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フィンランドと日本の「美しい人」の違い/mino

ムダ毛や毛穴ケアの広告も、就活のドレスコードもない

2019年2月 特集:美は無限に
テキスト・撮影:mino 編集:竹中万季
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フィンランド人にとって、「美しい人」とは「自分らしく生きている人」

わたしの周りのShe is世代のフィンランドの男女に「美しい人とはどんな人か?」と聞くと、このような答えが返ってきます。「自分らしく生きている人」「自分のやりたいことに正直で、自分の力でそれを切り拓いていく人」「自分の良さをわかっていて、それを上手に生かしながら生きてる人」「強い自信と優しさを備えている人」ーーー

一方、日本社会で共有される「美しい人」のイメージは、どうでしょうか。透き通るように白く毛穴のないサラサラ肌と、ダメージのないツヤツヤとした髪の毛を持ち、スラリとした筋の通った高い鼻に、長いまつ毛のくっきり二重、手足が長く華奢でムダ毛がない身体、そんな女性を「美しい人」としてメディアは取り上げ、企業は宣伝に起用し、人々は無意識に、絶対的で画一的な基準として頭の中や心の中に取り入れてしまってはいないでしょうか。

多くの若いフィンランドの人々にとって、「美しさ」とは自分らしさを大切にしていること、また一人一人が自分の人生に真っ直ぐ向き合っていることを指します。そこには、具体的な身体の特徴はほとんど入ってきません。長いまつ毛、分厚い唇、日に焼けた肌、そんな美しさが幅をきかせるようなメディアやグループもありますが、そこに絶対的な価値観を置いている人はそれほど多くはありません。

フィンランドを構成する人々は「フィン人」と呼ばれる色素の薄い北ヨーロッパ系コーカソイドの他に、ソマリアやイラクなどから来た難民や、わたしのように日本や他の国々から来た移民、また、サーミ人という先住民族などです。多種多様な肌や眼の色を持つ人間がたくさんいるため、美しさの基準がたった一つであるわけがないということを多くの人が理解しています。多くの人にとって一番大事なことは、その人が一番その人らしく、豊かに幸せに生きていることで、そんな輝きのある命こそが最も美しいという考えが多くの人に共通してあります。

わたしが暮らしているフィンランドのヘルシンキの街並み

住んでいる場所から徒歩2分のところに海が

フィンランドは自分や誰かの容姿を意識する機会が著しく少ない社会

フィンランドでは自分の見た目に自信を持つことが美しさの一つだと考えられているので、誰かの見た目について考えなしに発言をする行為はタブーとなります。どんなにポジティブな意味が込められていたとしても、その言葉を何度も繰り返しぶつけられれば、誰もが少し居心地の悪い気持ちを抱くので、友達同士でも滅多に身体や顔について褒めたりはしません。それなりに仲良くなって、自然な流れで話題にのぼった時くらいで、初対面でコメントするのはご法度です。見た目について言及しないコミュニケーションを取る社会は、誰かの見た目をそこまで気にしない社会でもあります。自分や誰かの容姿を意識する機会が著しく少ない社会。そう書いたところで想像しにくいかもしれませんが、わたしはそれこそが過ごしやすく健全な社会だと感じ、逆に日本が、人や自分の容姿を不必要に強く意識させる社会であるだけのように感じます。

とはいえフィンランドでも、10代に突入すると、メディアや年上のきょうだいや友達の影響などで男女共に自分の容姿を過剰に気にする人たちが増えます。流行りの髪型にしたり、メイクをしてみたり、オシャレな服やアクセサリーを身につけたり。先進国の思春期の子どもはみんな同じように、YouTubeやInstagramで見たメイクや髪型をしたがり、理想と現実のギャップに苦しみ、コンプレックスに悩みます。「あのアイドルに比べてわたしは髪の毛が少ない」とか、「このモデルに比べてわたしは唇が薄い」というように。拒食症をはじめとした摂食障害にかかる女性は10代や20代前半に非常に多い(*1)ことからも、感受性が強く、まだ自己を確立しきっていない思春期の頃は、自分の見た目に対する自信も外からの情報や友達との関係の中で簡単に揺らいでしまうものなのだと思います。

