フィクションの世界で経験した冒険は、確実に内面を豊かにする。『はてしない物語』
アヤさんが3冊目に選んだのは、『モモ』でも有名なミヒャエル・エンデの『はてしない物語』(1982年)です。
「アヒルもぐり」と同じく、太っちょでいじめられっ子の主人公・バスチアンが、ある日『はてしない物語』という不思議な本に出会い、なんと物語のなかに入り込んで、異世界の大冒険を繰り広げます。
「物語の中で、バスチアンは世にも美しく勇敢な少年に変身します。おまけに絶対的な権力を与えられ、どうなってしまうかというと、あらゆる暴走の限りを尽くすんです。最後には、とうとうかけがえのない友人のことも傷つけてしまい……」
ハードカバーの本にはたくさんの付箋が。
「どうにか自分でないものになりたい、うつくしくて勇敢なものになりたいという渇望は、ぼく自身も覚えがあります。だからこそ、ものすごいページ数を割いて描かれるバスチアンの愚行の数々が、余計に突き刺さってくるんです。また、友人のアトレーユという少年が、バスチアンのあこがれを絵に描いたような美少年で、おまけにいいやつなんですよ。腹たつでしょう。近づこうとあがけばあがくほど遠のいてしまうんです」
アヤさんが泣きながら読んだ、という一節を朗読してくれました。
「愚行のはてに、バスチアンはある人物から『ただ受け止めてもらう』という経験をします。『辛いことがいっぱいあったでしょう。いい子でも悪い子でもあるがままでいい。だってあなたは遠い、遠い道を来たのですから』と。それによってこころが満たされて、ふたたび現実の、太っちょの自分に帰ることができるんです。ちょっとだけたくましくなって」
と大切そうにハードカバーを抱えて話します。
「現実はなにも変わっていないように見えて、フィクションの世界で経験した冒険や、こころの満たされる思いは、確実に彼の内面を豊かにするんです。たとえ生涯うつくしく、勇敢な少年にはなれなかったとしても」
「物語を通じて得られる体験を信じることは、アヤさんの中にある大切な感覚ですか?」と聞くと、大きくうなずかれました。
ほんとうの意味で他者と共に生きるということ。『ビッグ・オーとの出会い』
アヤさんが紹介する4冊目は『続ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い』(1982年)です。『ぼくを探しに』(1979年)に続く2作目。三角形の形をした主人公が、自分を受け入れてくれる相手を追い求める物語です。
「いろんな読み方のできる本ですが、恋愛になぞらえるとわかりやすいと思うんです。三角は、自分をなにかのかけらだと思い込んでいるのか、はげしく相手を求めながら、どこか受動的です。そして、ただのかけらでしかない自分を求めてくれる、どこかへ運び出してくれる存在を待ちわびている。
しかしあるとき、完全なる球体『ビッグ・オー』と出会うんです。彼は、すこしのかけらも欲していません。完全な球体ですから、たったの1ミリだって、かけらの入り込む隙はないんです。
そんな彼に、『自分で転がってみろ』と言われるんですよね。そして、三角形なりに、いっしょうけんめい転がってみるんです。はじめはぎこちなく、そのうちだんだんと角が取れて、やがて完全な丸になっていく。
そうしてどこへだって転がっていける自分になったとき、ほんとうの意味で他者を求める、他者と共に生きる、ということができるようになるんです」
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