「生活をつくる」というフレーズは、現在の暮らしがほんのりと質の良いものになるような、心地の良いイメージを沸き立たせる。それと同時に、自分の怠惰へのやましさや、洗練された日常への気後れも、確かにある。しかし、生活というものは実はだいそれたものではない。すべてが生活の一部で、どこに重点を置いてもいい。派手な変化や創造があるわけではなく、意識や視点が少し動くだけでも、生活を作ることに繋がっているはず。
そんなことを思ったとき頭に浮かんできたのが、身近な生活用品にフォーカスを当てて描かれたイラスト作品でした。これから紹介する作品は、取るに足らない日常の中で生まれる愛着や、めまぐるしい日常の中で薄れがちな些細な暮らしの手応えを、優しく呼び起こしてくれるものばかりです。この記事を読み終わったあなたの目に映る今手元にあるものや、これからめぐってくるものが、より鮮やかにきらめくことを願っています。
吸い込まれそうな瞳を持った人物画が印象的なイラストレーター、寺本愛による生活道具が放つ確かな存在感。
『1_WALL』グランプリ受賞歴のある実力派のイラストレーター、寺本愛さん。挿絵や広告、ファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く活動するほか、2015年から毎号テーマを設けて描き下ろす冊子『COLLECTION』の刊行を続けています。
一度見たら忘れられない特徴的な目を持つ人物や、「Timeless Fashion」をテーマとした服飾を描いた作品の印象が強いですが、彼女の描く道具の絵は研ぎ澄まされていて危うげがなく、代表的なイメージ同様に目を見張る魅力があります。「均一化していく社会の中で今なお続く特有の地域・服飾文化」に関心を注ぎ続けてきたことで強度を増したまなざしが、生活の中で用いる"物"たったひとつにおいてすら、存在感を裏打ちしているのではないでしょうか。
田渕正敏がみずみずしいブルーで描く生活の細部、それらを見据える確固たる視線。
書籍や音楽、ファッションなど幅広いジャンルに関わるイラストレーター、田渕正敏さん。グラフィックデザイナーの松田洋和さんと共に「へきち」というチームを立ち上げ、アート・デザイン・印刷・造本の活動を精力的に行っています。今回は、へきちから発表された作品集三冊をご紹介します。
「一日一枚食べ物を描く」というプロジェクトを自身に課して制作された『青いfoods』、ファッションブランドのサリー・スコット表参道店での展示に合わせて制作された『wall color』、そして描き続けていたネジ等の部品を一冊にまとめた『Buhin』。いずれもみずみずしいブルーを用いた描写が淡々と続く形態で、一見ストイックな印象を受ける作品です。しかし、ページをめくるにつれて呼び起こされる生活への純粋な愛着や、取るに足らない細部へのフォーカスは、身近なものから得られる安心感を鮮明に増幅させ、わたしたちに優しく手渡してくれます。
hakkeのイラストから得る、生活の手応えや実感を携えて歩むためのヒント。
線と質感の構成を軸にグラフィックやイラストレーションを制作する作家、hakke(原田光)さん。彼女は美学校の講座「デザインソングブックス」の修了制作として『レジ袋』というシリーズを生み出しました。この作品は、生活から形を抽出する取り組みのなかで、個人的な暮らしに根ざした形態があらわれるものとしてレジ袋からシワを臨書、採集した線をもとに作成されたグラフィックです。
昨今の「生活」という言葉には、どこか小綺麗に洗練された、上質なこだわりのようなイメージを彷彿とさせるものがあります。しかし、この作品は暮らしの中で手元に巡ってくるレジ袋、変哲のないただのレジ袋ひとつとってもそれは紛れもなく生活の一部で、生活とはそういった点の寄せ集めなのだということを自覚させます。「生活をつくる」ということは、暮らしているという実感や手応えを、確かに携えて歩むということ。何かを変えたり新しくはじめたりするのではなく、意識をすこし動かすだけでも「生活をつくる」ことになる。まさにそのヒントにもなりうる作品です。