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西加奈子、『おまじない』を語る。「呪い」は別の言葉で上書きしよう

西加奈子、『おまじない』を語る。
「呪い」は別の言葉で上書きしよう

人同士が、性別関わらずフラットに優しくなれますように

2018年3月 特集:変身のとき
インタビュー・テキスト:野村由芽 撮影:小林真梨子
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私の言葉がしんどくなったら捨ててもらっていいんです。そのときどきの、あなたのための歌があるからって。

―逆に、「役割につく」ということとは一見対極の位置にある「ありのままに」という言葉についてはどう考えていらっしゃいますか? 短編「マタニティ」では「努力せずに『そのままの自分』を認めてほしい」というのは甘いのではないかという主人公の心の声があったうえで、でも「自分の弱さを認めたら、逆に強くなれたんです」という言葉に励まされる描写が出てきます。

西:「ありのまま」という言葉やその状態は素晴らしいですよね。ただ、私の作品には社会と折り合いつかない不器用な人がいっぱい出てきて、それを読んでくださった方が「ありのままでいいんだって思えました」という言葉をくれることが続いて、それはもちろん嬉しいのですが、あまりにも多くてちょっと心配になったことがあって。うまいこと社会生活を送れている人だって「ありのまま」なんだよなあと。

―「ありのまま」という言葉が、どちらかというと不器用な人であったり、うまくいかないもどかしい心みたいなものを肯定している言葉に限定されている感じがあるということですか?

西:そうそう。ちょっと不器用を美化しすぎているのかも、とか。不器用ももちろん美しいけど、器用に立ち回っている人も、「立ち回っちゃう」って思わなくていいし、さっきの話に繋がるのですが、愛にもとづいて個人の思うままに行動しているならええやんって。だから「ありのまま」って人によって違うんだなって。そういうふうに思っていますね。

西:『おまじない』の最後に収録されている「ドラゴン・スープレックス」にも「ありのまま」への思いを込めたんですけど、「ありのまま」という言葉で救われた人って絶対にいるんですよ。『アナと雪の女王』も素晴らしい作品だし、<ありのままで>と歌うあの曲を聴いて心が解放された人がいるのはすごく素敵なこと。

でももし、そこから少ししんどくなってきた人がいるとしたら、あの歌を捨ててもいいよって思うんですよね。そのときどきの、あなたのための歌があるからって。

―本当にそうですね。

西:それは私の小説もそうで、私の言葉がしんどくなったら捨ててもらっていいんです。救えているのだったらいいけど、「なんか西さん言ってること最近しんどい。だけど私、西さんの本好きだし……」みたいなのはもうだめ。そんなのしんどいだけですもん。

それに、そもそも私自身が自分を決定的に信じられなくなったできごとが最近あって。たまたま過去のインタビュ―を見返す機会があったんですけど、私はそのなかで、「これ言うと問題かもしれないけど、だんなさんに属したい、っていう気持ちが強いんです。三歩下がって……というような夫権の世界に惹かれます。ウーマンリブ! とか男女平等! とか、あんまり興味ないです」って話しているんです。2007年のインタビューですよ、本当に信じられないです。

今は考えが変わっているので、自分で話したことを忘れていたのですが、どんな状況であれこの言葉を発していたことへの言い訳は一切できない。私は今は「フェミニストでありたい」と願っていますが、もともとフェミニストだったわけではないんです。過去の自分の発言を見たときに、自分のことが信じられなくなりました。だから読者の方も、私を疑ってほしい。もちろん私は2007年とは変わりましたし、作品自体はその時々の全身全霊なので信じてほしいです。でも、その作品だって読者の方を縛るものになるのであれば捨ててほしい。

「ドラゴン・スープレックス」挿画

―そうだったのですね。でも、一緒にいる人や環境、できごとによっても人の考えは変わりますし、今の世のなかにおいても、たとえば夫をたてて暮らしていくことが心地いい人は、それもひとつの大切な考えですよね。大事なのは、個人の思想が社会から強制されてはならないということと、自分で自分を縛る必要はないということなのかなと感じました。自分がいいほうに変われたと思えるなら、それは過去があったからかもしれないし、過去の自分を責めなくてもいいのではないかなとも。

西さんは、そもそも言葉というもの自体が祝福でもあり呪いでもあり得ると考えていらっしゃると以前拝読したのですが、それはひとつの言葉がその両義を持つ可能性を秘めているということでしょうか?

