単純ですけど、褒められたことで、向いているのかもしれないと、自信が湧きました。(脇田)
デザイン事務所・コズフィッシュに所属し、グラフィックデザイナーとして活動するかたわら、アートブック・スカーフの作品制作など、個人での活動も行う脇田あすかさんは、やわらかな思いや、見過ごしてしまいそうなときめきの瞬間に、デザインという方法で器を与えている人です。デザイナーとして、充実した現在を過ごしているように思える脇田さんですが、もともと現在のお仕事を志していたわけではないと言います。
脇田:中学生の頃は、スタイリストになりたいと思っていました。世の中にある素敵なものを探したり、集めたり組み合わせたりすることを仕事にできるなんて最高じゃん、と考えていて。でも、どうやったらなれるのかさっぱりわからなかったんです。
そんななか、友人が美大へいくための美術予備校に通っていたことを知って、美大ってものがあることを知りました。なんらかの形で表現することに関わりたいという気持ちがあったし、絵の勉強をして大学を受験できるなら楽しいかも、というわりと安直な気持ちが入り口でした。そのあとそれがいかに大変かを身をもって知りましたが……。
おしゃれなもの、かっこいいものへの憧れは、昔からずっと変わらずに自分のなかにあって。だけど、大学に入ってから1、2年間は、自分の何もできなさに絶望していました。理想だけはどんどん高くなっていくのに、やれどもやれども、そこに自分が追いつけなくて嫌になってしまったりもしました。
表現に携わりたいという思いを抱きつつも、一度は自身が思い描く理想像と現実のギャップに心が折れそうになったことがあるという脇田さん。そこから再び夢に向けて歩みを進めるには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
脇田:私が通っていたデザイン学科は、グラフィックやプロダクトなどを垣根なく学ぶところだったんです。だから、初めからグラフィックだけをやっていたわけじゃなくて、授業で椅子を作ったり、いろんなことをやっていました。
そんななか、あるとき授業で作ったグラフィック作品が、先生から褒められたんです。単純ですけど、褒められたことで、向いているのかもしれないと、自信が湧きました。漠然とデザインに関わる何かをやりたいと思っていたけど、そこからはグラフィックに集中して、勉強したり、作ったりするうちに、作るもののコントロールが効くようになっていきました。そうやって少しずつ、自分が進む道を絞っていったんです。
大学生時代のアートブック作品
大きく漠とした「夢」の輪郭が、できることから手を動かして取り組んだ結果、具体性を帯びて描き出されたこと、さらに身近な人の眼差しによってこれまで見えていなかった景色が開けていったという部分は、井樫さんとも重なるようです。
グラフィックという依り代を得て、表現に関わりたいという夢を実現した脇田さんですが、デザインにおいてはひとつのコンセプトを徹底してやりきる、潔いシンプルさを大切にしているのだそう。
そうした脇田さんのスタイルに影響を与えた5つの作品と存在を教えていただきました。
『文体練習』(レーモン・クノー)/「バスの車中でのとある出来事を、さまざまな文体で書き分けていくという本」
脇田:バスの車中でのとある出来事を、さまざまな文体で書き分けていくという本で、視点を切り替えることで見せ方を変えていくやり口が賢いなと感じます。本の装丁が『花椿』などを手がけていた仲條正義さんで、物としてもすごく美しくて好きなんです。過剰なデザインはされていなくて、ちょっとひねりがある感じというか。折に触れて読み返しています。
『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ)/「主人公がどんな状況でもハッピーで明るくて、私自身もそうありたい」
脇田:一番好きな映画なんです。主人公のキャラクターが超好きで、ああいう人と結婚したい(笑)。主人公がどんな状況でもハッピーで明るくて、私自身もそうありたいなと思います。あの内容で、『ライフ・イズ・ビューティフル』というタイトルにも、すごくぐっときます。
『暮らしのヒント集』(暮しの手帖編集部)/「丁寧に生活して、たまにさぼったりもしながら、生活と仕事をいい塩梅で」
脇田:松浦弥太郎さんをきっかけに、読むようになった本です(松浦弥太郎は2006年から2015年まで『暮らしの手帖』の編集長を担当)。私は、仕事も好きだけど、生活も大事にしたいと思っていて。でも、デザイン業界って、寝ずに根詰めて頑張って成功するという話が多いんです。私はそうじゃないやり方もあると思うから、丁寧に生活して、たまにさぼったりもしながら、生活と仕事をいい塩梅でしている感じでありたいなって。疲れたときに読んで、「背筋を伸ばしなさい」って書いてあるのを見て、ハッとしたりします。
『pink』(岡崎京子)/「『やりたいようにやる』という考えが根っこにある感じにぐっときます」
脇田:岡崎京子さんの作品は全部読んでいるんですけど、なかでも『pink』が一番好きです。中学生の頃、初めて読んだときは衝撃で。『暮らしのヒント集』についての話と真逆みたいですけど、はちゃめちゃで自由な感じがいいんです。ほかの人のことを全然考えていない身勝手な登場人物が多いんだけど、そういう生き方に憧れます。
主人公のユミちゃんは、自分の部屋に植物とか家具とかお気に入りのものだけを集めて、大切な空間にしているんです。ピンクのバラをたくさん買って「お金でこんなキレイなもんが買えるんならあたしはいくらでも働くんだ」って言うシーンがあって、それもまた「やりたいようにやる」という考えが根っこにある感じにぐっときます。
ゆらゆら帝国(坂本慎太郎)/「大人っぽいというか、すごく色気を感じます」
脇田:ゆらゆら帝国だったバンドの頃も、坂本慎太郎さんのソロになってからも、純粋にすごく好きなんです。次のライブは抽選に外れて、落ち込んでいます……。すべてがちょうどいい自分にぴったりくる気がするんですよね。
ゆら帝(ゆらゆら帝国)に対しては、知ったのが高校生のときだったからかもしれませんが、大人っぽいというか、すごく色気を感じます。ライブでもあまり喋らないし、アンコールもしなくて、「曲を聴ければいいでしょ」みたいな、ストイックな姿勢もよくて。歌詞と曲調をきちんと合わせることを意識してると何かで読んだことがあって、そういうところにも魅力を感じます。それで変な歌詞ばっかりなんですけど(笑)。
「突拍子もないこと」の例えのように言われてしまうこともある「夢」ですが、眠っているときに見る夢も、日々の記憶のさまざまな断片から紡がれると言われているように、未来をまなざす夢も、心揺さぶられる人や物事との出会いの連なりでできていて、それらが養分となり、描いた夢へと確かに歩むための脚力をつくるのかもしれません。
そうして叶えられた夢が誰かの新たな夢を育むきっかけとなり、突拍子もないと思われていた夢同士が接続してゆく、その営為にもまた夢は宿るのだと思います。
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