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会いたい、会いたすぎる。/佐藤文香

『そんなことよりキスだった』スピンオフ「小泉くんin神戸」

2019年1月 特集:ハロー、運命
テキスト:佐藤文香 編集:野村由芽
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お正月isヒマ。ヒマなのでApple MusicでCINRA.NETのプレイリストを聴きまくり、気になったミュージシャンの名前でTwitter検索する、というのを繰り返していたら、

「この曲、叔母がうちの父を『兄さん』と呼ぶのに萌える、そんな気持ちになりましたね」

という、わかるかわからないかギリギリの、いやほとんどわからない感想を見つけてしまって、この比喩はなんだかすごいぞ、絶対にこの人と会わなければいけない、と思ってプロフィールを見たら、な、なんと! 小泉くん!? 私は盛大にMILOを吹いた。たまたま見つけて懐かしくなって飲んでみたMILOを、だ。昔はとても美味しいと思っていたMILOを、だ。いや、MILOのことはどうでもいい。
小泉くんは、大学時代に同じゼミだったのに来なくなって、デートに誘っていいところまでいったのに、するりとかわされて連絡がとれなくなっていた男の子である。あれから10年以上が経ったわけだから、男の子ではなくおじさんの仲間入り、か。私は去年、目尻に笑い皺が出現した。こちらも立派なおばさんです。
ツイートを遡ると、小泉くんは今神戸に住んでいるらしい。どうも、あんまり名前が出ないような、言ってみれば作家ではないタイプの、カメラマンをしていることがわかった。会いたい、会いたすぎる。
 
「小泉くん、おひさしぶりです佐藤です。覚えてますか。最近本が出たんで、書店まわりで関西行くんだけど、都合ついたら写真撮ってくれたりしませんか」

Twitterでフォローと同時にダイレクトメッセージを送った。無視されたら諦めよう。

「佐藤さん、おひさしぶりです小泉です。佐藤さんの本、買って読んでますよ。神戸、ぜひ。tofubeats“水星”のMVみたいなかんじで撮りますか」

なに? 本を買って読んでくれているだと……? 私のことめっちゃ覚えてるやん! 覚えてるどころの話やないやん! しかも、“水星”って。ちょうど私が思ってたやつやん! なにそのピンポイント! てか、私神戸出身やし。はい、運命。運命確定。

すごい勢いで日程調整し、DMだとアレなので、とLINEのIDも聞き出し、撮影だけでなく前夜に夕飯の予定も取り付けた。生田神社のそばに宿をとり、そこからすぐのワインバーを予約。もう私、すぐにでも元町に移住したい。Googleマップのストリートビューで元町から南京町へ、ポートタワーへと散策し、すごいストリートビュー酔い。住むなら西元町駅の近くかな。って、それは気が早すぎです。

撮影前日、新幹線で新神戸に到着した私は、ひさしぶりのみどりのUライン(市営地下鉄)を写真に撮ったりしながら三宮へ、いったんホテルに荷物を置いて、ワインバーに向かった。
店に着いたら、カウンターの一番手前の席に、小泉くんがいた。思っていたより、少し大きい。

「ひさしぶり! わー、ほんとに小泉くんだ」
「ひさしぶり。ほんとに小泉です」
「あはは。ほんとに佐藤です」

やっぱりイケメンではないけれど、好きな顔だ。

「佐藤さん、神戸出身とはいえ、なんでこのお店知ってたの?」
「私、食べログマニアでさ。いや、課金はしてないけど。誰かと飲みに行くとき、店決める役を買って出て、食べログでいい店探して予約する人として活動してる。ここは去年神戸出張のときに来てみたらやたらよくて」
「自分も前からここ好きだったから、おお! と思った」
「友達とかと来るの? 一人でも飲んだりする?」
「ここは妻とよく来るんだ」

……妻。
え? 妻って言った今? それは小泉くんの……妻? つまりその、結婚してるってこと? いやなんで? まぁそうか年齢的に言ったらその可能性もなくはない、なくはないけど小泉くんが? はよ言ってよ、いやたしかに、こっちも聞かへんかったけどさ、いやしかし、ほらそしたら、私、今日、なんのために来たん? 明日写真撮ってもらうにしても、やで? 私の運命、マジでどこいったん?

