ピンクのうさぎの切り絵の前で/白瀬百草

かわいさのかたまりのようなものに躊躇していたけれど

2018年1月 特集:Dear コンプレックス
テキスト:白瀬百草 編集:竹中万季
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最近、スマホのケースを変えた。サンリオのシナモンちゃんの真っ白でふわふわなやつ。耳もしっぽもしっかり付いている。ポケットの中でかさばるし、汚れないように気を遣うし、かわいさ以外に何もないけれどいたく気に入っている。久しぶりに会った友人はそれを見て笑っていた。「最近、自分をプリンセスだと思うようにしてる」と私が言うと、彼女は余計に笑って「いいね」と言ってくれた。

かわいさのかたまりのようなものを目の前にずっと躊躇していた私がいる。幼いころからサンリオよりサンエックスを好み、ディズニープリンセスならジャスミン、裁縫箱や書道セットもキラキラしたキャラクターものではなくデニム地のなんだかくたくたしたやつを選んでいた。

尊敬する坂元裕二さん脚本の『問題のあるレストラン』(2015年)というドラマのなかで、こんなセリフがある。二階堂ふみさんが演じる、東大出身だけど融通が利かず不器用で、上司のセクハラに「愚民ども」と吐き捨て仕事を辞めてしまった新田さんが、中途採用の面接を受けるシーン。そこで面接官に「君は何なの」と尋ねられた新田さんはこう答える。

私は……私は、緑です。
幼稚園の時に、セーラームーン……セーラームーンっていうアニメがありました。園庭でよくその「ごっこ」をしてたんですけど、みんな大体セーラームーンとかセーラーマーキュリーを選んで、私はいつも最後まで残ったセーラージュピターで、セーラージュピターのイメージは緑でした。
色には順番があったんです。女の子が、赤とかピンクとか色分けされたものを分けるとき、私はいつも緑を選ぶ係でした。選ぶっていうか、選んでるふりで緑を取るんです。素直に赤とかピンクを選べる人が不思議でした。「あなた、人生何回目?」って思いました。私まだ一回目だから、赤が欲しいって言えない。
(『問題のあるレストラン』第4話より)

私はこのシーンを見たとき、ハッとして、涙が出て、長い間考え込んだ。今でもよく、この台詞を反芻している。

幼稚園のころ、先生が作った干支の動物たちの切り絵が教室に飾り付けされたことがあった。当時の私は、干支のことなんてさっぱりわからなかったけど、自分が「いのしし」ということだけは知っていて、なんだかなあと残念に思っていた。
今でもはっきりと覚えている会話がある。教室に飾られた動物たちを見ながら、女の子三人で話していたときのこと。私は多分「いのししなんてやだなあ……」なんてことを言ったのだと思うけど、それに対し彼女たちは「私たちはあれだよね」と二人でピンクのうさぎの切り絵を指して言ったのだ。
今思うと私たちは三人ともいのしし年生まれなんだけど、そうとも知らず、私はそこでものすごい衝撃を受けてしまった。
目の前にいる二人はかわいいピンクのうさちゃんで、私は不細工で土みたいな色をしたいのししなんだ。すごく悲しくて、何より恥ずかしかった。今思うとそれが生まれてはじめて抱いたコンプレックスかもしれない。いのししコンプレックス。

ちょうど同じ時期に私たちのなかでもセーラームーンごっこが流行っていて、私ははじめから最後までずっとセーラーマーキュリーを選んでいた。青色。特別に人気があるわけではないけど、私のような子は他にも一人いて、争うことはなく毎回二人でマーキュリー役をやっていた。赤やピンクは選べないけど、緑の代わりに青を選ぶ。スカートは恥ずかしいけどズボンはぴちぴちはりついてもっとやだ、だからキュロットが大好きだった。どっちつかずなグラデーションのなかで、なるべく息を吸いやすい狭い隙間を縫って生きてきた。それは、私をいつも、どこか寂しくさせていた。

22歳の誕生日に、ふと、「今日くらいかわいこぶってもいいじゃないか」と思い立ってちいさな白いリボンをふたつ髪の毛につけて外に出てみたら、心に押し込めていた何かがパチっと弾けたようにどうしようもなく嬉しくなってしまった。一緒にいた友だちに「今日はプリンセスとお呼び」と言って笑いあった。そうして私は、サンリオに行って、シナモンちゃんの白くてふわふわしたスマホのケースを買った。

たとえば、居酒屋で恋人の愚痴を友人にこぼしながら、どこか冷たい違和感を覚えるように。同時に、酔ってのぼせた頭のなかで私と恋人にしかわからない悲しみを確認するように。
私のなかにも私にしかわからない悲しみが身体の底に横たわっている。きっとみんながみんな、誰に告げることもない自分だけの悲しみや寂しさと、向き合ったり、向き合わなかったりしながら生きている。それは、容姿や生い立ちのように生まれながらに運命づけられたものかもしれないし、ピンクのうさぎの切り絵を前にひるんでしまう幼い自分かもしれない。
運命なんてくそ食らえ、と言うのは簡単だけれど、運命が運命ゆえになかなか苦しい。全てをありのままに受け入れて生きることも、自分の力で精一杯抗って生きることも、私にはどちらも等しくうつくしく見える。
今の私は、たまに小さなリボンのカチューシャをつけてお姫さまになってみるのがとても嬉しいけれど、それが魔法使いでも勇者でもセーラームーンでも、なんだっていい。女の子はみんなお姫さま、という言葉に救われる人もいれば余計に苦しい人もいるだろう。

ただ、驚くことに、「セーラームーンで誰が好きか」と最近周りの友人たちに聞いてまわったら、圧倒的に大多数が「ジュピター」と答えていた。私たちが気にしてきたより、緑色は遥かに、そのまま愛されていたのだ。すぐとなりにある並行世界でセーラージュピターがセンターに立っているのが見えた。緑が緑のままで赤になりえると気づいたとき、世界はすこし明るく見えるかもしれない。きっとその機会は青色の私にも肌色のあなたにも紫色の彼にも等しく訪れると、私は信じている。

PROFILE

白瀬百草
白瀬百草

シンガーソングライター 1995年生まれ、新潟県出身。

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毎月の特集と連動した色をつめにぬる。「Setsuna Blue」