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あなたと私の境界を溶かす、「食べること」のエロス/餅井アンナ

ともに食事をし、ベッドに入ることを同じ濃度で愛してる

2018年4月 特集:ほのあかるいエロ
テキスト:餅井アンナ 編集:野村由芽
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甘いお菓子を二人で食べにいく。私が一番どきどきするデートのやり方だ。
ものを食べる行為は肉体の交わりに似ている、としばしば冗談交じりに言われることがあるけれど、私は食事をともにすることを、ともにベッドに入るのと同じ濃度で愛している。それはもう、むらむらするくらい真剣に。

お休みの日でもいつでもいい、ただ素敵な甘いものを食べるためだけに外に出かける。ケーキやパイやタルト。ゼラチンで固めた何か。その楽しさは、朝や昼や夜のご飯を食べるのとはまた違う。かき混ぜられ、こねくり回され、彩られ、これ以上なく愛らしく仕立てられた命を食べる。甘いものはじーんと舌に染み入って、私たちをうっとりさせる。

白いクロスの引かれたテーブルに向かい合わせで座る。ちょっと背伸びをしたお店で、密かにどぎまぎしたりして、そういうときは相手も同じくらいどぎまぎしていると嬉しい。メニューを開いて何を頼もうか相談する。食べたいもので悩んでいるところを見せるのはなんだか照れる。あんまり高そうなやつを選ぶのはためらわれて、しかし相手がはにかみながら「高いの頼んでいい……?」と訊ねてきたりすると、愛おしさに胸が締めつけられてしまう。

自分が食べたいものを選んでいたはずなのに、いつのまにか「これ、この人は好きかなぁ」と相手の食べたそうなものを探している。向こうもなんとなく、こちらが好きそうなものを窺っているのを感じる。華やかなメニューを挟んでの駆け引き。食べる前からじりじりした気持ちになる。

好きになった人の前で食事をするのは恥ずかしい。ものを食べるときの作法は人それぞれ微妙に異なっていて、その違いを肌で感じることに緊張をおぼえてしまう。ちょっとした所作に意識がにじみ出る。好きなものは最初と最後、どちらに食べる? 食器の扱い方、口元のようす。自分のやり方はみっともないと思われていないだろうか。私とあなたは食べ方が違う。好きなものだって違う。だけど今、こうして同じ食卓についている。恥ずかしいけれど、そこでしか見られない互いのちょっとした癖や欲望を、こっそりと、ささめくように明らかにし合うことには、どこか淫靡な雰囲気が漂う。

そして私が何より嬉しいのは、「食べてみる?」と差し出されるお菓子の一口だ。たとえば苺のショートケーキなら、黄色いスポンジと生クリーム、てっぺんに乗った丸ごとを半分に割った苺。記念日だったら薄いチョコレートのプレート。懸命にパーツを集めて作ってくれた一口サイズのミニチュアが、フォークの上で崩れそうに震えている。

どうして一番おいしいところを、惜しげもなく人に与えてしまうのだろう。だけど自分だってそうしてしまう。一人ならば自分の欲求を思うさま満たすことができるのに、二人になるとなぜか相手の欲求を優先しようとする。不思議だ。分け与えた一口においしいと目を細められると、自分だって食べたいのにもっと与えたくなる。私のよろこびとあなたのよろこびの区別がつかなくなっていく。

「食べること」のエロスは、焦れったくて恥ずかしくて後ろめたくて、だけど曖昧でなごやかだ。私とあなたとの境目を何度も何度もいろんなところからなぞって、なのにふとした瞬間、その境目が溶けてなくなっていることに気づかされる。それは体どうしを結びつけるあの快感と似ているけれど、きっと似ていること自体に価値があるのではない。

体を重ねること。言葉を交わすこと。食事をともにすること。心を通じ合わせること。世の中にはぼんやりとして密なつながりがいくらでもある。そのすべてがほのかなエロスを帯び、私たちを悩ませ、恥じらわせ、ためらわせ、そしてきっと幸福にさせるだろう。

PROFILE

餅井アンナ
餅井アンナ

ライター。1993年宮城県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランスに。食と性、ジェンダー、生きづらさについての文章を中心に執筆しています。webメディア「wezzy」にて、食のエロスを弱々しく考えるコラム「妄想食堂」、タバブックスのwebサイト「マガジンtb」にて心身の防御力低めな往復書簡連載「へんしん不要」を連載中。書評・作品レビュー・インタビュー構成など、いろいろやります。食と性のミニコミ『食に淫する』制作(文章・デザイン・写真ほか)。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『食に淫する』
著者:餅井アンナ

※ 5月6日(日)の文学フリマ東京に「食に淫する」で出店します。食と性のミニコミ『食に淫する』の既刊と、おやつのZINE『真夜中のお菓子』など持っていきます。
5/6文学フリマ東京と『食に淫する』4号について

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