仕事相手とお酒を飲んだ経験があるだろうか?
あると思う。
では、なぜあなたは、仕事相手とお酒を飲むのか?
お酒は絶対に必要なものか?
私は「文具ソムリエール」としてメディアで文房具を紹介しているフリーランスだが、以前、お酒つきの食事をしたことがある仕事相手とトラブルが発生したことがある。困った私が知人に相談すると、彼女は、「でも一緒にお酒を飲んだでしょ?」と言った。
当時の私は、知らなかったのだ。
まさか飲酒が「落ち度」とされるなんて。そして、女性にとってのお酒が、時には危険を伴うものだなんて。
強いお酒を強要されて、泥酔した挙句望まない関係を持つはめになったり、最悪レイプドラッグによって意識を失わされることが思っていた以上に身近なことを知ったのはその後だった。「そんなこと知っている」と思わないで欲しい。重要なのは、「思っている以上に身近」という点だ。あなたが思っている以上に。
現代の日本では、男性の就業者は減少傾向にあるが、女性就業者は増え続けている(注1)ためか、働いている女性の出産・育児にまつわる問題などはしばしば日常会話の中でも話題にあがる。
しかし、その一方で、セクシャルハラスメントや、性的暴行、ストーカー行為などの問題は日常会話の中でもメディアでも、語られる機会が少ない。実際に被害を受けていたとしても、それを周囲や公的機関に訴えない女性が多いのは、相手が職場や仕事関係など親しい人物の場合、告発すると、今後の仕事や生活への影響が心配されるからかもしれない。
仕事関係者が問題を起こすケースは、決して少なくないのだ。
警視庁の資料によると(注2)、ストーカーなどの相談状況は、10年前の平成19年(2007年)は13,463件だったが、平成29年(2017年)時点では23,079件と、高水準で推移している。
総務省統計局「労働力調査」平成29年「ストーカー事案の相談等状況」より抜粋
平成19年 (2007) |
平成20年 (2008) |
平成21年 (2009) |
平成22年 (2010) |
平成23年 (2011) |
平成24年 (2012) |
平成25年 (2013) |
平成26年 (2014) |
平成27年 (2015) |
平成28年 (2016) |
平成29年 (2017) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
13,463 | 14,657 | 14,823 | 16,176 | 14,618 | 19,920 | 21,089 | 22,823 | 21,968 | 22,737 | 23,079 |
ストーキング被害者の年齢は、20歳代が全体の35.5%を占め、次いで30歳代、40歳代、10歳代と続く。一方、加害者の年齢は40歳代と30歳代が最も多く(それぞれ20.9%と20.8%)、20歳代、50歳代と続く。そして、被害者の性別は、女性が88.3%、男性は11.7%だ。
総務省統計局「労働力調査」平成29年「被害者の年齢、加害者の年齢」より抜粋
被害者(平成29年) | 被害者(平成29年の割合) | 加害者(平成29年) | 加害者(平成29年の割合) | |
---|---|---|---|---|
10歳代 | 2,295 | 10.1% | 877 | 3.8% |
20歳代 | 8,030 | 35.5% | 4,205 | 18.2% |
30歳代 | 5,645 | 24.9% | 4,803 | 20.8% |
40歳代 | 4,304 | 19.0% | 4,812 | 20.9% |
50歳代 | 1,523 | 6.7% | 2,606 | 11.3% |
60歳代 | 554 | 2.4% | 1,501 | 6.5% |
60歳以上 | 250 | 1.1% | 786 | 3.4% |
年齢不詳 | 29 | 0.1% | 3,489 | 15.1% |
総務省統計局「労働力調査」平成29年「被害者の性別、加害者の性別」より抜粋
被害者(平成29年) | 被害者(平成29年の割合) | 加害者(平成29年) | 加害者(平成29年の割合) | |
---|---|---|---|---|
