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「He / Sheではないあなたと私の話」/イ・ラン

もっと多くの言葉で、もっと多くのジェンダーとともに

2018年6月 特集:おんなともだち
テキスト:イ・ラン 翻訳:廣川毅 監修:清水博之 編集:野村由芽
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女友達って何だろう。女友達というテーマを振られて以来、多くの質問が私についてまわった。私が「女友達」だと考え、この文章で取り上げることになる友達は、自分を「女」だと思っているのだろうか? 他の人の性別を、私が質問/判断してもいいのだろうか?

数週間前から、ふたつの講義を受けもちはじめた。ひとつは、18歳から30代後半までの13人が受講する、音楽創作クラス。もうひとつは12人の青少年を対象とした、芸術関連のワークショップだ。この青少年とのワークショップは、何らかの成果を生みだすことが目的ではなく、芸術分野への進路相談や語り合いが中心の授業となっている。どちらとも、最初の授業で自己紹介の時間があった。その時、生徒たちは自分の性自認と性的指向/恋愛的指向について、様々な言葉で自己紹介した。英語も韓国語も使われたし、重複する内容もあったが、生徒たちが使った言葉は次の通りだ(がんばって書き留めた)。

ジェンダークィア/パンセクシュアル/デミロマンティック/エイロマンティック/エイセクシャル/パンロマンティック/全性愛者/シスジェンダー/バイセクシュアル/レズビアン/ポリアモリー/モノガミー/両性愛者/ただの女性/とりあえず女性/ヘテロ

彼らが自身を説明する言葉の中には、私が知っているものもあれば、知らないものもあった。知らない言葉が出てくれば「それは何」と質問し、短い説明を聞いたが、それでもよくわからないものもあった。普段から私は、知らない物事が多いということを恐れない方だと思っていたが、生徒たちの話を聞いて共感したり、理解して対話したりが必要となるこの授業においては、知らない物事が多いという事実が、急に恐ろしくなった。

毎年、新しい生徒に会うたびに、多くのものが変化しているのを感じている。自身の性自認と性的指向/恋愛的指向を表現する言葉、生活環境を表現する言葉がますます明確になり、整理されつつあるのを実感するのだ。私自身も、同性の友達に感じたロマンティックな感情を説明できる言葉や、家族から逃げた私を説明できる言葉の存在を知るようになったが、私が私を表現する言葉は、以前と変わらないと感じている。数年間、このノートを広げては「私は女性なのか、違うのか。どんな性とも言われたくない」と書きつつも、こうした私の状態を、ジェンダークィア/クエスチョニング/エイジェンダー/トライジェンダー/ジェンダーレス/ニュートロイス/パンジェンダー/ジェンダーフルイド/バイジェンダー/アンドロジニーという単語のどれかに繋げてみることもなかった。こんな私の怠慢さは、芸術生産職に従事する職業人として、反省すべき問題ではないだろうか。

この文章のテーマは「女友達」だが、私は未だに「女」という単語を把握できないでいるため、ひとまずひとりの友達について書いてみたい。ソウル・宝光洞(ポグァンドン)に住む私の友達、その名はモ・ジミンだ。ここまで書いたものの、次に主語を書く段になって手を止めた。もともと書こうとしていたのはこう。「彼女の職業はドラァグクイーン、そしてドラァグクイーンネームであり彼女のもうひとつの名前はモア(MORE)だ」。私はこの文章で、モアを「彼女」と書こうとしたが、実は「彼」とも「彼女」とも書きたくない。モアもおそらく、彼/彼女のうちのひとつで呼ばれるのを望んでいないはずだ。彼/彼女ではない性中立人称代名詞がハングルにあればいいのだが、相応しいものがないため、ひとまず特定の人称代名詞の代わりに「モア」という名前で書き進めたいと思う。

モアに初めて会ったのは2014年秋のことだ。私はその時、イ・パクサのダンサーとしてステージに上がる準備をしていた。弘大(ホンデ)のどこかにあった地下ライブハウスの控室で、イ・パクサがくれた(彼の言葉通りなら東京ドーム公演で着たという)ラメジャケットとサングラスを着用し、カメラマンと遊んでいた私は、部屋の片隅で無言のまま微動もせず、見たことのないスタイルの化粧をし、黒いドレスを着て座っている「女か男かわからない」人を見かけた。その人がモ・ジミン/モアだった。美しさでめいっぱい武装したその人に近づいた私は、ただ「お姉さ~ん」と呼んでみた。モアは返事もせず、ただ微笑みを浮かべるだけだった。
私はやがてイ・パクサと一緒にステージに上がった。控室にあるモニターで私がダンスするのを見たモアは、息のあがった状態で帰ってきた私のもとにやってきて、好意的に話しかけてくれた。私の踊りがモアに、どんな形であれ何かを感じさせたようで、私は嬉しかった。
誰にも理解してもらえない存在の悲しみと寂しさを、お互いのダンスを通して覗き見たためだろうか、その日以降、私たちは愛し合う友達の仲になった(反対にイ・パクサとは、セクハラ事件のためすぐ決別した)。

