無数のなめらかな選択肢を選べる
ハッピーエンドへ/野村由芽

この場所をつくるに至った編集長のつれづれ雑記

2017年9・10月 特集:未来からきた女性
テキスト:野村由芽
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秋は、静かな春のようだな、と思う。落ち葉の茶色が、目を細めると桜に見える。醒めない夢をみているような、日々だ。

She isという場所を、はじめました。もともと私は、世の日常からずれているそのはみだした部分に未来の片鱗が宿っているのでは? とつねづね思うあまり、傘をささずに雨の日にソフトクリームを食べて歩きまわってみたり、モノレールを降りるときに、胸の前で十字を切るおじいちゃんに胸を熱くしたり、トイレの中でスカートを頭までかぶってみたりして、そうすればここにもしかしたらこの世界とちがう、何かの扉が開くんじゃないかと探す癖がありました。俳句や詩の世界でいう「二物衝撃」(二つの異なるものを取り合わせること)のようなものーーそんな瞬間に見える何かを見てみたい、そのことが、こうあるべきという窮屈さや、単純にそのつまらなさから救ってくれる実践的な手段だと信じて、最初は遊びだったかもしれないその実験を、次第に大切なものだと信じるようになったのです。

ところが30歳を迎え、少しずつ状況が変わってきました。初恋かといわんばかりに時間軸はひたすらに一途で、そこで私たちは生きて終わりを迎える以上、結婚や出産ということを前に「それは今だよ」と旗をふる人の幻影を見るようになりました。でも果たして、それだけがすべて? それ以外の生き方もあるでしょう? という思いが頭をもたげ、そして、「思う」ということを、「在る」ということにしたい。

「言葉にならなかった思いは、どこにいくのだろう? そして、生まれて消えていった思いはどれだけたくさんあるのだろう?」 子どもの頃、後ろの席からクラスメイトを眺め、彼らの頭からふきだしが見えたときにこう感じて以来私は、飼いならされていない、その人をその人たらしめている個人的な思いを肯定したい、と考えるようになりました。池田澄子さんの句集『思ってます』には「思えば物心付いて以来、当然のことながらいつも何かを思っていた。が、思いは、ほぼ何の役にも立たない」というあとがきがあるのですが、それとは逆説的に、ただそこにあるだけで祝福したくなるような、柔らかでたっぷりとした「思い」に満ちた句に胸が突かれるのです。

ソフトクリーム掲げてさびしさを告げる
アマリリス明日あたしは雨でも行く
(池田澄子句集『思ってます』)

She isという名前は、彼女は存在する、という意味をこめました。She isに集まった彼女たちの記録や、記憶や、情緒というのは、上辺の言葉遊びによろめかない、彼女たちが彼女たちであるために独りで存在している深い海のような場所から生まれた強さがあります。彼女たちらしい心のかたちが、ここを訪れてくださった人を包みこみますように。

誰から求められたわけでもなくつくる場所のほんとうのはじまりは、とても楽しみでとても怖い。いいも悪いもあるでしょうし、死にたくなっては、めちゃくちゃに生きたくもなるでしょう。女と男がいる世界の、その間にある無数のなめらかな選択肢を選べるということが、私たちを生かす。そんなハッピーエンドの未来から逆算して、この場所をはじめます。今日も春のような秋で、朝には蝉も鳴いていたのでした、すべては溶け合って。

PROFILE

野村由芽

She is 編集長。

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