男性 | 2,698 | 11.7% | 19,093 | 82.7% |
女性 | 20,381 | 88.3% | 2,749 | 11.9% |
その他 | ー | ー | 1,237 | 5.4% |
つまり、今の日本におけるストーカーの典型的な構図は、被害者が20~30歳代の女性で、加害者が30~40歳代の男性、ということになる。
問題はここからだ。
被害者と加害者の関係を見てみよう。
総務省統計局「労働力調査」平成29年「被害者と加害者の関係」より抜粋
平成29年 | 平成29年の割合 | |
---|---|---|
特定のもの | 22,630 | 98.1% |
ー配偶者(内縁・元含む。) | 1,698 | 7.4% |
ー交際相手(元含む。) | 10,350 | 44.8% |
ー知人友人 | 3,035 | 13.2% |
ー勤務先同僚・職場関係 | 2,540 | 11.0% |
ー面識なし | 1,716 | 7.4% |
ーその他 | 1,494 | 6.5% |
ー関係(行為者)不明 | 1,797 | 7.8% |
密接関係者 | 449 | 1.9% |
※「その他」とは、従業員と客、近隣住民 等
※「密接関係者」とは、特定の者と社会生活において密接な関係を有する者(家族、友人等)をいう。
「交際相手(元を含む)」(10,350件)が全体の44.8%ともっとも多いことに目がいくが、見逃してはならないのは、「配偶者(内縁、元を含む)がストーカー化する場合」(1,698件)よりも、「知人友人」(3,035件)「勤務先同僚・職場関係」(2,540件)がストーカーになるケースのほうが多い点だ。
内閣府による別の調査(注3)では、「無理やりに性交等された被害経験」の被害者と加害者との関係は、「職場・アルバイト先の関係者」が14.0%で、「まったく知らない人」の11.6%を上回る。14%という数字は、「配偶者・元配偶者」と「交際相手・元交際相手」の、それぞれ23.8%に次ぐ数字だ。
内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査」(平成29年度調査)「無理やりに性交等された被害経験(2)加害者との関係」より抜粋
総数 | 女性 | 男性 | |
---|---|---|---|
配偶者(事実婚や別居中を含む)・元配偶者(事実婚を解消した者も含む) | 23.8% | 26.2% | 8.7% |
交際相手・元交際相手 | 23.8% | 24.8% | 17.4% |
職場・アルバイト先の関係者(上司・同僚・部下、取引先の相手など) | 14.0% | 14.9% | 8.7% |
通っていた(いる)学校・大学の関係者(教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者など) | 6.1% | 5.7% | 8.7% |
兄弟姉妹(義理の兄弟姉妹も含む) | 4.9% | 5.7% | ー |
職場・アルバイト先の客 | 3.0% | 2.8% | 4.3% |
親(養親・継親又は親の交際相手) | 2.4% | 2.1% | 4.3% |
上記以外の親戚 | 2.4% | 2.8% | ー |
SNSなどインターネット上で知り合った人 | 2.4% | 2.8% | ー |
地域活動や習い事の関係者(指導者、先輩、仲間など) | 1.8% | 2.1% | ー |
生活をしていた(いる)施設の関係者(職員、先輩、仲間など) | 1.8% | 0.7% | 8.7% |
その他 | 7.3% | 7.8% | 4.3% |
まったく知らない人 | 11.6% | 11.3% | 13.0% |
無回答 | 8.5% | 5.7% | 26.1% |
※これまでに、相手の性別を問わず、無理やり(暴力や脅迫を用いられたものに限らない)に性交等(性交、肛門性交又は口腔性交)されたことがあった164人に聞いた回答結果。
以上の資料から明らかなことは、ストーカーや性的暴力の加害者が仕事関係者であるケースは、決して少なくないことだ。
この事実が、冒頭の問いにつながる。会食でのお酒は、本当に必要なのか?
