さぁ、何を仕事にしよう。
私って、何が好きなんだっけ。
今まで生きてきて一番幸せを感じた瞬間って、いつだっけ。
大学3年生になりたてほやほやの4月。
就職活動を微かに意識し始めるこの季節に、駅から家までの30分ほどかかる夜道を歩きながら、これから始まる就職活動についてぼんやり考えた。
少しだけ冷たさが残る夜風は心地よく、バスではなく歩いて帰るという選択をした私に、快適に思考を巡らせてくれる環境を提供してくれた。
高校生の時に、何週間かに1度、特別講師の講演を聞いて感想文を提出するという授業があった。
その授業で、とある経営者の人が語った、「俺は、好きなことをしてご飯を食べる(生計を立てる)、“スキメシ”という生き方をしています」という言葉が、未だに私の仕事の考え方に影響を与え続けている。
「好きなこと」を追求して生計を立てるという選択は、公務員の家系で育った私からしたら衝撃的で、斬新な生き方の選択だった。
イキイキと自身の仕事内容について話すその男性の姿は、私の目には眩しいほど魅力的に映り、その時私は、「好きなことを仕事にして生きていきこう」と誓ったのだ。
あの授業から、3年も経ったのか。
少なからず意識はしていたはずなのに、実際に「就職」という雲の上のように感じていたものが目の前に突然現れると、足がすくんだ。
「就職」という大きくて重い物体が、「あんた、どうするの?」と急かすような口調で私に投げかけているような気がした。
もちろん、すぐに答えは出ない。
その答えは、「好きなこと」探しをしなければ答えられないものだった。でないと18歳の私との約束が果たせない。
私は過去を遡り、「自分の好きなことってなんだっけ?」「幸せを一番感じた瞬間ってなんだっけ?」と自問自答を繰り返した。
好奇心旺盛な私は、やりたいことに対して片っ端から手を出している子だった。
高校生の時は、ソフトボール部の部長をやりながら文芸部にも所属し、校内誌を作成して、空いた時間に野球部のマネージャーを務めていたし、アルバイトは、高校から大学の7年間で、ラーメン屋、薬局、塾の講師、郵便局の仕分け作業、クレジットカードの営業マン、バーテンダーなど、10種類以上の職種を経験した。
その中で、一番幸せを感じられたことってなんだろう。
私の「好き」ってなんなんだろう。
その時思い出したのは、バーテンダー時代に「今日はありがとう。明日も仕事頑張れるよ!」と言ってくれた常連さんの言葉だった。
仕事にしんどさを感じながらも一生懸命働いている。そんなかっこよく働く人を長期的に関わりながらサポートしたい。
そう思い、第一志望の会社を人材業界にし、内定をいただいた会社に新卒入社した。
飛び込み営業、テレアポなど。
新しいことを覚えることに必死で、気づけば入社して8か月が過ぎ、12月になっていた。
当初は契約が上手く決まらなかったり、飛び込み営業や電話で怒鳴られ落ち込むことも多かったが、時間が経過するとともにある程度仕事の流れがわかるようになり、目標も達成し続けられるようになっていた。
ちょうどそのタイミングで、3か月に1回の上司との面談があった。
ある程度現状と今後のキャリアについて話し、もうそろそろ面談の時間も終わりかと思ったところで、「お前はアダルトグッズの話をしている時が、一番目が輝いているなぁ」と上司がポロッと口に出した。
思い返せば、私は部署のメンバーで集まって恋愛話をする時にはいつも、「私の大切なパートナーなんです!」と、TENGA社が出している女性向けセルフプレジャーアイテム、iroha製品の素晴らしさについて熱く語っていた。というか、中学時代から性的なものに対して興味があったし、それに対する偏見にも疑問を抱いていた。
上司の一言をキッカケに、今まで選択肢の中に入っていなかった「セクシャル業界で働く」という選択が湧き上がってきた。
そうだ。興味のあるセクシュアル業界に入り、「好きなこと」を仕事にしながら性に関わる偏見を変えていこう。
そう思い、TENGA社の広報という今の仕事を選んだ。
「転職する時、迷いや葛藤はなかったんですか?」
広報という職業に就き、取材を沢山受けてきたが、今でもこの進路を選んだことに対して、この質問は投げかけられる。
女性が顔を出して性について語るのは、あまりにも世間からの偏見が強すぎる。顔を出していなくたって、SNSでセクシャルなことを話すだけで「誰とでもSEXする女」と勘違いした投稿をされることも多いんだから、顔を出していたらなおさらだ。
ネット上で性的対象として扱われている前任の広報を見て、TENGA社の面接を通過し、「偏見がある業界に行く」という事実が現実味を帯びていくたびに「本当にこれでいいのだろうか」という迷いはあった。
けれど、迷う度に、目を瞑って、TENGAの広報として働くその先を思い浮かべてみた。
顔を出して性を語るというリスクはわかる。
でも、その先にあるものは何なのだろう。
マスターベーションの話をオープンにするようになってから、女性から「実は私もマスターベーションしてるんだよね」と打ち明けられることが増えていた。
私が心を開示したことをキッカケに、相手も心を開いてくれるのだ。彼女たちは楽しそうに自分のお気に入りアイテムについて話す。
その空間を思い出しながら、私がマスターベーションしていることを肯定した瞬間、心が軽やかになったのと同じように、私が性をオープンに語れば、もっと自分の身体に素直になれる女性が増えるのかもしれないと考えた。
それなら、TENGAの広報として、もっと女性が性を楽しめる世界を実現していこう。
そう思って、私は転職を決意した。
「好きなことを仕事にしていていいですね」「天職だよね」
転職してから3年以上経つが、ずっとそんな風に人から言われている。
しかし26歳になった今でも私は、夜道を歩きながらたまに自問自答する。
「私って何が好きなんだっけ?」