どんなに遠く離れていても、一番に話しかけたいのは夫『ネバーホーム』
「今まで読んできた本の中で、ここに出てくる夫婦はずっと心に残りそうです」と、きくちさんが紹介する2冊目はレアード・ハントの『ネバーホーム』(2017年)です。
南北戦争を舞台に、夫に代わって男装し、軍へ入隊した妻が戦地での日々と夫への愛を語った一冊。「戦争の中で血みどろで過酷な経験をしているのに、妻の言葉や描写が子どものように素朴で、夫を大好きなことが手紙のやり取りや思い出の語りで伝わってくるんです」。戦争という暗黒な部分と夫への愛という純粋な部分の対比が、一緒に生きていく覚悟をもつ2人の関係を強く示します。「少し世の中からはズレていて、きっと万人からは受け入れられないけれど、この2人だから結びついたんだろうなというカップルで。だからこそどんなに遠く離れていても、誰かと話していても、自分が一番に話しかけたい相手は自分の夫だ、という愛を強く感じます。この2人にはとにかく幸せでいてほしい」。この物語はフィクションですが、南北戦争下では、男装して戦地に赴いた女性兵士が実在したそうです。
「推移しつつあることへの配慮を共有することは愛」だという『柄谷行人蓮實重彦全対話』
垂水さんが2冊目にあげたのは日本を代表する哲学者・文芸批評家である柄谷行人さんと東京大学総長もつとめた評論家の蓮實重彦さんによる、約20年におよぶ対談の記録『柄谷行人蓮實重彦全対話』(2013年)です。
文学や現代思想、映画、歴史など広くいろいろな話が繰り広げられ、印象的な文章が多いと話す垂水さんの本には付箋がいくつも貼られています。「特にグッときたのが、急に蓮實さんが熱くなりながら『推移しつつあることへの配慮を共有するというのは、僕の言葉で言えば愛なんだ』と言うところです。2人とも話に熱中しているうちに、気がつくと始めと全然違う話をしていて「あれっ?(笑)」ってなる場面も結構あるんです。でも語り合うことの楽しさというのは、そうやって互いに意見をぶつけ合っているうちに話がどんどんずれて、思ってもいないところにたどり着いてしまうという「会話の拡がり」を感じることだと思います」。
「答えのない会話を続けられる時間や相手というのは少なくて、そういう関係ができたら愛を感じて興奮しますね」ときくちさん。垂水さんも「小説を要約すると魅力が消えてしまうように、語り合うことの素晴らしさってその瞬間、その場にしかないと思っています。お互いに知っていることを交換するだけではなくて、会話を通して二人の間に新しい考えや気持ちが生まれる、その瞬間に私は愛を感じるからだと思います」と話しました。
すべてを犠牲にして死んでいく女性の一生を描いた『女坂』
エミリーさんの2冊目は、『源氏物語』の現代語完訳を成し遂げ、『文化勲章』も受賞した円地文子さんの小説『女坂』(1939年)です。明治時代、夫のために妾(めかけ)を探し、すべてを犠牲にして苦しみや憎しみを背負って死んでいく女性の一生を描いた作品。「何人もの妾の中で、ひとり不死身のように思われていたという正妻が主人公。彼女は夫に対してなにも言わないけれど、いろんな言葉を自分の中にためこんでいき、最後に悲しく死んでしまうシーンの言葉や風景に、誰かと生きるときになにが大切なのか考えさせられます」。
また、美しい文章表現も読みどころとのこと。「悲しくて辛い物語なのに、風景や心情の描写がとても綺麗で、小説を読む醍醐味を感じます」。難しい言葉づかいもありますが、それも含めて豊かな表現として味わっていただきたい一冊とのことです。