眠っているときに見る夢、いつか叶えたい将来の夢。道に多くの花が咲き、柔らかな陽が差し、あたたかな風に背を押され浮き立つような春は、夢について思いを馳せるのにぴったりの季節です。夢というほど大袈裟でなく、ちょっとした想像や、ままならない現実を差し置いた妄想だって構わない。夢見ることそれ自体が、その景色に近づいているしるしです。理想を抱く心を忘れずに、前を向いて暮らしていけたら素敵ですね。
今回はさまざまな夢を描き出すイラストレーターを紹介します。子供のころの夢の象徴、夢と現の境界線、嗜好としての眠り。あなたにとっての「夢」について考えるきっかけになりますように。
ユーモラスでファッショナブル、牛木匡憲の描くヒーロー
武蔵野美術大学卒業後、文具メーカー・web制作会社を経て、現在アーティスト・イラストレーターとして活躍する牛木匡憲さん。毎日一枚顔を描き発表しつづけているインスタグラム『ushikima』や、「でんぱ組.inc」のライブグッズを担当したことでも知られています。
漫画・アニメ・特撮などをベースに、ユーモラスなものからファッションを意識したものまで、時代や媒体に合わせた表現を発表し続けている彼。幼少期の夢の象徴とも言えるスーパーヒーローを描いたシリーズには、性別を問わず心を揺さぶる力があります。ただ懐かしいだけではなく、ポジティブなエネルギーがみなぎっていて、眺めていると次第に気分が軽くなっていきます。
「子供のロマンであるヒーローを、大人の視点から見たときの魅力」について牛木さんに尋ねたところ、こんなコメントが返ってきました。
現代社会で勇気を出さなければならないシチュエーションは多くあると思う。ヒーローは勇気の象徴で、僕ら大人も無意識にヒーローを求めている気がします。その圧倒的なパワーも佇まいも清々しいと感じるところがヒーローの魅力です。
ヒーローという概念や、その存在の価値は、子供だけに寄り添う特権ではありません。「勇気が足りない」という場面において、暗澹たる気分に足を取られるのではなく、ヒーローのように清々しくポップなものを連想することで自らを鼓舞できたら素晴らしいですね。元気をもらえる魔法のようなモチーフ・夢のような対象を心に留め、それを忘れずにいられたら、きっとあなたの生活の支えになることでしょう。
夢のような記憶を繋ぎとめる作家、カヤヒロヤ
デザイン会社退社後、グラフィックデザイナー・イラストレーターとして独立したカヤヒロヤさん。イラストノート紙上コンペ『第一回ノート展キャラクター部門』大賞受賞などの経歴を持つほか、イラストレーターの高橋由季さんと結成したデザインユニット『コニコ』としても活動しています。
彼のイラストには、白昼夢を見ているような人や夢の中のような情景、人が眠っている様子が度々描かれます。これらの作品群が醸し出す世界観は、夢と現の境界線があやふやで、わたしたちをフワフワと心地よく痺れさせます。
「夢と現が入り混じる世界観を表現するようになった理由」について、カヤさんに問いかけてみました。
2017年頃から、子供の頃に遊んだゲームや、親に連れられて行った場所など、記憶の断片に残っているものを組み合わせた作品を描くことが多くなり、 あいまいな記憶の中にある夢のような出来事やゲームの世界を、遠くからゆうれいになって自分が見ているような感覚で表現しています。
子供の頃の記憶というものは、なぜか切なさが付きまとうものだと思います。目に映るそれぞれが新鮮で、外の世界は果てしなく遠く、夢中で、無力で、甘やかで。今はもう失ってしまった感覚がかつてはここにあり、この体がそれを経験してきたのだと思うと、なんだか嘘のようです。その記憶を探る作業は、たしかに“遠くからゆうれいになって”自分を見ているよう。脳内で行われる大胆かつ密かなこのショートトリップは、もっとも身近な夢の旅だといえるかもしれません。
森由香里が描き留める、眠りに対する偏愛。
第183回『ザ・チョイス』入選、第15回『TIS公募』入選などの経歴を持ち、今年3月にはHB Galleryにて個展『起きたら眠る』を開催した森由香里さん。
彼女の描く絵の主なモチーフは、睡眠。空中、水上、大小様々な部屋、あらゆる場所でただひたすら女の子が眠っています。ひんやりとした静寂の中に気迫のようなものが僅かに感じられ、まるで神聖な儀式のようにも映ります。描かれた人物から受ける印象は、孤独よりもむしろ充足感です。
「眠り」を描き続けている理由を森さんに尋ねたところ、こんな言葉が返ってきました。
私は眠ることがなによりも好きで、眠っている人を見るのも好きです。だだっ広い空間で眠っていることをイメージすると落ち着くのでそれを絵にしています。解放感をもって絵を描くことを目標にしています。
森さんの「眠り」への偏愛が、絵の中に注がれているのですね。忙しい生活の中で、わたしたちは「開放感」を得ることの大切さを忘れがち・諦めがちになっているかもしれません。広々とした場所へ通うことがもし実際には困難だとしても、空間を思い描くことにはきっと気持ちをやわらげる効果があるはず。夢想することを忘れない限り、わたしたちはきっと遠くに行ける。そして今いるこの場所を、自分自身をより一層大切にできるものだと思います。