私たちは会えば頬にキスをし、唇を重ねて抱擁を交わす。お互いの前では内面を打ち明け、服を交換して着あい、手をつないだり腕を組んだりして通りを歩く。モアと一緒に歩けば、モアを「お姉さん」と呼ぶ人、「あなた」と呼ぶ人、「お兄さん」と呼ぶ人、「お母さん」と呼ぶ人に遭遇する。初対面でモアに「女性ですか? 男性ですか?」と聞く人も、たまにいる。モアは自分に向けられた呼称のすべてに応え、「女性ですか? 男性ですか?」という質問には、ただ無言で微笑む。モアは自分のことをよく「ただの美しくありたい存在」と話す。

モアと私がおそろいの服を着てどこかのカフェで撮った写真が、「イ・ラン、夫とともに外出」というあきれた見出しを付けられ、ネットニュースに出たことがある。私たちの姿、私たちの関係は、ある人には混乱を引き起こす。モアは自分を美しくありたい存在だと言うが、モアは幼少時代、いじめられ、殴られ、侮辱されつづけた。モアはその記憶に今も苦しめられ、たびたび自分自身を「恥辱に満ちた存在」と呪う 。美しい存在でありたいのに、自分の姿を一生誰かに否定されるその感じは、私がフェミニズムに接し、女性たちの話を聞いて受けた感じと似ている。社会の中で「同等な存在」として生きたいのにも関わらず、何度も否定されてきた女性たちの語りはあまりに貴い。
その話の中に私を置き共感することで、私はどのような声を上げることができるのか、今この瞬間もずっと思い悩むことになる。そしてその悩みと共に、もっと多くのものが見えはじめる。

私の授業にやってきた生徒たちが、自分の状態を多様かつ正確な言語で表現する時、男/女で区別された出席簿の性別欄は邪魔なものになる。
お互いにパートナーのいるモアと私が、腕組みをして映画を観に行く。男/女に区別されたトイレの前で腕を解く時、その不自然さにいつも居心地の悪い思いをする。

私はフェミニズムを「排除の言葉」だとは思っていない。フェミニズムは「共感の言葉」「勇気の言葉」であり、誰でもフェミニズムを語るのに、自分が「女性」であると証明する必要はないと考える。『私たちには言葉が必要だ』というフェミニズム入門書のタイトルが、頭の中にずっと残り、ぐるぐる回っている。私たちには言葉が必要だ。より多くの言葉でフェミニズムを語らなければ。
いま日本のフェミニズムがどの段階まで来ており、どのような論争が起こっているのかは詳しく知らないが、「個々人の声を集めたい」という『She is』編集者さんの言葉を思い出しながら、この文章を書いている。
先週の青少年ワークショップで、授業が終わる前にアンケートを配り、性別欄の男/女表記についてどう思うか聞いた。生徒たちは、性別を選択する項目を初めからなくすか、「選択しない」という項目を追加してほしいと意見した。結局、私たちは性別欄に「選択しない」という項目を追加することにして、各自ペンで枠を書いた。
新しい世代が変えていく、新しい言葉たち。それらが生き生きと近づいてくるのを私は感じた。
そして『She is』が『They, One, Ze, Zie, Xe, E, Ey, Fae is』(※)となった時、どんな話を伝えてくれるのか楽しみだ。

その時まで『She is』でみんなの話に耳を傾け、共感し、応援し、そして嬉しい気持ちとともに「Girlfriend」の一員となりたい。私はもっと多くの言葉で、もっと多くのジェンダーとともに進むだろう。

※性中立人称代名詞

PROFILE

イ・ラン
イ・ラン

韓国ソウル生まれのマルチ・アーティスト。シンガー・ソングライター、映像作家、コミック作家、イラストレーター、エッセイストと活動は多岐にわたる。2006年、アマチュア増幅器(ヤマガタ・トゥイークスター=ハンバのソロ・プロジェクト)の「金字塔」のカバーから音楽活動をスタート、日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、ソモイム・レコーズと契約。2011年9月にシングル「よく知らないくせに」でデビュー。2012年春に初来日ツアーを実現させ、夏にアルバム『ヨンヨンスン』をリリース。韓国自立音楽シーンとびきりのニュー・タレントとして大きな注目を浴びる。2016年6月にはヘリコプター・レコーズから『新曲の部屋』コンピレーション、続けて4年ぶりとなる2枚目のオリジナル・アルバム『神様ごっこ』をソモイム・レコーズよりリリース(日本国内盤は同年9月にスウィート・ドリームス・プレスより『ヨンヨンスン』と同時リリース)。11月にふたたび来日し、かねてより交流の深い柴田聡子と「イ・ランと柴田聡子のランナウェイ・ツアー」の7公演を成功させ、今後ふたりの共作のリリースも予定されている。

INFORMATION

リリース情報
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イ・ラン
『神様ごっこ』(増補新装版)

2018年4月15日(日)
価格:2,160円(税込)
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