幸せな暮らしを手作りした夫婦のノンフィクション『優雅な生活が最高の復讐である』
きくちさんが選んだ3冊目はカルヴィン・トムキンズの『優雅な生活が最高の復讐である』(2004年)。『グレート・ギャツビー』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』など20世紀のアメリカ文学を代表する小説家、F・スコット・フィッツジェラルドがあこがれ、『夜はやさし』のモデルにしたというマーフィ夫婦を描いたノンフィクション。「(パブロ・)ピカソや(アーネスト・)ヘミングウェイなど、1920〜30年代の著名な文化人たちがこの夫婦のもとに集まります。2人のどこが魅力なのか、具体的には言えないけれど、いるだけでとにかく人を幸せな気分にする『幸せを象徴するような2人』だと周りの人がインタビューで答えている」とゆみこさん。現実の苦しみを知りながらも、より良い暮らしをつくろうと心を尽くすことがそれに対抗する手段だと信じて実行した2人に、多くの人々が惹きつけられたのは、想像できることのように思います。
フランスの哲学者が、「他者との関係としての正義」を追究する『デリダ 脱構築と正義』
垂水さんが紹介する3冊目はフランスを代表する哲学者の一人、ジャック・デリダの思想を高橋哲哉さんがまとめた入門書『デリダ 脱構築と正義』(1998年)です。
「語るという行為は、実は言葉にした時点で多くのものがこぼれてしまう。それをデリダは『暴力』だと言います。それでも、語り合うということをしない『沈黙と夜の暴力』こそが最悪の暴力であって、それと戦うために私たちは語り続けなければいけない。完璧に誰かを理解することができなくても、理解しようとすることを拒否してしまえばつながりは途絶えてしまうんです」と垂水さん。それを聞いてきくちさんは「語る言葉は、常に相手によって引き出されるもの。出会った人の分だけ私がいるんですよね。だから別れが悲しいのは、その人と出会った時の自分にもう二度と会えないからなのかも」と応答するなど、話が弾みます。
そもそもなぜ、垂水さんは哲学書を読むのでしょう? 「うーん、例えば、デリダの言う正義とは、私の考える愛ととても近いものなんですよね」。確かに哲学の思想というのは、本来は学問や研究のためではなく、人の営みについて考えるために生まれたもの。そこに愛のヒントを求めるのは自然なことなのでしょう。
「こうあるべき」という刷り込みの呪縛から解き放たれる『英子の森』
エミリーさんが選んだ3冊目は松田青子さんの小説『英子の森』(2014年)。幼いころに母親から刷り込まれた「英語ができるといいことがある」という呪縛から逃れられず生きる主人公と、自分を重ね合わせて読んだとエミリーさん。「そうやって成長した主人公が、恋した男性に同居したいと申し込むと、僕は僕の森を自分で守ることに精一杯だから一緒には住めない、と断られるんです。その言葉に、今まで親から刷り込まれた「こうあるべき」から抜け出して、自分の森は自分で探さなくてはと気がつきます。私自身も、誰かと生きることを選んでも、自分のやりたいことをやりたいなって。小さくても自分の住処をつくり、自分の足で立ったままで誰かと暮らしたいということを、この本を読んで改めて感じました」。
誰かと生きることは、他者同士が語り合い、受け入れながら、自分がどう生きるのか考えること
参加者が輪になって膝と膝を突き合わせ、秘密を共有するように繰り広げられた今回の「She is BOOK TALK」。誰かと生きることは、知らない他者同士が語り合い、受け入れながら、同時に、私は私としてどう生きるのか考えることなのかもしれない、ということが見えてきたように思います。
最後には、「だれと生きる?」をテーマに、「だれかに贈りたい本」を音楽(ジャクソン5“Santa Claus is coming to town”)にあわせて交換していただきました。誰かに贈りたい本は、あなたが受けとる本かも。ビビッときたら、ぜひお手にとってみてくださいね。
〜来場された方々が「だれと生きる?」をテーマに選んだ、だれかに贈りたい本〜
※ 『作品名』(作者名)/「紹介者のコメント」
・『月と六ペンス』(サマセット・モーム)/「現代文の先生が教えてくれた心に残っている本」
・『河童が覗いたヨーロッパ』(妹尾河童)/「全篇手描きの愛に溢れた本!」
・『レヴィ=ストロースの庭』(港千尋)/「写真が美しく読んでほしい」
・『天の瞳』(灰谷健次郎)/「賢くて生意気な主人公が魅力的」
・『大家さんと僕』(矢部太郎)/「ひょんな出会いの人と生きていく方法」
・『六本木のネバーランド』(はあちゅう『通りすがりのあなた』より)/「普段はバリバリ働いていても心のふれあいがほしい」
・『ガーデン』(千早茜)/「人とすこし距離を置いて生きる主人公がおもしろい!」
・『違国日記』(ヤマシタトモコ)/「発売されてから毎日カバンに入れている」
・『愛情生活』(荒木陽子)/「日常の些細なできごとに愛がある」
・『もの食う人びと』(辺見庸)/「食べることは、人とつながる行為」
・『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)/「いろんな形のパートナーを描いたオムニバス」
・『アンネの日記』(アンネ・フランク)/「自分の言葉で自分の人生と向き合うきっかけをくれた」
・『しょうがの味は熱い』(綿矢りさ)/「互いをわかっているつもりでわかっていないと気づく物語」
・『東京批評』(DJ Asada Akira)/「ファッション批評を書き上げた自著ZINE」
・『春になったら莓を摘みに』(梨木香歩)※エミリーさんレクト
・『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)/「饒舌な会話を楽しむ本」 ※垂水萌さんレクト
・『私たちがやったこと』(レベッカ・ブラウン)/「私とあなたについて書いてきた著者」 ※きくちゆみこさんセレクト
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