が聳えていた。人の手で作られた築山地区とは違う、本物の山だ。その山の上は、まだ雪に白んでいる。
築山学園は北海道南斗市の築山地区に位置し、小高い山の半分がその敷地となっている。辺りは林に覆われ、急傾斜の坂道を下りなければ自然のほかは何もない。
とんでもないところに来た、と宮田は思った。そして、自分をこんなところに追いやった父親を改めて恨んだ。

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

「金木犀とメテオラ」安壇美緒
「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』

著者:安壇美緒
2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
金木犀とメテオラ/安壇 美緒 | 集英社の本 公式

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