She isの更新は停止しました。新たにリニューアルしたメディア「CINRA」をよろしくお願いいたします。 ※この画面を閉じることで、過去コンテンツは引き続きご覧いただけます。

やわらかく湿った羽根で/戸田真琴

世界を変えるのは、圧倒的な光でも強靭な愛でもない

2018年3月 特集:変身のとき
テキスト:戸田真琴 写真:福島裕二 編集:野村由芽
  • SHARE

確定申告を控えたレシートの束も、ワイングラスを前に夜更けまで映画を流す大きなテレビも、本棚の手前に並ぶコンペイトウのような香水瓶も、転ぶための装置ではなくなったハイヒールも、私がもうとっくに大人であるということを象るものがこんなに日々の暮らしに混じっても、まだ「大人になんかなりたくない」なんていう、手癖の祈りを手向けている。
窓から刺す3月の西日は琥珀色、15歳、この世界の誰とも分かち合えないと信じていた涙に埋もれて滲みきっていたあの純情と、同じ色をまだしているもので、大人の証明を決める物たちひとつひとつの凛々しい輪郭をつよい、つよい斜陽をもって溶かしていた。

「死ぬまで青春時代でいようね」。たまたま「青春時代」という名前のAVレーベルからデビューした私は、そんなみずみずしい気持ちを、臆病にやり過ごした学生時代への罪滅ぼしのような気持ちで、改めて掲げ直していた。
今までの私ではなく、今から新しくはじまるAV女優の私は、もっと軽やかに誰かの手を取りたいと望んでいた。一人で秘密基地を作って、その中に星空を飾っても、その綺麗さを誰にも言えなかった頃の寂しさを覚えていた。それは、新しい人生において友達を見つけ出すための真摯なエネルギーに変わった。
今度作る新しい秘密基地は、ぜんぜんヒミツじゃなくていい。入場チケットもいらない。目を合わせて、はじめまして、よろしくね。という、未来だけを二人で握る一度の握手で構わない。なるべく誰でも入れるのがいい。そうして自分の話をやめずにいたら、今では随分と賑やかになった。基地の天井には新しい星の絵が随分と書き足され、花が飾られ、笑い声が聞こえた。私にとって、ファンの人たちと逢える場所は、いつだって秘密基地のようになった。
心から笑うことってこんなにたくさんあっていいのかな。心から笑うたびに、誰かにもこうして笑って欲しいと思う。本当の綺麗事じゃなく、自分のためでもなく、下心でもなく、誰かに笑って欲しいなんて思うのは、実は珍しいことだった。

大人にならないためには、孤独でい続けること。そんな言葉が胸をつらぬいた。一人ぼっちで生きていると思っている間、一人でも平気だという前提のもと、どうやって生きるべきかを考え続けていた。孤独は誰もが生まれた瞬間に持っていた、世界でひとつずつの宝石だ。捨てないでさえいれば、いつか、誰かとその煌めきを見せ合い、お互いを照らしあう瞬間が来るかもしれない、私たちが唯一誰の力も借りずに使うことができる真実のサーチライトだ。
一人ぼっちで生きぬくために探したすべての定理は、それ自体を目印に、心の友達をたくさん連れてきてくれた。
今、ほんの小さなろうそくが、世界で一番ささやかなキャンプファイアとして、孤独な私たちのダンスを照らす。
「あなたは誰にも似ていないね。そういうところが、私と似ているね」
そんな言葉を言いたくなるすべての人に、私はとっくに救われていた。

私はもう孤独な少女ではなく、今新しく、愛と平穏の地平の上、一人の大人として歩いて行くんだな。
そう思えるための転換期になったのが、今年1月に行われた、福島裕二さんとの写真展だった。2冊目の写真集として、アメリカ・メンフィスとロサンゼルスで撮影した写真たちの中で私は、とっくに「愛を待つため」に写ってはいなかった。「愛を反射するため」にそこにいた。ずっと見てきた自分の顔だから、どんな気持ちで写っていたのか嫌でもわかった。
そういう私に、今まで見たことのない私に、じわじわと日常のひとつひとつ、一瞬一瞬を重ねた末に導いてくれたのは、周りにいる、私を知って、一人の人間として向き合ってくれたすべての人たちだった。ひとつ残らずそうだった。

