「運命かもしれない」と思える人に、人生でどれぐらい出会えるのでしょう。シンガーソングライターの吉澤嘉代子さんと、女優の吉岡里帆さんは、お互いを「運命の人」と口にするほど心を通わす間柄。そもそも、二人が出会うきっかけになったのが、吉澤さんを音楽の道へと向かわせたキーパーソンである、サンボマスターとの共作“ものがたりは今日はじまるの”(2016年)だというのもなにやら運命的です。
吉澤さんは、音楽の世界でひたむきに「物語」の登場人物を演じ続け、吉岡さんは、学生時代からお芝居にどっぶり。人生をかけて「物語」を演じ、現実に力を与えてきた二人が、深いところで通じ合うのは必然だったのかもしれません。
表舞台に立つ二人が心に秘めた、自分らしく生きる秘密、孤独の大切さ、グラビアの経験の裏にあった燃えるような想い。表面だけ見ていたら届かない、物語が生まれる瞬間に触れてみてほしい。人は、こんなにも生きているのです。
鬱屈している人や辛いことと立ち向かっている人こそ、物語のなかの人物になることができるんです。(吉岡)
吉澤:ひさしぶりに会えてすごく嬉しいです。いつぶりかな?
吉岡:1年前ぶりぐらいかなあ。でも私、嘉代ちゃん(吉澤嘉代子)のことはずっと頭にあるんです。この前も、クリープハイプさんのライブに突然誘ったり、嘉代ちゃんの好きな、いくらのお寿司のストラップが売っていたから、いつか渡そうと買っておいたり……。
—直接会った回数は多くないけど、そのひとつひとつが大事な記憶として残っているような関係なんですね。吉岡さんは学生時代から新派をはじめとしたお芝居を熱心に勉強されていて、吉澤さんは「物語」という形式で音楽作品を生み出しています。物語の力を信じているところが通じているのかなと。
吉岡:私は「物語」が好きだから、物語をつくってくれる人がすごく好きなんです。嘉代ちゃんの作品は、歌もMVも一本の映画みたいなんですよね。嘉代ちゃんに出会ったのは、まさに“ものがたりは今日はじまるの”(2016年)という曲のMVに出させていただいたことがきっかけで。
吉澤:セーラー服を着てもらったんだよね。
吉岡:うん、「大丈夫かな?」って思いながら(笑)。
吉澤嘉代子「ものがたりは今日はじまるの feat.サンボマスター」MUSIC VIDEO
吉岡:この曲が収録されているアルバムが発売するときのインストアイベントに出させてもらったのですが、嘉代ちゃんの演奏があまりにもよくて、その場で泣いてしまって。この曲名の通り、物語って自分が始めようと思えばいつでも始められるんですよ。やりたいことがない人や、毎日鬱屈している人、辛いことと立ち向かっている人こそ、物語のなかの人物になることができると思っていて。
私にとって物語っていうのは、これまで自分が立ち向かわないといけないときに武器になってくれたもので、たとえ情けないときであっても、「これは、自分の人生という映画のワンシーンなんだ」と思うことで、そんな自分を肯定できる感覚があるんです。
吉澤:私も里帆ちゃんと同じように、子どもの頃から「物語」をシェルターのように感じていたというか、自分を生かしてくれる術だと思っていました。昔からあんまりおしゃべりするのが上手じゃなくて、うまく想いを伝えられなくて泣いてしまうような子どもだったから、言葉を発すること自体から逃げていたんですね。
吉岡:うんうん。
吉澤:でも、その逃げた先で本を読むようになって、そこで物語のなかの「言葉」に出会いました。その延長線上で、今は物語の言葉を使って、社会と戦っている感覚です。だから言葉には、つねに殺されたり生かされたりしているわけですが、「物語」というフォーマットだけはいつでも自分の味方でいてくれている気がしているんですよね。
吉岡:寄り道したり、時には人に迷惑をかけたり、そういう浮き沈みがその人が持っている物語であり、魅力ですよね。それ言うと、さっき「逃避」と言いましたけど、物語を想像してつくりあげることは、自分の自由な場所を探してもうひとつの道を開くという「選択」でもありますよね。
吉澤:本当にそう! 私も舞台上やレコーディングブースで、自分がつくりあげた主人公になりきっているときには、うまくふるまえるようになってきたのですが、それ以外の場面ではちゃんと喋れなかった子どもの頃の自分のままだし……その両方を生きることを選ぶことで、自分自身のバランスを保っているところがあるのかも。
人間を「表と裏」というたった二つにわけるなんて無謀な話ですよね。(吉澤)
—お二人は役者やシンガーソングライターという立場で、表舞台に立つ方ですが、誰しも社会的な役割を演じているときと、演じていないときがありますよね。そのバランスをどういうふうにとって、どれを「自分だ」と思うか、という話をうかがえたらと。
吉岡:私の場合は、役をあてがわれているときじゃない場面——たとえばバラエティーなどでも、「こういうふうにふるまってほしい」と要求されることもあります。そこでたとえば面白くないなと思ったとしても、「面白くない」でつっぱねちゃうと、全部が終わってしまうし、そこに懸けて生きている人たちに失礼になってしまう。
吉澤:そうですね。
吉岡:だから、私の仕事は、自分というものを誰かに押しつけることではなく、誰かに「染まる」ことなんです。バラエティーだったら芸人さん色に染まるし、ミュージシャンと対談をするなら、その方の言葉をちゃんと聞いて、そこに沿った言葉を発したい。だから、私のなかに表と裏があるというより、ずっと透明でいるため、濁らないためにどうするすべきか、というのをずっと考えています。いわゆる表と裏があって、自分の本心を出したいっていう私は存在しなくて、どれもずっと自分だし、むしろ、ずっと同じ自分であることでよどみができることが怖い。透明でいることが私の「ありのまま」です。
吉澤:里帆ちゃんは、いろいろな役を演じるから、きっとさまざまな印象を持たれますよね。でも、人間を表と裏という二つの側面にきっぱりわけるなんてそもそも無謀な話で、もっといろんな面があるし、そのどれもが里帆ちゃんなんですよね。
吉岡:うん。悪女を演じたときに、「あの人は絶対裏がある意地悪な子なんだ」って思われたならそれは意地悪な吉岡里帆だし、ピュアな役をやって、「この子なんてピュアなんだ」と思われたならそれはピュアな吉岡里帆だから、好きに想像してね♡ って思います(笑)。
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