悩みがちな心に明るさを灯してくれる『女ごころ』
花田さんが紹介する2冊目は、W・サマセット・モームの『女ごころ』(1941年)です。舞台は第二次世界大戦前夜のイタリア。美貌の未亡人である主人公の前に、親子ほど歳の離れた高官と、まったくタイプの異なるふたりの男性が現れ、熱烈なアプローチを受けます。華やかな英国社交界で繰り広げられる恋愛と、女性の心情を細かく描いた作品です。
「褒められたものではないですが、あの人も楽しいけどこの人も優しいな、というように、選択がものすごくふわふわしているんです。昔らしい硬派な作風とは異なる、主人公の自由さと爽やかな生き方に、普段は悩みがちな私も心から自由になれて、心も身体も明るくなります」。
そんな軽やかに生きる主人公に自由さや明るさを感じながらも、ごはんに誘われても「気軽には行けない」と言うふたり。「女性はおごられるものと思っている人もいるかもしれませんが、相手から5千円もらうなら、私も5千円渡したい。相手の求めていることに自分の能力や容姿が足りているか、目的はなにか、相手の損失がすごく気になってしまうんです。事前にアンケート用紙を渡して書いてほしいくらい(笑)」と花田さん。
それは、きっと正面から相手と接したいという思いから生まれた意見。戸田さんも、活動を始めた頃は自分自身を見てもらえなかったと話します。「AV女優は庇護するような存在であってほしいと思うのか、悲劇的な物語を勝手に作って記号的に当てはめる人もいるんです。自分のことをそのまま素直に受け入れようとするのではなく、そういうふうに見られると存在自体が否定されているようで悲しかったです。でも、諦めずに相手と対峙したことで、今は個人を見てくださるファンの方が増えました。男女や家族など役割は関係なく、相手のことをきちんと見ることからしか、関係は始まらないと思います」。
女性から男性に送られるエロい目線もある。『1ミリの後悔もない、はずがない』
戸田さんが紹介する3冊目は『第15回女による女のためのR-18文学賞』読者賞を受賞し、本作がデビュー作となる一木けいさんの『1ミリの後悔もない、はずがない』(2018年)。
女性目線で、男性への恋愛感情を事細かに描いた小説。ままならない家族との関係、学校でのいじめなど、辛い環境の中で、唯一光の差すものが中学生の頃から思いを寄せる同級生の存在です。背が高く喉仏の美しい彼との淡い恋が描かれています。
「性的な目線は男性から女性にだけ注がれているイメージがありますが、女性も男性に性的な目線を向けていいんだなと思いました。また、彼が抱いてくれることで、小さな胸や決して誇れない体型が肯定されていく描写も素敵でした」。
性に対して目を伏せてしまう環境に生きづらくなることは、きっと自然なことです。「私は性をタブーにしてしまったことで周りと話せず、生き方も含めて、理想と現実の間で考えすぎて、極端な行動をとってしまいました。今は自分のタブーをやぶることができたので、隠したいものも失うものもありません。性は生きる上で大切なことで、日常生活の中でいずれ出会う愛しいものだと思えるようになりました」。
自分の思いを尊重して恋愛をしたい。『人のセックスを笑うな』
花田さんが3冊目に選んだのは、インパクトの大きいタイトルで話題となり、映画化もされた山崎ナオコーラさんの『人のセックスを笑うな』(2004年)。美術専門学校に通う19歳の主人公が、39歳の女性教師にデッサンのモデルを依頼され、次第に深い関係になっていく恋愛物語です。
「19歳の彼から見ても、39歳の彼女はかわいい。『人のセックスを笑うな』というのは、主人公が神様に対して『僕の心の動きを笑うなよ』というメッセージを込めて投げかけられるセリフです。世の中の尺度に合わせた役割にとらわれず、自分の気持ちを尊重して恋愛をしている、真っ当な物語だと思います」。
「傷つくリスクのある場所に立たないと、なにも得られない」(戸田)
タブーから自由になるためにAVを選んだ戸田さん、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと(以下、であすす)』を通して自由を手に入れていった花田さん。選書いただいた本は共通して「自由」が裏テーマにあるように感じました。自由に惹かれ、常に新たな領域に挑戦を続けるのはどうしてなのでしょうか?
「本好きに対してではなく、出会い系サイトで本を勧めようと思ったのは、傷つくリスクのある場所に立って修行しないと、なにも得られないと思ったからです」という花田さんの言葉に、戸田さんも大きくうなずきます。
「どんな職業もそうかもしれませんが、特にAV女優はイメージを決めつけられ、キーワード的に消費されることも多い職業です。それは避けられないこと。だから、単純に消費されるだけでなく、得たものを全部有効活用して、消費される瞬間になにかを生み出そうと私は思っています。
もし、自分が乗れるレールがないなら自らつくる。予想外のことをしてファンにショックを与えることもあるけれど、それも正しい反応です。だけど、歯が立たないような場所で戦わないと意味がないと思っているので、日々考えて、実行して、小さな自信を積み重ねて、自分の普通も誰かの普通も否定せず、どちらも肯定して生きていきたいですね」(戸田)。
「人はそれぞれに悲しみや嬉しさが訪れることは理屈ではわかっていますが、渋谷の交差点を行き交う人がただの肉の塊のように見えていました(笑)。でも、『であすす』でたくさんの人に出会い、30分ほど話を聞いて、私も本を勧めて。なにかを与えられて、与えるということに、相手も喜んでくれました。『であすす』を経験して、誰しもに個の人生があると実感して、世界がよりよく見えるようになりましたね」(花田)。
摩耗せず自分を持って戦い続けることは、心と身体を見つめるために大切なことかもしれません。最後に花田さんから「戸田さんは本を読むときの自己開示力がすごい。勧めたい本が10冊ほどあるのでメールしますね!」とおまけもありました。
- 2
- 2