あこがれのあの人にも、苦しいことがある。『ザ・ガールズ』
柚木さんが2冊目に選んだのは、全米40万部、世界35か国で翻訳されたベストセラー小説、エマ・クラインの『ザ・ガールズ』(2016年)です。
1960年代末に起きたカルト教団による連続殺人事件「マンソン事件」をモデルにした本作。自らを囲う男を教祖のように崇拝する家出少女たちのリーダーであるスザンヌにあこがれる主人公と、少女たちのひとときを描いた物語です。
「あの子の隣にいたくて必死で楽しいフリをした、私達のための物語」という言葉を帯文に残した柚木さん。思い出すのは大学時代に追いかけていた先輩との日々です。
「学生時代、あこがれの女性の先輩を毎日のように追いかけて過ごしていました。置き去りにされたり、肝心なときにのけものにされたりひどい目にいろいろあったのに(笑)、私にはとてもまぶしく見えたんです。
でも、その先輩は私の前だとキャラが違っていて、普段は愛されたい気持ちが強かったり、ものすごく振り幅がある人で。私からしたら自由に見えた先輩も、周りの顔色をうかがったり、将来が不安だったり、本当は全然自由ではなかったと大人になってからわかりました。でも、その頃の私たちにとって、その先輩を追いかけていた日々は、キラキラとした無敵で最強な永遠のものだったんです」。
誰しもが経験したであろう青春の終わりが、エマ・クラインの瑞々しい描写によって、切なく、美しく思い出されます。
一緒に居ずにはいられない。おんなともだちとの複雑な友情『リラとわたし』
3冊目に紹介するのは、全4部にわたるエレナ・フェッランテのシリーズ作品『リラとわたし ナポリの物語1』(2017年)。こちらも世界50か国で刊行され、シリーズ累計550万部を突破したミリオンセラーです。
ナポリを舞台にした、ふたりの女性の60年近くにわたる複雑な友情の物語。真面目で内気なエレナと、負けん気が強く圧倒的な存在感を放つリラ。貧しく、暴力的な下町でふたりは出会い、競い合うように育っていきます。
近い存在ではありますが、愛してはいないし、親友とは言い切れない。「相手を見張り続けないと、私の人生が終わってしまう」という意識を互いに持つ、不思議な関係をふたりは築きます。
「ふたりとも能力は高いのに、暴力や貧困など社会的な問題に直面して、やっと手に入れた自由も淡く消えていきます。どちらか一方だけの力では決して乗り越えられない。ライバルだから目は離せない、さらに一緒に居ずにはいられない、というヒリヒリとしたふたりの関係がとてもいいです。なんでも話せるリラックスした親友という関係もいいけれど、こういう関係もいいなと思います」
成熟した友情に涙する『コードネーム・ヴェリティ』
4冊目に選んだのはエリザベス・ウェインのミステリー小説『コードネーム・ヴェリティ』です(2017年)。
第二次世界大戦中、ナチスの捕虜となったイギリス人女性スパイの拷問シーンからはじまる衝撃的な作品。イギリスに関する情報を手記にするよう強制され、彼女は親友である女性飛行士マディとの思い出を綴ります。その手記に秘められたメッセージとは?
「話が二転三転し、スパイである彼女は手記に暗号を隠していることがわかります。疑いながら読み進めていくのですが、ふたりの友情だけが本物だとわかると泣けるんです」と柚木さん。
難解な描写もありますが、ふたりが紡ぐ本物のシスターフッドの関係は涙なしには読めないと柚木さんは話します。
「戦争がなかったら、ふたりはもっと恵まれた環境で親友として時間を過ごしたと思います。でも、彼女たちはこんな環境下でも熱い絆を結んでいた。本物のシスターフッドだと思います。日本の作品だと友情を回想するものは多くありませんが、成熟した友情の魅力があると感じました」。
「友情は失敗しないと学べないし、友だちなら胸に痛い思い出があるのは当然」
選書したすべての本が「シスターフッドにまつわる本でした」と柚木さん。
「心の中は穏やかでなくても、いいタイミングで離れて、またくっついて、友情というのはそんなバランスでいいと思います。男性同士のケンカはさっぱりとしたイメージがあるのに、女性同士のケンカはドロドロとしたものが多いと決めつけられているように感じます。女性同士の友情って、仲良しorドロドロ、両極端に語られることばかり。でも、ドロドロの中にも本物の絆があるはずだし、中間のトロトロくらいで表現される感情もあると思います。
綺麗ごとばかり並べた、心がざわつかない相手なんてなかなかいない。友情は失敗しないと学べないし、友だちなら胸に痛い思い出があるのは当然です。嫌ったり嫌われたりしながら絆はできていくものだと思います」
一点の曇りもない美しい友情だけが素晴らしいわけではありません。関係を自由に変化させていきながら、そのときどきの感情に素直になって、いい距離感とバランスをとりながら、おんなともだちとの友情を紡いでいくといいかもしれません。
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