「荻野由佳 誰?」——インターネット上で、そんな検索ワードが踊った今年の6月。『AKB48選抜総選挙』の速報において、昨年の圏外から一挙1位へとのぼりつめ、本番でも5位と大躍進。NGT48の「おぎゆか」こと荻野由佳さんは、何度もオーディションに挑んでは落選し続けここまできた、努力の人でもあります。
そんな彼女がセンターを務めるNGT48“世界はどこまで青空なのか?”のMVを、短編映画のような世界観でつくりあげたのが、映画『溺れるナイフ』を監督し、みずみずしい映像を紡ぎ続けてきた山戸結希さん。荻野さんと同じ「YUKA」という名前の高校生を主人公にしたMVは、「普通」の女の子がなぜ人を魅了し、夢を叶えたのかという秘密や、アイドルという夢を追うことの幸福と地獄の両方が表現され、各方面で大きな話題を呼びました。MV撮影後、じっくり話すのは初となる二人の対談は、なんと山戸さんの提案で電球ひとつつけない真っ暗な部屋(!)でおこなうことに。夢を叶え始めた一人の少女の変身の記録が、次の夢見る少女にバトンを渡すことを願って。
※記事掲載時、本文に誤りがありましたので訂正致しました。
荻野さんの踊る姿には、生まれて初めてステージに立ったような瑞々しさを感じます。(山戸)
荻野:またお会いできて、とっても嬉しいです!
山戸:こちらこそです。そうだなあ……もしよかったら、暗くしてもいいですか?
(電気を全部消す)
荻野:わー! すごい……。
山戸:眩しいままだと、ほどけないから、今のほうが話しやすいかなって。
荻野:まさに演出ですね……!
─今回、荻野さんがNGT48のセンターを初めて務めた“世界はどこまで青空なのか?”のMVを山戸さんが監督されました。NGT48にはどういった印象がありましたか?
山戸:夏の終わり、何げなく、AKB48の選抜として『ミュージックステーション』に出演されていた荻野さんの踊る姿を観たときに、「ただ者ではない人がいる」と撃ち抜かれました。カメラの向こう側に向かって、「今、私を撮って。今、見つけて!」と語りかけているのだな、と。
だから、「この女の子を撮りたいな」と自然に感じました。その3日後くらいに、NGT48のスタッフさんから「MVを監督してほしい」とご依頼をいただいて。その楽曲の、センターが荻野さんでした。私自身が見つけたのか、あるいは荻野さんから見つけられたのか、不思議な感動がありました。
荻野:あのときは、『AKB48選抜総選挙』後でまだカメラもテレビもあまり慣れていませんでしたが、「この機会を逃したら、後はない」と思って必死でした。監督に思いが伝わっていたんですね……嬉しいです。
山戸:アイドルさんは、カメラがずっと回されているお仕事でもあって、いつかは、慣れがやってきますよね。心よりも、カメラが強くなってゆく。けれど、荻野さんの姿は、すり減らずに全身で訴えかけてくる。「私を光らせて欲しい。私の暗闇を照らして」と。スポットライトの光にも、きっと永遠に満たされるのことのないだろう願いを感じます。荻野さんの踊る姿には、生まれて初めてステージに立ったような瑞々しさが、絶えずにずっとあって、かけがえのない渇望に感電させられます。MVの撮影中も、ずっとそうでした。
荻野:わあ……心がけていることと言えば、曲をもらったときに必ず、ノートに歌詞を書き写して自分なりの解釈を書いて整理するようにしています。でも実は踊っているときは、何も考えていないんです。歌は演技でするものではないと思っていますし、偽りの表情や見せかけの踊りではなにも届かないと思っているので。そのときに感じたことを大事にしてパフォーマンスしたい。
ただただ踊ってやろう、踊らなくちゃいけないってひたすら踊っていました。(荻野)
─大きな反響を呼んだMVは、荻野さんやNGT48のこれまでとこれからの物語を想起させるすばらしい作品になっていると感じましたが、どういうところからつくっていったのですか?
荻野:まず、撮影に入る前に、監督が新潟までNGT48の公演を見にいらして、ひとりひとりと面談してくださったんです。ひとつのMVにそこまでしてくださることに背筋が伸びる思いがして、公演前にメンバーと円陣を組んで「監督に絶対いいパフォーマンスを届けよう」と誓い合いました。それでNGT48としてもこれまでにないぐらい一致団結した状態で撮影に挑むことができたのかなって。
山戸:あの日、円陣を組んでくださっていたんですね。新潟の劇場のステージの上で、皆さん、輝いていましたよ。ひとりひとりの笑顔のかたちを、今でも覚えています。MVでも、その笑顔を執念のように入れてゆきました。
荻野:それで完成したMVを見たとき、映像が想像を超えるほど美しくて、何よりも私たちが言いたかったことがそこに全部あるような気がして、びっくりして。はじめて見たとき、泣いちゃいました。
─「言いたかったこと」というのは?