西:そうです。もちろん、とらわれることに幸せを感じているならいいんですけど。でも特に小説や芸術は、プライベートの自分の人生を心地よく生きるためのものだと思うから、清いものだけじゃなくて醜悪なものも含めて、自分にとって糧になるものを選んでほしいですよね。

―その人の全てをずっと好きである必要もないですもんね。さきほど、時には愚痴を言うことも、社会で生活を営んでいくうえではある意味仕方ないことではというお話がありましたが、それも自身を健やかに保つひとつの方法でもありますよね。そのとき「誰に言うか」が大切といったお話もあったと思うのですが、それについて聞かせていただけますか?

西:個人的に、愚痴はなるべくその人のことを知らない友人に言う、というルールを決めていますね。なので、不特定多数の人が見るネットに特定の誰かの悪口を書くことについては、思うところがあります。以前尊敬する方がそれを「ゆるやかな自殺」だとおっしゃっていたのですが、きっと書き込む本人もしんどいだろうし、それはその人のせいじゃなくて、彼ら彼女らをとりまく大きいシステムが変わったら、変わるんじゃないかなとも思う。

正直なところ、私は彼ら彼女らがそうしてしまうしんどさや、絶望のようなものに対して十分に、本当に理解ができているかというと、今はそうとは言い切れないと思います。だけど、それはきっとじわじわと自分の首をしめるような類いの苦しさを生むものなのではないかと想像していて、そこから離れるために、その時間に小説が入り込むことはできないのだろうか。そういうことを考えているんです。

人同士が、性別関わらずちゃんとフラットに優しくなれたら一番いいですよね。

―『おまじない』という作品では、女性コミュニティのなかで「おまじない」の言葉をもたらしてくれるのが「おじさん」たちだという特徴がありますよね。そこには、「女性コミュニティ」と「おじさんたち」への両方のまなざしが見てとれると思いましたが、いかがでしょう?

西:まず「女性コミュニティ」ということでいうと、女性といっても、もちろんひとりひとり全然違いますよね。その前提はあったうえで、今の時代に女性として生きていることを、多くの人が程度の差はあれちょっとしんどいなって感じていると思っていて。だったらどんな形であれ、「助け合わへん?」と思っているところがあります。

これは妊娠中のできごとなんですけど、産後、ホルモンの影響のせいかなぜか女の人だけがいる洞窟で暮らしたかったんですよね……。男の人が嫌っていうのとは違うんですけど、大きくてあたたかい穴に行ったら、女の人がだいたい助けてくれるみたいな社会があればいいな……ってぼんやりとした感覚があって(笑)。それは感覚的な話なのですが、なんというか自分も若い人を助ける側になってきているんだなあとも感じて。

―作品のなかにも、娘、母、祖母、曾祖母……というように、どこまで遡るんだろう(笑)というぐらい、女系家族の関係性が描かれているものもありますよね。でもそんな場所で、風穴をあけ変化のきっかけをくれるのが「おじさん」だという発想はどこからきたのでしょう?

西:女性同士で助け合う話にしても良かったんですけど、それは私が望んでいる話ではなかったんです。というのは、私が不器用なおじさんたちが好きっていうのもあるし(笑)、もちろんセクハラをする人は絶対に罰されるべきだけど、そうじゃないのに肩身が狭い思いをしている人ってきっとたくさんいる。たとえば、女の子が泣いているから声をかけたいんだけど、「『大丈夫?』って親身になったらセクハラなるんじゃないか……」って、優しさを封印しているおじさんもいるんじゃないかな。でもそれは全然言っていいんだよって言いたかった。

人同士が、性別関わらずちゃんとフラットに優しくなれたら一番いいですよね。だから今の時代には、女性同士で助け合える素晴らしいお話も必要だけど、それはきっと他の方が書いてくださっているし、だったら私は、私が好きなおじさんのことも書こうと思いました。

PROFILE

西加奈子
西加奈子

1977年、テヘラン生まれ。2004年、『あおい』でデビュー。07年、『通天閣』で織田作之助賞を、13年、『ふくわらい』で河合隼雄賞を、15年、『サラバ!』で直木賞をそれぞれ受賞。18年、最新短編集『おまじない』を刊行。その他の作品に『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』など多数。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『おまじない』
著者:西加奈子

2018年3月1日(木)発売
価格:1,404円(税込)
発行:筑摩書房
Amazon

イベント情報
西加奈子『おまじない』『“I”beyond』

前期:2018年6月10日(日)~24日(日)
後期:2018年6月30日(土)~7月16日(月・祝)
会場:東京都 末広町 AI KOWADA GALLERY
時間:14:00~18:00
料金:無料
西加奈子『おまじない』『“I”beyond』

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