本当は日常が成り立っていることって奇跡のバランスだと思う。(MICO)
─穐山さんが監督としてミュージックビデオを撮られた、SHE IS SUMMERの“嬉しくなっちゃって”についてもお話を伺えればと思います。「君と出会えた僕の才能」というフレーズが繰り返し登場しますが、人との出会いや日々の営みのすべてを肯定する強さを持った歌詞だと感じました。
MICO:私は今、どこか別の場面で友人になった人と作品をつくることが多いんですけど、みんなのことが自分の人生において一番の宝物なんです。「自分ってここまで何してきたんだろう」って弱い気持ちになったときに、大切な友人たちがいることが、私にとってはあまりにもかけがえのないことだなと。そんなかけがえのない人たちが周りにいる自分はある種の才能を持っているように思えて書いた歌詞でした。この世界の日常を、ただの日常だと思って過ごしたくないという気持ちが私にはあるんです。「日常」って響きが悪いなと思うんですよ。「日常化」とかっていうと……。
─ちょっと退屈そうな感じがしますよね。
MICO:でも本当は日常が成り立っていることって奇跡のバランスだと思う。そのことを忘れちゃうときもあるけど、歌の中でくらいはずっと思い出していたいなって思っているんです。
SHE IS SUMMER“嬉しくなっちゃって”
─この楽曲をもとにした短編映画もミュージックビデオとともに穐山さんが制作されていますが、それぞれどのようにつくっていかれたのでしょうか。
穐山:最初はどこで撮るかも決めていなかったんですけど、「旅」はキーワードとしてありましたね。
MICO:もともとは、2019年6月に恵比寿LIQUIDROOMでやったSHE IS SUMMERのワンマンライブを映画の『嬉しくなっちゃって』を企画・製作した会社の方が見に来てくれたことがきっかけで。その方が“TRAVEL FOR LIFE”という曲が一番感動したって言ってくれたんですよ。その曲を題材に映画を撮りたいねってところから始まっていたので、海外で撮れたらいいねって。
穐山:打ち合わせの段階で、ロケ場所のアイデアの一つとして台湾も出ていたんですけど、新曲の“嬉しくなっちゃって”を聴かせてもらったら、台湾がすごくぴったりだったので。海外の撮影だったから、日本ほどロケハンをやる時間もなかったので、現地で自分たちが旅している道中で撮るくらいの気持ちで、そのときの空気感を大事にしようと思ってつくっていきましたね。
SHE IS SUMMER“嬉しくなっちゃって”短編映画
MICO:ミュージックビデオの撮影では、その場で出会ったおじいちゃんたちの座談会に混ぜてもらったりしましたね(笑)。でも、みんなびっくりするほどこころよく受け入れてくれるんですよ。
穐山:日本だったら事前にしっかりアポイントを取っておかないとだめだと思うんですけど、台湾ではむしろその場で言ってもらった方がすぐ判断できて助かると言われて。
MICO:それもルールの違いを感じましたね。私も友達と遊ぶ予定はその日に決める派だから気持ちがわかるなって(笑)。
穐山:だからよさそうな路地を見つけてはその場で撮ったり、巡り合わせでできあがっていきました。
ちょっとした選択が実はずっと先まで繋がっていくような感覚とかも含めて、描けたらいいなと。(穐山)
─ミュージックビデオと映画に共通して登場する印象的なY字路についても、そうした巡り合わせで出会われたのでしょうか?
穐山:Y字路については軸になる場所として、事前に決めてありました。そこだけは心の拠りどころとして(笑)。でもそれも偶然の出会いで。私が台湾のことばかり検索していたからなのか、Y字路の本(栖来ひかり『時をかける台湾Y字路 ──記憶のワンダーランドへようこそ』)をAmazonでおすすめされたことがきっかけなんです。もともとY字路は好きだったんですけど、台湾にY字路がある経緯を調べていくとなかなかディープな世界があって。二つに別れているのがモチーフとして映像的にも面白いし。
─映画のストーリーについてはどのように生まれていったのでしょうか。
穐山:いろいろな要素をかき集めたんですけど、MICOちゃんの旅のエッセイがあって。
MICO:『TRAVEL FOR LIFE』という曲と同じタイトルのアーティストブックを去年の夏につくったんですけど、自分が旅したときに感じたことや出会ったものについて書いたエッセイが載っているんです。それを事前に監督に渡していて。
穐山:私はすごく感動しながら読んだんです。
MICO:嬉しい。
穐山:その中に出てくるメキシコの売店のおばちゃんとのエピソードが面白くて。
MICO:私はすごく喉が渇いていて水を買おうとしてるのに、旅に来た人や自分の家族の写真をずっと見せてきて、全然お会計してくれなくて(笑)。最終的に自分の部屋紹介まで始まっちゃったから、我慢できなくてお会計する前に飲んじゃったんです。
穐山:そこからもインスピレーションをもらって。劇中にも台詞として出てきた“嬉しくなっちゃって”の「君と出会えた僕の才能」っていう歌詞って、聴いた人みんなが自分ごとにできて、すごくいいなと思ったんです。ちょっとした選択が実はずっと先まで繋がっていくような感覚とかも含めて、描けたらいいなと。
MICO:完成した作品を見て、自分が撮影で行った場所や、エッセイに書いたエピソードとか、いろんなものが散りばめられているのに、自分がいる世界ではないから、パラレルワールドみたいな感じで不思議な感覚に陥りました。台本を読んだときに『月極オトコトモダチ』を観たときと同じ優しさみたいなものを感じて。主人公の睦が踊るシーンがありますけど、最初は走ることになっていたんです。
穐山:うんうん。
MICO:「夜の街を自由になれた気がして走った」って台本に書いてあったんですけど、その感覚ってすごくわかる気がして。うちは親がすごく過保護だったから、中学生の頃とか、ファミレスでご飯を食べるだけでちょっとドキドキしちゃったりしたんです。そういうドキドキを超えた先の世界の広さみたいなものが、睦の目には映っているんだろうなって。私が今の年齢で書いて歌っている“嬉しくなっちゃって”とはまた違う世界が広がっていて、すごく嬉しかったです。
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