生き延びるだけでは足りなく感じるわたしたち/和島咲藍 

「お金が欲しすぎて」19歳の冬、親友からの告白

2018年9月 特集:お金と幸せの話
テキスト:和島咲藍 編集:竹中万季
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19歳の冬、親友に告白された。告白といっても、ずっと心の中に抱えていた愛を表明するような、そういう類の告白ではない。
京都の、名前はわからないけど人通りが多い橋の上で、冷たい風に吹かれながら、彼女は、半ばやけくそな感じで、だけどぽつりと「お金が欲しすぎて」と言った。わたしは一瞬で、ぜんぶわかってしまった。

「何をしてるの?」「男の人と会って」「会ってどうするの?」「ホテルに行って……お金をもらうの」「そっか」
エッ、そうなの?

わたしたちは堂々とその話をした。お昼ご飯を食べながら、抹茶のスイーツを食べながら、バスで移動しながら、お土産屋さんを覗きながら、夜の街を手を繋いで歩きながら。

「いつから?」「今月のはじめから」「どこまで?」「最後以外はぜんぶ」「なんでも?」「なんでも。男の人のあそこなんか初めて口に入れた」「彼氏には?」「言えるわけない、死んじゃうとおもう」「お母さんには?」「まさかまさか」「まあそうよね」「こんなのばれたらなにもかも終わってしまう」
まあそうよね。

「なんで?」「お金が欲しくて」「ああそっか」「うん」「そんなに困ってるの?」「そういうわけじゃないけど」「まあいくらあっても困らないもんね」「そうそう」「つらくないの?」「最低だなとはおもう」「そのほかは?」「べつに大丈夫」「そう」「うん」「いくら貰ってるの?」「ホテル行って1万円ぐらいかな。このまえはご飯食べるだけで6000円くれた」「おおー」

わたしは泣いた。なんで涙が出るのかはわからなかったけど、少なくとも彼女の前では、絶対に泣いたらだめだと思った。だって、彼女は、若い体を売ってそうやってお金を稼ぐことを、自分で納得して決めたから。わたしたちは、なかば痛いぐらいお互いのことを好きになってもう7年にも8年にもなるけど、それでも他人だから。
それなのに突然はらはら泣いてしまって、彼女は「ショックだったよね、ごめんね」って何度も謝っていた。その時からずっと、頭と心が引き裂かれている。

例えばわたしが言えるのは、妊娠や性病や身元がばれてしまうことのリスクや、法律的にはどうなのか? みたいな一般論しかない。
彼女は言われなくてもそんなことは十分承知で、リスクも責任も自分でひきうけることを決めて、たくさんの報酬を得ることに合意したのだ。わたしは、できるだけ平気な顔で「体や気持ちがしんどくなくて、納得いってるならいいんじゃないの、良いも悪いもわたしが決めることではないけど、困ったことがあったらちゃんと助けるから」と言うのが精一杯だった。ちゃんと? どうやって?

考えれば考えるほど、援助交際や売春がどうして「だめなこと」とされているのかわからなくなってしまった。本当に彼女のことを想っているなら、ぐちゃぐちゃ考えずにひっぱたいてでも、絶交されてでもやめさせるべき、と言われるのも理解できる。だけど、なぜやめさせるべきなのかがうまく納得できない。そもそもやめさせるべきなのか? 自分の体や時間の使い道を自分で決めていいというのは我々が生きていくうえでの基本中の基本じゃないか。
人生は有限で、それならばかみたいに安い時給のアルバイトで、ばかまじめに時間を売ってお金を稼ぐより、自分の持ち物をうまく使って短い時間でたくさんお金を稼いで、そのお金で好きなことをする方が賢いんじゃないかという気すらする。

一方でわたしは怖かった。わたしがかちかちの頭とよれよれの心で精一杯絞り出したあの一言が、彼女の逃げ道や退路を絶ってしまったのではないか。わたしはいつも、自分と他人は違うものだと区別をつけて接することが、他人を大切にし、尊重することだと思っていたけれど、でも区別をしっかりつけた結果、彼女に大変なことが起きたらどうしよう。
怖い、本当に怖い、自分のことのように怖い。 彼女はいつも可愛い小さなかばんと、そのかばんに入りきらないものを入れる紙袋を持っていて「本末転倒!」というわたしのつっこみを笑って受け流すけれど、そのいつもの紙袋の中に、今は男の人と会っている時に知り合いと会ってしまっても隠せるようにマスクを持ち歩いているのを知っている。

実際的なことをクリアしているなら、援助交際や売春をしてはいけない残りの理由は道徳的なことのはずで、わたしはあんまり道徳を信用してこなかったし、いまも信用していないし、こんなに頭と心が引き裂かれてしまうのはそうやって生きてきたばちがあたったんだ、と思った。道徳ってなんですか。なんなんだろうね。

彼女がいましていることを、気の迷いだとか、家庭環境のせいで孤独を抱えているだとか、そういう言葉で片付けてしまうのは簡単だし、友達をやめてしらんぷりするのも、彼女のほっぺたをひっぱたいてやめさせるのはもっと簡単だけど、それをするのはどうしても難しかった。
「こんなに楽にお金が稼げるのに、よくみんな真面目に働いてるな~」と言った彼女は、もしかしたらわたしが何を言おうと手遅れだったのかもしれない。彼女はわたしになんて言ってほしかったんだろう、なんて言えばよかったんだろう。

2年経った今、彼女もわたしも成人し、彼女は体を売るのをやめた。彼女のあれは、若さゆえの一瞬の揺らぎだったのかもしれない。だけど、答えを出せずに引き裂かれたままのあの時のわたしは、瞬きもせずにじっとこちらを見ている。

お金と道徳のことを考えると、頭と心がばらばらでぐちゃぐちゃになってしまうけれど、それらなしには生きていけない。「生き延びる」ためにお金は必要で、だけど我々はいつだって生き延びるだけでは足りなく感じて、もがいている。

「生き延びる」ことと「生きる」ことは違う、とわたしの敬愛する歌人は言った。「社会」と「世界」はイコールではない、社会的通念に則ってお金を稼ぎ、毎日食事をして生命を維持することと、その上で自分だけの目的と方向を持って歩くことは別ものなのだと。

「生きる」のは難しい。自分にとって何が「生きる」ということなのか、どうやって「生きる」のか。それを決めるのは自分しかいないから。
それでも、わたしは生きたいのだ。生き延びるだけではとても足りない。何のためにどうやってお金を稼ぐのか。これからその折り合いをつけて社会に出て、自分でお金を稼いで自分の足で歩く未来のわたしが、いつか晴れやかな笑顔で祝福を込めて、引き裂かれたままのわたしの顔を思いっきりひっぱたくだろう。その日のための旗として、ここにこれを記録しておく。

PROFILE

和島咲藍
和島咲藍

1997年土曜日生まれ。
身支度でいちばん好きなのは歯磨き、いちばん好きな家事は冷凍する食パンに1枚ずつラップを巻くこと。人々の、それぞれの暮らしを愛している。
現在は大阪大学外国語学部で日本語とロシア語を学んでいます。来年どうなるかはわからない。
結果オーライの申し子。わたしは気さくです。

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指先に白い地図をたずさえて