やがて思春期を抜け出し、成熟した大人になる頃には、ほとんどの人々はコンプレックスをある程度克服し、自分に自信を持ち、自分の良さを生かして人生を好きなように生きていくようにフォーカスしていきます。この頃になると、アルバイトやインターン、または社員としてどこかの企業で勤めだしますが、企業は女性に対して、「ハイヒールを履くように」「お化粧をするように」「髪の毛は黒に染めるように」などという決まりを押し付けたりもしません。フィンランドには金髪の人もいれば濃い色の髪の人も、また赤毛の人もいます。そもそもがバラバラで、一人一人に個性があることは子どもの頃から皆がよくわかっているため、見た目を統制するようなルールや本質からはずれた決まりなどは学校や職場などでは設けられません。このように健全な成長過程を経験し、冒頭に述べたような「美しさ」の基準を共有することができる大人になるためには、見た目に固執しない社会、見た目第一主義ではない社会の存在があればこそだと思います。

女性たちが自然のままでいることが「悪」かのようにメッセージを突きつける日本の広告

わたしがフィンランドから日本に一時帰国すると驚くことの一つに、電車内や駅構内の広告の多さがあります。わたしは首都のヘルシンキの中心地に住んでいますが、バスやトラム、電車や駅のホームなどで見かける広告は本当に少なく、たまにある広告の内容は食べ物か美術館などの広告がほとんどで、コスメティック、スキンケア、エステサロンなどの広告は全くと言っていいほど見かけたことがありません。

フィンランドの電車内やエスカレーターには広告がほとんどない

日本、特に大都市では「ムダ毛脱毛初回500円」「一日中サラサラ肌」「シワが消える」と謳ったエステサロン、ファンデーション、スキンケア商品の広告が1日に数十回も目に入ってきます。まるで、女性たちが自然のままでいることが悪かのように、ありとあらゆる方向から「今のままではダメだ」「そのままじゃ足りない」というメッセージを突きつけてきます。女性たちはまるで取り憑かれたかのように、自分たちの容姿を四六時中気にしているかのように思えます。

例えば、ムダ毛。フィンランドをはじめヨーロッパではほとんどの女性が腕の毛や指の毛の手入れをしません。最近の若いファッションリーダーの女性たちの間では、ワキ毛やスネ毛をあえて生やすことで、長年にわたり女性にだけ一方的に課されてきたムダ毛処理文化に対して異議を唱え、女性へ課される社会的な「美」のルールや制約に対してNOを言う動きも出てきています。

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スウェーデン人のアーティスト・モデル、Arvida ByströmのInstagram

友人であるフィンランド人のDJ・ミュージシャン・ラジオパーソナリティー、Malin NyqvistのInstagram

わたしは何度か腕毛を処理していないことを日本の人から指摘されてきましたが、そのことをフィンランドの人に話すと一人残らず驚き、憤慨します。「そんな小さなことさえ気にするのか」という驚きとともに、「男性に課されないことは女性にも課されるべきではない」と彼女たちは言います。男女平等先進国の人々からは、このように女性と男性に対して非対称的なルールを課す日本の価値観は、彼ら・彼女たちの価値観とはかなりかけ離れたものとして映ります。確かに日本のムダ毛の広告や肌の毛穴ケアの広告は、男性向けのものよりも女性向けのもののほうが遥かに多く存在しています。男性が腕毛の処理をしなくても悪く言われることがないのなら、女性にもそれは適応されて然るべきというのが彼ら・彼女たちの価値観です。