「お客様、お飲み物、何にされますか」
「自分は、泡にしようかな」
「ええ、っと、私、白ワインで。微発泡っぽいやつあります? ちょっと濁ってるかんじの」

危ない危ない、現実に戻らな。平常心平常心、って、何が平常心や! 何が撮影や! いや、写真は撮ってもらわなあかん。本出したからTwitterの写真を替えたいし、3月の北海道の講演のチラシから近影も変更したい。そやで、写真のために会いに来たんやで。
……どうやら私の心の声は関西弁らしい。ここが神戸だからか。育ちが神戸だからか。

ワインを飲んで、仔羊とクスクスを食べて、デザートの代わりに食後酒まで飲んで、美味しかったしいろいろ話もしたけど、はぁ。ホテルの前まで送ってくれた小泉くんと一応笑顔で別れて、ひとりで部屋に帰ってきて、私は。どうしたらこの落ち込みから立ち直れるか、明日までに。メイクを落とし、顔面にフェイスマスクを貼りつけ、コンビニで買った1リットル紙パックの麦茶をストローで飲みながら、考えた。
そっか、この気持ちの流れ、全部言えばいいんだ。大学時代、一緒に遊んだあと、連絡が取れなくなって寂しかったこと。今回Twitterで見つけて運命だと思ったこと。まさか小泉くんが結婚してるとは思わず、それを知って驚くほど落ち込んだこと。でも、会えたのは素直に嬉しいし、これからは友達でいられたらそれでいいということ。全部説明できれば、きっとうまく思い出になる。何から話すか、どう言えば重くなく、笑ってもらえるかを考えながら眠った。

撮影当日、おだやかな晴れ。昼からの撮影なのに顔のむくみはとれておらず、30代とはこういうものなのだと思い知らされつつも、撮ってもらうこと自体は楽しかった。私もカメラを持ってきていたので、私を撮ってくれる小泉くんの写真を撮ったりした。小泉くん、カラフルなマフラーが似合ってる。
街を歩きながら、自分の気持ちの話をいつするか、うかがい続けた。「この道予習してきたよ、ストリートビューで」とか、言いたかったけど、それだけ言ったんじゃ、ただの気持ちわるい人だ。南京町は通らず、海沿いを歩いてハーバーランドに出た。小泉くんは私の上着と荷物を持ってくれて、私は赤いセーターで。神戸、好きだ。

写真を撮ってもらったあと入ったオシャレな喫茶店でも、自分の気持ちは話せなかった。「この写真、『カメラ日和』っぽいですね」「たしかに! カメラで顔が全部隠れてるとかわいく見える」みたいな会話で、終わった。もうちょっとしてからの方がいいのかな、それこそ10年後くらいに会って言えばいいのかな、と思った。

うん、それぞれ、幸せになりましょう。片思いのわりに私、えらそうだけど。
もしかしたら、今日会ったのが伏線になって……みたいな運命も、あるかもしれないし、もちろんなくても、全然いいよ。

   裏白や棕櫚の箒を売るカフェの   文香

PROFILE

佐藤文香
佐藤文香

1985年兵庫県生まれ。中学1年生のとき、夏井いつきの俳句の授業に衝撃を受け、俳句を始める。第2回芝不器男俳句新人賞にて対馬康子奨励賞受賞。池田澄子に師事。
句集『海藻標本』(宗左近俳句大賞)、『君に目があり見開かれ』。俳句甲子園の漫画『ぼくらの17-ON!』①〜④(アキヤマ香著)の俳句協力。共著『新撰21』、編著『俳句を遊べ!』、『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳②生と夢』、『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』。2018年12月、恋愛掌編小説集『そんなことよりキスだった』(左右社)刊行。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『そんなことよりキスだった』
著者:佐藤文香

2018年12月25日(火)発売
価格:1,890円(税込)
発行:左右社
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