「このアルバムをリリースしようとした時は、あまりにも色々なことが突然起こっていたから、適切なタイミングだと思えなかった。でも、こうして自主隔離が当たり前のようになったことを受けて、私たちは純粋にこの作品を世に出したいと思った」
新曲“I Know Alone”の発表とともにこう宣言したHAIMは、3rdアルバム『Women In Music Pt. III』を本来リリースするはずだった4月に、2か月後の新しい発売日をアナウンスしました。「色々なこと」とはもちろん、パンデミックが引き起こした世界の混乱のことです。
アメリカ・カリフォルニア州サンフェルナンド・バレー出身の3人姉妹、エスティ・ハイム、ダニエル・ハイム、アラナ・ハイムによって結成され、2013年に1stアルバム『Days Are Gone』をリリースしたHAIM。彼女たちはもともと、両親とともに「ROCKINHAIM」というクラシックロックのカバーバンドをやっており、そこから姉妹3人でのバンド活動に発展しました。初ライブの場所はロサンゼルスのデリで、映画監督のポール・トーマス・アンダーソンによって撮影された新作のジャケットには、そのデリのカウンターの後ろに並ぶ3人が写っています。
エスティ、ダニエル、アラナの三姉妹にとって、本作は3年ぶりのニューアルバム。ツアーやフェス出演など、この夏は多くのことが予定されていたことでしょう。そんななかで発売延期を決め、「適切なタイミング」を見極めて新たな発売日を設定することが容易でないことは想像に難くありません。そうして6月にリリースされた『Women In Music Pt. III』は、姉妹たちの非常にパーソナルな心情が詰まったアルバムでした。She isでは今回HAIMにメールインタビューを敢行。孤独や自身の内なる感情と向き合い、それを音楽に込めること、話題を呼んだダンスビデオのこと、不公正に声をあげることなどについてコメントをいただきました。
「私たちの音楽は、私たちが感じていることを完全に反映したもので、何もためらうことはありません」
<Oh these days these days these days I can't win / These days I can't see no visions / I'm breaking, losing faith(このところ全くうまくいかない/このところなんのビジョンも見えない/精神的に参って不信感を募らせている)> (“Los Angels”)
<I've been down / Can you help me out?(ずっと落ち込んでる/私を助け出してくれない?)>(“I've Been Down”)
<Looking in the mirror again and again / Wishing the reflection would tell me something / I Can't get a hold of myself / Can't get out of this situation(何度も何度も鏡をのぞき込み/そこに映る自分の姿にどうか教えてと願う/心を鎮めることができない/この状況から抜け出せない) >(“Now I'm In It”)
本作の楽曲の多くは、2017年に発表された前作の『Something To Tell You』のリリース後に彼女たちが経験した暗い時期に生まれたものだといいます。ダニエルのパートナーで、HAIMのコラボレーターでもあるアリエル・レヒトシェイドは当時がんと闘っていて、エスティは現在も糖尿病を患っています。アラナはかつて事故で親友を失った悲しみを抱えていました。そんな不安や葛藤、鬱からくる感情が『Women In Music Pt. III』には反映されています。
「こうする以外に音楽の作り方を知らないんです。私たちの音楽は、私たちが感じていることを完全に反映したもので、何もためらうことはありません」
メールインタビューに応じた彼女たちはそう明かしてくれました。
音楽を作ったり、詞を書いたりすることは、そのような感情を解き放ち、癒しをもたらす体験でもありました。実際にダニエルは、セラピストのアドバイスもあって、鬱を抱えながら再び曲を書き始めたのだといいます。
「私たちにとって音楽を作ることはいつもすごくセラピー的な行為だし、気分を良くしてくれます」
病気と闘うパートナーの希望でいようと口ずさんだフレーズから生まれた“Summer Girl”
本作からの1stシングルとなった“Summer Girl”のリリース時、ダニエルはTwitterで創作秘話を明かしました。ルー・リードの“Walk on the Wild Side(ワイルド・サイドを歩け)”を参照しているこの曲は、彼女が病気と闘うパートナーの希望でいようと「I’m your sunny girl/ I’m your fuzzy girl/ I’m your summer girl」というフレーズを口ずさんでいたデモ音源がもとになっているのだといいます。
HAIM“Summer Girl”(YouTubeを見る)
歌詞が深くて暗い底にいる心情を歌っていたとしても、HAIMの音楽は繊細かつ心地良い、ライトなフィーリングを保ったままです。
「私たちはいつもアップビートな曲を書くのが好きなんです。みんなに踊って欲しいから。私たちの憂鬱な感情を反映している歌詞もあるけど、それも融合させた、悲しげで踊れる「サッドなバンガー(sad banger)」にするのが好きなんです」
また“Hallelujah”はアラナが親友を失った体験をもとに作られた楽曲ですが、その喪失感とともに姉妹がそばにいて支えになってくれたことへの感謝も込められています。
「私たちは、お互いに距離を保った方が良い時っていうのがわかるし、お互いをどうやって支え合ったらいいかもわかっています」
「隔離生活になって“I Know Alone”が新たな意味を持ったことは、完全に驚くべきことでした」
ブルーな気分を無理に払拭して上げることなく、それでいて軽快に踊れる“I Know Alone”はまさにサッドなバンガーです。
<’Cause nights turn into days / That turn to grey / Keep turning over / Some things never grow / I know alone like no one else does(なぜって 夜が明けて/またどんよりと灰色になるから/同じことの繰り返し/決して成長しないこともある/私は孤独を知っている/他の誰よりも)>(“I Know Alone”)
<I know alone like no one else does>というフレーズからは、悲しみや諦めの果ての、どうにもならないことを受け入れるというある種の前向きさのようなものも感じます。
「これは孤独を擬人化して、その人のことを誰よりもよく知るという私たちなりの方法なんです」
つまり孤独である、ひとりぼっちであるというよりも、その良いところも悪いところもふくめ、孤独というものがどんなものなのかを知っている、馴染みがあるということなのかもしれません。
ダニエルは同曲の発表時に、<I know alone like no one else does>という一節は、彼女が独りでいることの一番深いスパイラルに陥って、他の誰が経験したよりも孤独だと感じたことから生まれたとInstagramで明かしました。これは歌詞の中で最初に書いたフレーズだったといいます。
HAIM“I Know Alone”(YouTubeを見る)
コロナ禍によって家から出ないことを余儀なくされたり、大事な人と触れ合えなかったり、多くの人が同時多発的に孤独を感じることになりました。人と接触せずに一人でいることがこれまでよりも身近な行為になったとも言えるのかもしれません。この曲が完成したときは、世界がそんな状態に陥ることも、そんな世界に向けてリリースされることも当然想定されていませんでした。しかし “I Know Alone”は結果的に彼女たちが思ってもみなかった意味を帯びることとなりました。
「隔離生活になって“I Know Alone”が新たな意味を持ったことは、完全に驚くべきことでした」
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