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姉の生まれ変わりだった私は、もういない。/小泉綾子

良くも悪くも、生きている限り人は、変化しているのだ

2018年3月 特集:変身のとき
テキスト:小泉綾子 編集:竹中万季
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4歳で亡くなった姉と私は、誕生日が一緒というだけではなかった。右側だけ二重の目も、あごの下のほくろの位置までも、同じ場所にあり、私たちは見た目がそっくりだった。
私の名前は綾子というのだけど、姉は彩也子と言った。毎朝、保育園に出かける前に髪を三つ編みにしてくれる母は、悪気のない笑顔で、鏡の中の私にこう言った。
「はい、さやちゃんの出来上がり」。

姉を知る大人たちは、私の顔を見ると信じられないと言って驚いた。
「きっと、あやちゃんは、さやちゃんの生まれ変わりなんだね」
みんな私を見るたび、それがとても良いことであるようにそう言った。

ピアノの上にある姉の仏壇は、ぬいぐるみやオルゴールに囲まれ、まるで小さな遊園地のようだった。その中心に埋もれるように姉の写真があり、両親は毎日、そこに向かって話しかけていた。
姉のことを、私は内心とても嫌っていた。
月に2回、15時になると駅前のケーキ屋が姉のためにお供え用のチョコレートケーキを配達してくるのに、1年に一度の私の誕生日は、姉に悪いからと、ケーキもプレゼントも一切なしだったから。私は今でもそのことを、根に持っている。

小学校に入ると両親は、以前ほど姉の話題を持ち出さなくなった。我が家の新メンバーとして登場した弟の登場も理由の一つだろうし、突如開花した私のガキ大将気質によって、連日のように学校やクラスメイトの家に、謝罪行脚するはめになったせいもあるだろう。
もしくはただ単に、私の姿に姉に気配を重ね合わせることが、できなくなったのかもしれない。
1990年代に流行ったサンリオキャラクター、ゴロピカドンのぬいぐるみや、“いとしのエリー”の流れる陶器のオルゴール、ヒマワリの造花に囲まれた姉の仏壇は、いつだって母の手によって綺麗に管理されていたけど、もうその頃にはピアノの上が、我が家の中心ではなくなっていた。

32歳になった私のことを、誰も「さやちゃんの生まれ変わりだ」とは言わない。当たり前だ。その根拠は、ただ、見た目が似ているというだけだったのだから。
神様のバグかと思うほどかわいかった弟も、今ではぽっちゃりした、地方に住むただの会社員だ。私も三つ編みなんか、もうしない。良くも悪くも、生きている限り人は、変化しているのだ。
輪廻転生とか、あの世のことはわからないけど、生まれた時から私は、誰の代わりでもなく、私の人生を生きている。誕生日が来れば年を取り、一年前の自分はもう、ここにはいない。誰かの記憶の中の私は、過去の私なのだ。さやちゃんの生まれ変わりだった私は、もういない。

だけどやっぱり、たったの4歳でこの世を去った姉のことを、かわいそうだと思う。姉の姿を思い出せる人はもう、家族以外にはいないのだから。死んでしまえば、いつかは忘れられてしまう。人間の記憶はあまりに、はかない。

だから私は、眠る前に一人ベッドの中で姉のことを思う。
サーティーワンの店内で、甘い匂いを嗅ぎながら、カラフルなアイスの組み合わせを必死に考える楽しみも、春先の夜の寂しさを、親しい誰かと静かに共有する幸福を知ることもなく、死んでしまった姉のことを。

PROFILE

小泉綾子
小泉綾子

1985年生まれ、獅子座。東京都出身。
東映任侠映画と灯台とドイツが好き。

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