私は、多くの人と身を守る術を共有したい。資料や文献、実体験をふまえ、現状を把握し対策を講じることで、男女間に不要な対立を生まずに被害を減らしたいと思っている。
そこで、トラブルを避け、身を守るために、5つの「ない」を提案する。
1.会食でお酒を必要以上に飲まない
親睦を深めるビジネスの会食にお酒は必須ではない。しかし、お酒を飲まなければ付き合いが悪いと言われ、下心がある相手の場合、飲むことは「被害者にも落ち度があった」という加害者の免罪符になり得る。この板挟みにならないためには、リスクが少しでもある相手との会食は昼にする、夜の場合には健康面を理由に飲酒を断るほかない。
実際、女性の体は、男性よりもアルコールに弱い。女性の飲酒は、乳がんなど女性特有の疾患のリスクを増大させることもわかっているし、同じ体重、飲酒量であったとしても、男性と比べて水分量が少ない女性は血中アルコール濃度が高くなりやすく(注4)、アルコールの代謝能力も平均すると男性の3/4程度のため、男性と同等の量の飲酒をするのは健康面から見てもよいとは言えない。
2.個人的な連絡先を教えない
LINEやSNSなど気軽に連絡できるツールは、心理的距離を縮め、円滑に仕事をすすめるプラスの側面を持つ一方で、お互いの距離を誤認しやすい。相手に対して好意がなかったとしても、相手は「好意を持たれている」と勘違いすることは少なくない。そして、トラブルがあった時には、「好意がないなら、なぜ個人的な連絡先を教えたの?」と言われてしまう。
電話や社用メールに加え、LINEやFacebookメッセンジャー、TwitterやInstagramのDMなど、連絡手段が増えたことにより、誤解に基づくトラブルが起こりやすくなっていることを心に留めたい。
3.「そんなこと」と言わない
面倒な女だと思われるから、セクハラ行為など「多少」の不快な出来事には目をつむって、忘れてしまおうと思っていないだろうか。そして、不快な出来事が日常的に起こりすぎていて、知人に相談を受けた際に「そんなこと、いくらでもある」と突き放していないか。はたまた、被害を受けることは恥だとか、騒ぐと女性の立場が悪くなる、と思っていないだろうか。恥はセクハラ行為のほうであり、被害の訴えは「騒ぎ」ではない。不快な出来事は「そんなこと」ではないし、被害が「あること」と「あっていいこと」は別だ。
4.愛想笑いをしない
部下を前にして「最近、セクハラセクハラってうるさいよね」と同意を求めるという、無自覚なセクハラがある。そこで「その発言がセクハラだし、時代錯誤も甚だしい」と言えればいいが、多くの場合、この傲慢で失礼な発言に絶句して、愛想笑い程度のリアクションしかできない(そしてこの人物が上司であることに絶望する。自分が被害に合った時にまともに取り合ってもらえないことが明白だ)。
しかし、彼らは愛想笑いと心からの笑いを見分けることができない。さらに愛想笑いを「OKのサイン」と解釈することもある。もし、こちらがはっきりと「NO」を表明したとしても、相手が「恥をかいた」と感じれば、自らの言動を省みることなく、恨まれることさえある。なので、セクハラ発言に対して異論を唱えられない場合には、愛想笑いはせず、他の話題に変えてしまおう。ただし、食べ物の話は避けたほうがいい。おめでたい相手が、食事の誘いだと思うかもしれないから。
5.加害者にならない
女性は常に被害者だとは限らない。気づかないうちに加害者になっているかもしれない。他人の体(筋肉)を触ったり、プライベートに必要以上に立ち入ったりしていないか。セクハラ、ストーカーの被害者に男性がいることも忘れてはいけない。
セクシャルハラスメントやストーカー行為、強制性交など、私たちは多くの危険と隣り合わせになっている。身近に当事者がいなくても、油断してはいけない。「いない」のではなく「見えない」だけだ。
ところで、本コラムに不満を持つ方がいるかもしれない。私が、加害者側ではなく、被害者になりえる人々に向けて「××するな」と言っているからだ。行動の制限は加害者側に向けるべきで、被害者に向けるべきではない……。
その通りだと思う。
強調しなければいけないのは、仮に本コラムの「~しない」を実行しなかった人が被害者になったとしても、何の落ち度もないことだ。罪は100%加害者にある。
だが、残念なことに、今の日本社会はまだ、被害者側の自衛が欠かせない段階にある。もちろん、社会は変わらねばならない。しかし、社会が変わる日までにも、多くの被害者が生まれてしまう。
だから、身を守ろう。
注釈
1 総務省統計局「労働力調査」平成29年
2 「平成29年におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応状況について」警視庁生活安全局生活安全企画課
3 内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査」(平成29年度調査)
4 厚生労働省 eヘルスネット「女性の飲酒と健康」