働くことは生きていくこととほぼ等しくて、それは船旅に出て地平線の向こう側に広がる景色を見にいくようなもの、そんな風にここ数年わたしは感じています。
わたしは社会に出てから、とにかく未知なものに飛び込んで行くように生きてきたように思います。今は、広島空港内にある「foo CHOCOLATERS」というヴィーガンのミルクチョコレートファクトリーで代表を務めています。既存の「工場」という概念を覆し、藍色の服を纏った女性たちが踊るようにチョコレートを作っている、そんなファクトリーをイメージしてfoo CHOCOLATERSは始まりました。
チョコレート屋をやるとは思ってもいなくて、自分でも驚くくらいですが、foo CHOCOLATERSをはじめてからというもの、働いているみんなでこの場所や存在を一つずつ作り上げていく毎日の中に、わたしは自分のやりたかったことを見つけたように思います。
様々な宗教や価値観、ライフスタイルを持つ人たちが行き交う空港という場所で、一人でも多くの人に食べてもらいたいという気持ちを込めて、ヴィーガンのミルクチョコレートを作っています。「ここから世界にわたしたちの種が撒かれて、手に渡った人の中で花が咲きますように」そんな願いも込めて。
わたしが今住んでいるのは、広島県にある「尾道」という小さなまちです。4年前に東京の大学を卒業して、そのまま移住しました。大学卒業の時、なりたくないものはあったけどなりたいものは特にありませんでした。音楽がとてもすきでたまにDJをしたりするのですが、ある人に「音楽を選ぶように心地よさで選んでみなよ」と言われ、それがとても腑に落ちたので、自分にとって心地よいと感じる場所に行こうと思っていたら、あるとき尾道の風景を写真で見て、ものすごく行きたくなって、そのまま尾道へ行くことになりました。
はじめて尾道のまちに足を踏み入れた時、何かいい感じがして、就職活動真只中だったのですが、こっちの方が面白そうだなと思って自分の直感に従ってとりあえず移住することにしました。はじめは住む家も仕事もなかったので、尾道から船で45分くらい行ったところにある離島に家も借りられる美術関係の仕事を見つけて、働いていました。島には小さな商店があるくらいで、飲食店はもちろん、スーパーもコンビニも信号機も無く、夜には動物たちに遭遇することは日常茶飯事。
1年が過ぎた頃、やっぱり尾道という場所に暮らしたくて、仕事を辞めてまた尾道に戻りました。一緒に暮らす人ができて家も見つかり、自分で何か仕事を作りたかったので、美術館でアルバイトをして、小さくてもいいからまずは興味のあることをやってみようと思って、ライオット・ガールのスペルからインスパイアされて名付けた「GRRRDEN」(ガーデン)という、女性・クィア・トランス・ノンバイナリーのためのプロジェクトを立ち上げて、zineを作ったり、DJイベントを企画したりするようになりました。「ハライソ」という珈琲屋さんの中にCDやzineなどをセレクトしたスペース「Virgo Stingray」も立ち上げたりしながら、工場長の仕事と並行して、地道にゆっくりとしたペースで動いています。
わたしがジェンダーのことやフェミニズムに興味を持ちはじめたきっかけは、大学時代に読んだ、ゾラ・ニール・ハーストンという女性作家の『彼らの目は神を見ている』という本の存在です。冒頭の文章はいまでもわたしの指標になっているくらいです。それから女性文学を色々読むようになって、「フェミニズム」に出会い、そこから自分のアイデンティティについても考えたりするようになって、そうしているうちに「GRRRDEN」という存在が自分のなかに生まれました。
地方に暮らす人たちの考え方は、一括りにはできないけれど、多様性という部分においては東京よりも窮屈さがあるのかもしれません。尾道は比較的多様性を受け入れてくれるまちだなとは思うのですが、基本的には地方の小さなまちで、全体の人口が少なくてほとんどが顔見知りなので、都会に比べたらたくさんの人が来るわけではないし、広がり方は小さいと思います。でも、だからこそできることもあると思っていて、子どもがいる人にも安心して来てもらえたり、来てくれた人ひとりひとりと深く対話したりすることができる。どんな形がベストなのか今も悩んでいるのですが、何かしらの形があるんじゃないかって思っています。
例えば「GRRRDEN」に参加している人は世代もバラバラで50代から10代までの女性たちがDJとして音楽をかけてくれるのですが、それが親子だったり、赤ちゃんを抱えながらだったりもして、そういうのってこの場所だからできるのかなと。わたしみたいに小さなまちで勇気を持って何かを始めようとしている人とか、今すでに何かしらアクションしている人たちと繋がって連鎖反応が起こったら面白いなと思っています。
「GRRRDEN」をやりはじめてから1年後くらいにfoo CHOCOLATERSの話をもらいました。元々向島に姉妹ブランドの「USHIO CHOCOLATL」があって、わたしはそのころ美術館の仕事をしながら、時間があるときにお手伝いをしていたところ、ある日社主に「新しいブランドの立ち上げを、一から全部やってみない?(本当にこんな感じのノリで)」と言われて、もちろん自分にできるのか不安にも思いました。
だけどそれ以上に「GRRRDEN」では表現しきれないコンセプトをチョコレートにのせて、未知すぎる可能性に飛び込んでみたい! と思ったのと、この会社は愛すべき変な会社で、とにかく面白いことが第一優先されたり、「GRRRDEN」のことやわたしの考えを肯定してくれたりして、「だからこそやって欲しい」みたいな。そういった経緯で引き受けました。
それから、「チョコレート」というポップでキャッチーな存在に魅力を感じていて、言葉も思想も宗教も違うけれど一枚のチョコレートを分け合って、美味しそうに食べている瞬間を届けられたらとても素敵だなと。なんだか、もうそれだけでいいような満たされた感覚になるのも、チョコレートの持つ魅力だと思っています。
foo CHOCOLATERSは今年の3月3日にオープンして、やっと7か月を迎えますが、今は女性9人でファクトリーを回しながらチョコレートをお客さんに届けていて、みんなでfoo CHOCOLATERSというものを作っている感覚がとても新鮮で楽しいです。
年齢もバラバラなのですが、全員が同じところからスタートしたので、みんなで一つ一つ相談しあって決めていくことが多いです。わたしが一人で決めていくことはほとんどありません。実際のチョコレート作りは、体力も使うしどこかアスリート感覚でもあるのですが、真剣にやりながらもおしゃべりを挟んだりしながら作っていて、女性たちに向けて安らぎや至福の時間を届けたい、という気持ちも自然と生まれてきます。
「働き方」もわたしたちのテーマの一つなので、効率の良い方法やどこを改善したらいいか、あとは各自のバイオリズムにも合わせてシフトを調整しています。今後は、ファクトリーでの仕事は寒くて冷えやすいので、冷え対策や体調を管理して、からだをあたためるための「SOUPプロジェクト」や各自がテーマを決めて様々なアイデアや情報を共有し、ライフスタイルなどを提案していく「B.C.D.(Blue Cosmic Dancersの略)会」などもやっていきたいと思っています。
foo CHOCOLATERSが、ここで働いているスタッフのみんなやチョコレートを手にとってくれた人たちにとって、それぞれの花を咲かせるための種のような存在になれたら嬉しいです。それが今のわたしが見たい地平線のその先の景色であり、わたしの願いです。