青春の形はいろいろあるけど、好きなことをしているあの時間がなかったら今の私はいない。(荻野)
─MVのなかで「荻野さんの青春全部なくなっちゃうかもしれない」「彼氏も部活もいらないよ」「そんな旅に私の若い命を捧げます」といった台詞が印象的ですが、このMVにはアイドルをすることを引き換えに青春が失われることを示唆していますよね。それについてはどんなふうに捉えていますか?
山戸:荻野さんの「青春なんていらない」という台詞は、それを過去に対する結論とするのではなく、新しい未来への問いとして書きました。今を生きているアイドルさんに対して向き合うときに生まれる、彼女たちの青春が、光と闇のどちらかでいいのか? ということ、女の子たちにとっての、究極の幸せと究極の地獄はどこにあるんだろう? というその問いを、表現に込めました。芸術とは答えではなく、ひらかれた問いなのだと思います。オープンクエスチョンによって私たちの思考がひらかれ、新しい議論が始まることを願いながらいつでも撮っています。
山戸:いつのまにか囲まれたルールの中で、ごく普通の女の子が経験するであろう「青春」を生きることはきっとできない。それでは、アイドルにとっての青春はどんな形をしているのか? どうやってアイドルをやりながら幸福に生きるのか? それはまだこれからも、続いてゆく問いだと思っています。アイドルになりたい女の子が、生まれ続ける時代に。
しかしトップアイドルは、先頭に立って夢を与える存在だからこそ、そこにある影や、リアルタイムの闇の部分を自ら話したりはできない。スポットライトにかき消されるその部分にこそ、こんな暗闇で、心を重ねながら向き合いたいですね。その女の子の、すでに肯定されている姿以外にも、苦しみを知っているからこそ美しいという面を映し出すことで、少しでも彼女が生きやすくなるようにという祈りを込めて撮りたいです。
「アイドルとして生きられるのなら、他には何もいらない」という台詞は、たしかに強い印象を与えるけれど、そこにある、「神様、このひとつだけは叶えてください。それ以外は、なにもいりません」という想いは、一度でも、何かを命をかけて求めたことがある人なら、わかってくれる言葉なんじゃないかな。
荻野:本当にその通り! みんなにその言葉を伝えたいな。青春のかたちは、恋愛や部活、いろいろあると思うんです。私は本当は陸上部に入りたかったけど、アイドルになりたかったので活動日数の少ない文化部に入って。肺活量を鍛えるためにマスクをしながら走って、週4カラオケに行って練習するような学生時代でした。
それでも今思い返すと、私にとってはアイドルという夢に向かって頑張って練習をしていた時間が、青春だったと思えます。好きなことをしている、あの時間がなかったら今の私はいないから。
山戸:そんな、荻野さんの決意の時間も、しっかりと映り込んでくれました。光と影の両方がある世界であっても、彼女ならば、歌い踊り続けながら、鳥が飛んでいくような翼で、メンバーやスタッフさん、ファンの皆さんと一緒に、女の子たちのあり方を変えていくのだろう、と信じて全編を編み込みました。だから荻野さんがアイドルを選ぶ痛みも表現されたラストシーンは、物語のエンディングじゃなくてオープニングなんです。荻野さんが演じてくれる限り。
誰かの夢が、次の誰かを夢に誘う。それはかなしいくらい素敵なことですよね。(山戸)
─さきほど、「ピークを更新していく」という話がありましたが、お二人はこれからどんなふうに自分を更新していきたいと考えていますか?
荻野:私は、これからもそのときに感じた自分の気持ちは絶対捨てずにいようと思います。そのときの自分にしか伝えられないことがあって、偽りの気持ちは伝わらないと思うから。普段から日記をつけていて、毎晩に、その日に思ったことや感じたことを書き留めているんですね。そのときどきで感じた感情を振り返りながら、表現につなげていくことで、いつもありのままの荻野由佳として夢を与える側に立ちたいと思っています。
山戸:誰かの夢が、次の誰かを夢に誘う。それはかなしいくらい素敵なことですよね。きっと女性同士は、たとえば結婚や出産、ライフステージが変わることでずっとそばにい続けることが難しいですよね。「女の子同士がどうやって手を取り合って、助け合うのか」ということを考え続けているのですが、荻野さんの向こうには、たくさんの女の子たちが、夢と夢をバトンリレーしている様子が浮かぶのです。ああ、きれいだなあと。
そんなふうに静かに思っていたら、荻野さんがTwitterで「山戸監督、MVの物語の続きは、私たち自身がつくってゆきます!」と発信してくれて。荻野さんには全てが届いてしまうのだと感動して返信ができませんでした。
愛は愛のままで十分なのだと思っていましたが、ひとしずくでも、気付いてもらえたら、全てが報われます。荻野さんは、普段からアイドルさんという立場で相手と接しているからこそ、贈りものをした人間にとって、それを全力で受け取ることこそが一番のお返しであることを、天性の勘で気付いているんですね。いつも新しく溢れ出す、荻野さんの不思議な力を愛しています。このMVをジャンプ台にして、これからもどんどん新しく生まれて変わってください。
荻野:今日のお話で、また新たに自分の感情や曲への思いが深まりましたし、この曲のセンターを務めることができて改めて光栄でした。でもこの先、「あのときがピークだったよね」となるのは嫌なので、次に監督に会うときに恥ずかしくない自分でいられるようにがんばります。……ああ、なんだかぞくぞく、ほわほわしてます。がんばります!(高い声で)
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