荻野:このMVがすごいのは、一見私が中心に見えるけどそうじゃなくて「YUKAちゃん」が主体になって周りを巻き込んで、みんなでトップアイドルを目指すというストーリーになっているんですよ。そこに今のNGT48らしさや思いが詰まっているんです。
─自分のためだけの作品じゃない。
荻野:そうです。だからファンの方への恩返しのような作品にもなっていると思いますし、NGT48のメンバーはもちろん、他のAKB48グループのメンバーからもたくさん連絡をいただいて。一番はじめに電話をくださったのは、指原莉乃さんです。「青春なんていらないよ」っていう台詞をマネしてくれて(笑)。あとはSKE48の須田亜香里さんが「アイドルとしての私の心が揺らいだ」といった内容をLINEで連絡してくださったり。
山戸:そうなんですね……。
荻野:階段で踊るシーンがあるんですけど、私が実際にアイドルを目指していたときに、周りの友達から「なんでアイドルなの?」「芸能界とか難しいよ?」って言われてずっと悔しい思いをしていたことがあって。「こんなにもなりたいのにどうしてわかってくれないの?」という気持ちがだんだん「あなたにはわからないでしょ」というふうに悪化してしまって、友達にまったく夢の相談ができなくなったときに、ただただ踊ってやろう、踊らなくちゃいけないってひたすら踊っていた過去の自分と重なるシーンもありました。
山戸:フフフ。荻野さんは、なかなか夢が叶わない時期に、お母さんにお箸を投げちゃったこともあったんですよね。
荻野:そうなんです、何度も何度もオーディションに落ちる私を見て、家族さえも最初は反対していたんですけど……。もともとはAKB48の“ヘビーローテーション”のセンターをつとめていた大島優子さんの、見ているだけで悩みが吹き飛ぶこの眩しさはなんなんだろう? と驚いて、助けられて、私も希望や元気を与えられる人になりたいって、そこで夢を即決してしまうような体験が自分の軸にあって。
山戸:(頷く)
荻野:だめでも挑戦し続けるうちに、家族も「何年かかってもいいから最後までやってみな」と応援してくれるようになったのですが、NGT48に所属させていただいてからは、家族と離れて新潟で暮らしているので、応援しながらもやっぱりずっと心配だったのだと思います。
MVを見て、お父さんは泣いてましたね。お母さんは恥ずかしがり屋なので、部屋でひとりで泣いたとあとから聞きました。お兄ちゃんは妹がアイドルであることが恥ずかしいと隠していたんですが、MVを見て初めて「すごいなお前、本気なんだな」って言ってくれました。あの、本当に、自分の宝物になりましたし(涙ぐむ)、自分がアイドルを続けていくうえでも、大きな一歩になったと思います。
山戸:荻野さんのご家族の方にまで伝えられたことが、ただただ、嬉しいです。MVを撮るときに、荻野さんと色々お話しながら、「速報1位に躍り出た『総選挙』が、荻野さんのアイドル人生のピークなのかな? それで荻野さんは幸せなのかな?」と問いかけたとき、小さく、必死に顔を振りながら、「違います。それはいやです。私はまだできます!」って応じてくれたんですよね。自分自身のピークを更新するようなMVを、一緒につくろうってお話しましたね。
荻野:山戸さんは、心にこう、ぐわっと触れるのがうまいんですよ……。撮影前に夢についてなどいろいろお話したのですが、心臓をつかまれたみたいで呆然として動けなくなりましたもん(笑)。あのとき、「世界一のアイドルになりたい」「世界一の監督になりたい」って話をしたんですよね。
山戸:本音のレベルで、荻野さんの気持ちを確かめたかった。日本で一番になりたいって、本当は思ってるよね? って。そしてこの前いただいた雑誌をめくったら、もう世界までいってましたね(笑)。そんな荻野さんの、想い出のなかだからこそ、夢や物語を大きく膨らませてゆく想像力豊かなところを、とても愛おしく感じました。荻野さんはメンバーやファンの方、色々な人の一番美しい部分を受け止めて、それを集めて、万華鏡のようにキラキラした物語に変えられるんだね。
荻野:……!!
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