めまぐるしい科学の進歩により、体のこと、自然のこと、あらゆる謎が続々と解き明かされる現代です。しかし、占いや願掛けという文化は廃れる気配をみせません。わたしたちは、きっとこれからも何かをかたくなに祈りながら、おそるおそる信じながら、日々と向き合っていくのでしょう。身を委ねざるをえないことも、ままならないこともたくさんある。だからこそ、意志の力を携えて、光のほうに進みましょう。幸運の良き友として、傍にいられるように。
今回は、運命を感じさせるモチーフで作品を制作する方々を紹介します。ささやかな運命、目に見えない運命、ときにまばゆい輝きを放つ巡り合わせ。あなたが「運命」について思いを馳せるきっかけになりますように。
小さな運命の連鎖によって成り立つ日常、北住ユキ
『HB Gallery File Competition』Vol.26鈴木成一特別賞などの経歴を持ち、書籍の装画や雑誌の挿画を多数手掛けるイラストレーター、北住ユキさん。
彼女は日々の制作の合間に描きとめた絵日記を公開しています。「どこへ行った、なにを見た」というスタンダードな内容から、見過ごしてしまいそうな一瞬、一見日記ではなく作品のように見えるものなどスタイルは様々。多角的に日常を切り取り描き留めています。何気なく過ぎていく日々は、小さな運命の連続です。時間を掬い上げるように目を凝らしていれば、心に残る瞬間を見過ごすことなく仕留めることができるかもしれません。
生活や制作の中で「運命」について意識することがあるか質問をしてみると、こんなコメントが返ってきました。
「運命」という言葉は少し重い気がしますが「偶然は必然だ」という言葉に 私は妙に納得してしまいます。偶然に引き寄せられているようにみえて 意識せずとも気の合う人たちに出会うとか、目的に近づけるとか、です。第六感が正解だったなぁと思うこと、多いです。
第六感を感じるときの心の動きはとても神秘的。直感的なひらめきや、外部から訪れる思いがけないできごと、そういったものの積み重ねが、それぞれのたったひとつの日常を彩っていくのだと思います。
ジェダイによる、信念と祝福の結晶
ドローイングや布と紙の花瓶、使用済みボールペンの芯で出来たネックレスなどの作品をこれまで発表してきたジェダイさん。彼の近作には、プリキュアのフィギュアを使ったネックレスが目立ちます。「大好きなプリキュアとずっと一緒にいるために」という理由から生み出されたこの作品は、シリーズ化するにあたり愛と比例するかのごとく次第にボリュームを増していき、まるで祭壇のような体を成していくのです。
自分を解放して祝福するための儀式のように見えるから変身シーンに感動を覚えるのだということや、オープニングで繰り返される「なんでもできる、なんでもなれる」というフレーズに対する「知ってるって事と信じる事はぜんぜん違うの」という所感など、Twitterには彼がプリキュアを愛する理由が多数投稿されています。何かを強く信じる思いは、行動の基礎となる態度に表れます。そしてそれは今後の日々の成り行き、つまり運命に多かれ少なかれ作用していくことでしょう。
今期のプリキュア、オープニングで主人公の子が毎週 何でもなれる何でもできるって言ってくれるの。知ってるって事と信じる事はぜんぜん違うの。
— 東京ガールズコレクション(ジェダイ) (@Kientibakori) 2018年12月2日
プリキュアの変身シーンが好きで、それは自分を解放して自分を祝福するための儀式をしているように見えてたまに深く感動してしまうんだけど、この方の動画もいつも同じ感動があってほとんどプリキュアなんですよね。ギャグとかじゃなくて https://t.co/FGCUfxk7Qm
— 東京ガールズコレクション(ジェダイ) (@Kientibakori) 2018年10月12日
生活や製作のなかで「運命」について意識することがあるかという質問に対する、彼の返答はこちらです。
「運命」については、やんわりと信じているといった感じです。やるかやらないかで迷ったときなどには(それがどうなるかはあらかじめ決まっている)(だったらやってみよう!)という風に考えて行動する時がありこれは便利です。
製作に関しては特に運命を意識した事はありませんが、何か移動する座標のようなものの存在を感じる事があります。 普段は服の製作をしているのですが、締め切りとは別に、どうしてもその時までにそれを具現化しておかなければならないという時があります。 その時を逃してしまうと、同じものを作ってももうダメだったり。逆に昨日までダメだったものが今日は突然大丈夫になったりという事がよく起こります。それは潮の満ち引きや、星の運行ととてもよく似ていて、コントロールできないそういった部分が運命に似ているかもしれません。 ファッションの世界なのでトレンドと関係あるのかもしれませんが、おそらくどんな行為にも移動する座標は存在していて、ただファッションの世界はその移動が速いのかもしれません。
おそらくどんな行為にも存在している、移動する座標のようなものの存在。思い当たる感覚が頭の中でほんの数秒再生され、ごくパーソナルなはずの部分を詳しく言い当てられたようで少しギクリとしました。「自分にとってはどうしてもそうじゃないとダメなこと」のムード、なにかとめぐりあう気配……。わたしたちは、抽象的かつ圧倒的な、コントロール不可の何かとたしかに隣接しています。確信の持てないことばかりだけど、焦ってばかりもいられない。上手に捉え、付き合っていきたいものです。信じることを諦めずに、祝福を忘れずに。
三好愛が描く、めぐりあわせたことの愛おしさ
『HB Gallery File Competition』Vol.26 大賞受賞(永井裕明賞)、ADC賞2018ノミネートなどの経歴を持ち、装画や挿絵、CDジャケットを手掛ける三好愛さん。
抱きあい、ふれあい、そして接点が溶け合う人たちを描く彼女のイラストはとても印象的。体裁を気にかけながら社会生活を営むはざまで、こんなふうに深く関係しあえる誰かと出会えたら、それは素晴らしいことです。スキンシップだけでなく、心理的にごく密接な繋がりを獲得できれば、それこそまさに運命と呼びたくなるかもしれません。そして彼女の描く絵のように、一見すると禍々しい存在や異差を感じる存在にも歩み寄り、良い関わりを持ちながら、日々を送っていきたいものです。
彼女にも、生活や制作の中で運命について意識することがあるか尋ねてみました。
今日大切に思ったヒトやモノがあり、でも次の日はそれらをうとましく思ったり、さらに次の日はどうでもよくなったりと、細かい感情のブレをたえず抱えながら過ごしています。なので、他者との関係をつくるのはときにめんどくさくもあるけれど、めぐりあわせたことへの愛おしさ、みたいなものは忘れないでおきたいな、と思いつつ、そんなことを動機に作品をつくっています。
距離がぐんと近づいたり、はたまた離れてしまったり、人間関係は一筋縄ではいきません。自分や相手の揺らぎに柔軟に対応し、縁そのものを尊重しましょう。面倒臭さと愛おしさを、あるがまま見つめて、抱き寄せて。