正解のない世界で/カトートシ

プラトン哲学からぽっちゃり女子映画まで

2019年2月 特集:美は無限に
テキスト:カトートシ 編集:野村由芽
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一重よりもパッチリ二重。肌はとにもかくにも美白。顔は小さければ小さいだけ良く、華奢ですらっと伸びた手足。それが正解と刷り込まれてきた私たちは、その一点を目指してがむしゃらに走ってきた。鏡の前でアイプチと格闘した時間の総合計は計り知れないし、「美白」と銘打ったコスメは買い漁り、ヨガだのスーパーフードだのと、少しでも「美」なるものに近づきたい一心で弛まぬ努力をしてきたわけである。

しかしここ数年、時代はガラリと変わり始めている。ランウェイを歩くモデルの肌の色や体型は様々だし、多種多様な容姿の女の子たちがアイドルとしてテレビの画面に映る。「これさえ押さえておけばオールオッケー」みたいな定型はもはや消滅し、あらゆる美のカタチが有り得るダイバーシティの現代、私たちはどのようにして美しさを判断し、選び取っていこうか。古代ギリシアの哲学者が唱えた美の定義からぽっちゃり女子映画の考察までを通して、私たちのこれからの「美」を模索する。

そもそもなぜ人間は美しさを感じるのだろうか。古代ギリシア、師ソクラテスの思想を継いでかの有名な「イデア論」を説いたのは哲学者・プラトンだった。イデア論を簡単に説明すると、私たちが生きる感覚的世界とは別次元に存在する真実の世界(イデア界)、そこには完全なる「美」そのもの(美のイデア)があり、現実世界の事物はそれを断片的に含有するがゆえに美しいと認識されるという。つまりプラトン的世界観では、天上遥か彼方に美のイデアという揺るぎない正解があり、その要素を多く持っていればそれだけ美しいとされる……。

プラトンがこのイデア論を説いて2000年以上。世界は変わった。ボーダーレス、ジェンダーレス、エイジレス。これまで疑いようのなかったあらゆる境界線が揺らぐ曖昧で複雑な現代。「多様性」は時に「不安定」と同義だ。既存の価値観や美意識が脆く崩れ落ちつつある世界で、あらゆる美の可能性に取り囲まれて戸惑う私たちは、雲の上のイデアとやらに問いかける。「はたして、私たちの『美』はそんなに単純だろうか?」

『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』/©2018 TBV PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

価値観が多様化した現代では、もはやイデアのような共通認識は効力を持たない。どれも正解で、どれも不正解。そんな時代に生きる女子たちに向けた映画が昨年公開された。『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2018年)。自分の容姿に自信が持てずにいたぽっちゃり女子・レネーは、ある日頭を強打したことをきっかけに、自分が絶世の美女に変身していることに気がつく。しかし実際の彼女の外見は一切変わっておらず、体型はぽっちゃりのまま。自分は美しいと思い込んだレネーはその自信を原動力に人生を大きく変えていく。

ぽっちゃり女性が突然絶世の美女にという映画は正直珍しくない。例えば、女性の外見にしか興味がない主人公・ハルが催眠術によって100キロ超えの女性に一目惚れするという2002年公開『愛しのローズマリー』。

『愛しのローズマリー』(特別編)

他にも、醜い容姿の主人公が全身整形を決意する2007年公開『カンナさん大成功です!』。

しかし従来の作品と『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』が決定的に違う点がある。それは「誰の眼が美をジャッジしているか」だ。従来の作品では文化的枠組みや他者の視点で美が描かれているものが多かったのに対し、『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』のレネーは他でもない「私の眼」によって自身の美を定義している。レネーの眼に映った幻想は鑑賞者である私たちにさえ示されない。それは彼女が見出した美の定義が彼女だけのものである証拠であろう。美を捉える眼の違い、これこそがここ数年で急速に起こった「美」の認識の変容だ。目の前のものが美しいか否か、それは自分のこの眼に全てかかっている。

絶対的な「美」の正解はもはやない。雲の上にそびえる美のイデアは粉砕し、その塵は地上のあらゆるものの上に降りかかる。その世界で美の定義を決めるのは「私の眼」、それ以外にない。多種多様な「美」が粉雪のように煌めいて舞うその風景の中、視界が多少ぼやけたって大丈夫。正解のないこの世界で、私たちは眼を見開き、美しく生きてゆく。

PROFILE

カトートシ
カトートシ

大学職員 兼 映画エッセイスト

2018年よりカトートシとして活動を開始する。
大学時代は文学批評を専攻。
本屋や美術館のスタッフ、カナダでのライター経験を経た後、現在は大学で働く傍ら、「映画エッセイ」を執筆。映画から抽出したエッセンスを日常の枠組みで解釈し、言葉で再構築する。
カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

INFORMATION

リリース情報
リリース情報
『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(DVD)

2019年5月8日(水)発売
価格:2,996円(税込)
販売元:バップ
Amazon

『愛しのローズマリー』(特別編/DVD)

2010年2月3日(水)発売
販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
Amazon

『カンナさん大成功です!』(DVD)

2010年12月22日(水)発売
販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
Amazon

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