突然すべてが照らされてしまうような、ぱんぱんに膨れたまま固まっていたサナギが亀裂をやぶって弾けだすような、そんな一瞬の中。胸の一番奥深くで解るのは、「これは一瞬の奇跡じゃない」ということだった。
今かけられた魔法ではない。魔法なんて、信じない。だけど、すべてのあなたが私の中に貯蓄していった愛のかけらは。積み重なってついにはサナギをやぶった、その確かな重量は。それだけは、信じる。
手で触れる、目で見ることができる、言葉を交わすことができる、満ちたり欠けたりもする、愛。
それだけが、戻れない羽化へと導くのだった。

自分だけが異物に見えた、そんな夕方の風景を、持ったまま私はあなたと出会った。大人になるということが、どういうことだったのか。その本当の意味が解りかけている。
私、いつかは誰かのために生きたかった。それなのに、自分自身ですら救ってやれない私が、誰かのために生きるなんて到底無理だった。手を伸ばしては失敗して、そればっかり。

今、私はもう救われる必要がなくなった。胸に愛が灯ってしまった。意外とこの世界で、生きている灯は多くはない。だから、これからは誰かの暗闇を照らしに行けるよう、ランタンを作ろう。洞窟の中でも歩ける靴を買おう。靴紐はしっかりと結ぼう。どこへでも飛べそうなこの羽根は一旦仕舞っておこう。透き通った水を水筒に入れよう。だけどちゃんと触れるように、手袋だけはしないでいよう。未熟者の私だけれど、輝きだしたこの世界に、ふさわしい私でいたいから。あなたと踊っていたいから。

今あなたに、羽化の兆しが見られずとも、あなたが気づかない程にほんの、ほんの少しずつ、積み重なっている愛はある。あなたがこれを読んでくれているという事実ひとつだって、私の中に今、積み重なった。それと同じことが、あなたの身体の中にも起きているのだと思う。
世界を変えるのは、圧倒的な光でも、怪物級の巨大で強靭な愛でもない。かよわい私でも、繊細なあなたでもその両手で掬える星屑のような、ちいさなちいさなものだと思う。
ずっと続いていくという、その生命の営みと合わさって、初めてひらく羽根がある。

そしていつかあなたの背を割いて新しい羽根が拡がるとき、一緒に飛びたい。やわらかく湿ったその匂いをかぎながら。
あなたの身体の中でブレンドされたオリジナルの愛が見たい。

PROFILE

戸田真琴
戸田真琴

2016年にSODクリエイトの専属女優として処女のままAVデビュー。ブログの映画評をきっかけにKAI-YOU.netにて映画とお悩み相談のコラム『悩みをひらく、映画と、言葉と』を連載開始。2017年にはクラウドファンディングを達成し映画「ミステリートレイン」のロケ地メンフィスにて写真集を撮影。同年11月にミスiD2018を受賞。人生の夢は映画を撮ること。

INFORMATION

リリース情報
戸田真琴(著)、福島裕二(写真)
『戸田真琴写真集 The Light always says.』

発売日:2018年1月29日(月)
価格:3,240円(税込)
発行:玄光社
Amazon

イベント情報
『DMMアダルトアワード2018』

最優秀女優賞にノミネート中。5月10日(木)12時まで投票受付中。
公式サイト
※18歳未満の方は投票できません。

やわらかく湿った羽根で/戸田真琴

SHARE!

やわらかく湿った羽根で/戸田真琴

She isの最新情報は
TwitterやFacebookをフォローして
チェック!

RECOMMENDED

LATEST

MORE

LIMITED ARTICLES

She isのMembersだけが読むことができる限定記事。ログイン後にお読みいただけます。

MEMBERSとは?