「男性に課されないのならば女性にも課されるべきではない」というのは、女性に課されているものを男性にも課すべきだ、という意味ではありません。むしろ、男性には許される自由を、女性にも与えるべきだ、という意味です。日本では就職活動をする際に「ヒール着用」というドレスコードがあることがしばしば問題に上がりますが、フィンランドではもちろんこのようなルールは存在しません。同様に、就職活動のために髪を黒に染め直すように、スーツを買うように、ヒールの靴を買うように、人事受けの良いメイク方法、といった本質に沿わないルールも存在しません。そういう社会の中では、当たり前のように「女性はこのような姿であるべき」「こういう姿の女性が美しい女性だ」といった画一的なイメージは共有されにくいと思います。

好きなものを、好きに選びとって、自分のありたい自分でいる。書いてみると当たり前のことですが、これらのことがフィンランドでは当たり前の権利として皆に付与されています。人々を不自由にさせるルールはできるだけ少ない方が良い。日本に比べてフィンランドはより自由だと色々な場で実感します。

フィンランドの老舗製菓会社ファッツェルのキャンディー「マリアンネ」の広告は、駅と溶け込むようなデザイン

自分たちのありのままの体型を愛し、多様性を尊重するマーケティングへ

体型についても同じです。日本ではモデルや女優、アイドルの体型を最も良いものだとし、もてはやす文化がありますが、フィンランドではそのような価値観を安易に広めることで、摂食障害やうつ病などの精神病にかかる可能性があることを共通の理解として認識しています。フランスでは2015年にBMIが18を下回る「痩せすぎ」のモデルの活動を禁止する法律(*2)が可決され、「規範的で非現実的なボディ・イメージを見せつけられた若者たちは、自身を卑下し自己肯定感を失くしてしまい、健康被害を及ぼす行動を起こしてしまう可能性がある」とマリソル・トゥーレーヌ厚生大臣は法規制の背景を説明しています。フィンランドやスウェーデンでは2013年頃から、デパートや下着屋さんのマネキンを従来のモデルサイズだけではなく、現実的なサイズ、それも様々なサイズのものを使用するようになりました。

非現実的で完璧な体型を理想とし、その画一的な美しさから外れたものを醜く不十分なものだとするようなマーケティングから、自分たちのありのままの体型を愛し、多様性を尊重するマーケティングへ転換を行なったことは多くの人々に安心と希望を与えました。フィンランドではこのように、自分たちの身体の権利について日本に比べて敏感な社会なので、痩せろ、胸を大きくしろ、脱毛しろ、というようなメッセージを街中で見かけることは全くと言っていいほどありません。

何もかもフィンランドが良いというわけでもなければ、フィンランドが完全に画一的な美の基準を訴えるマーケティングから解放されているわけでもありません。しかし、他人の見た目に余計なコメントをしないというルールはほとんどの人によって徹底されていると思いますし、そのことから他人の見た目をそこまで気に留めない社会が醸成されていることがわかります。「美しさ」とはその人の命に宿るもの。そんな自由で豊かな価値観を、世界のより多くの人々が持つことができたら、その時に世界はもっと美しくなるのではないかと期待します。

以下、編集部注

*1……AN(神経性無食欲症)は10代、BN(神経性過食症)は20代が多く、推定発症年齢をみると10代の占める割合が年々増加し、若年発症の傾向を示している。(厚生労働省ウェブサイトより

*2……フランスではモデルを雇用する際に肥満度を示す指数「BMI」が18以上であることが求められ、この基準に満たさないモデルを起用したエージェンシーやファッションメゾンは最大7万5000ユーロ(約980万円)の罰金や最大6か月の禁固刑を科す法案が可決されている。(The Guardianより

PROFILE

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mino

東京でフィンランド政府観光局、フィンエアーに勤務後、フィンランドの首都ヘルシンキに移住。畑で野菜を耕したり、食べられる野草を摘んで料理をしたり、花をジャムにしたり、木の若芽をお酢やウォッカ、浸けたり、発酵させたりするインスタグラムのアカウント「Totally edible(全然食べられる)」では、様々な植物や料理を紹介しています

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