スキンケアのサブスクリプションサービスやビューティアプリ、高機能コスメの数々。「美」を表現する手段が日々進化を遂げている現在、世の中でいわれる「美」の基準が変化していることを肌で感じている人も多いのではないでしょうか。そんな急速な変化の中で、私たちは「美」に対する価値観をどのようにアップデートしたらよいのでしょう。
『She is BEAUTY TALK』は、資生堂が横浜・みなとみらいに新たに立ち上げた研究所「資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)」とShe isが新たにスタートさせたトークイベントシリーズ。She isのGirlfriendsがオーナーとなり、さまざまな業界・年齢・国籍の最先端で活躍するゲストとともに「美」を考えていきます。
第一回目のオーナーはファッション・デジタルの分野に精通されているクリエイティブ・コンサルタントの市川渚さん。彼女が対談相手として選んだのは『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんです。今回はテクノロジーという観点から、私たちに美のひらめきをあたえてくれる具体的なガジェットを中心に、「美」にまつわるお話をしていただきました。
「私は『美』に関しては、そこにネガティブな要素はなにもない、と思いたいんです」(市川)
そもそも一言で「美」と言っても、あまりにも大きな概念。まずは、おふたりが「美」をどのように定義しているのかをうかがいました。
市川:今回このテーマをいただいてから、人はどういったときに「美」を感じるのかということをいろいろ調べたんですが、その中で、「美はなにかものやことに出会ったときに人間が感じる最上級の善である」と説いてらっしゃる方がいて。
松島:なるほど。
市川:最上級の善を感じたときのその感覚自体が「美」である、と。じゃあその感覚はどうやって作られるのかというと、経験や教育に左右される、ということなんですね。私がこの考え方を好きな理由は、ものすごくポジティブだから。私は「美」に関しては、そこにネガティブな要素はなにもない、と思いたいんです。どんな「美」もその人にとっては善だし、すべてが正しいと思う。
野村(She is):唯一の決まった「美」が存在するわけではない、というのはひとりひとりにとって希望になるかもしれませんね。松島さんはいかがですか。
松島:批評家の小林秀雄さんは「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」と言っています。これは花の美しさというものがそもそも花の中に備わっているのではなくて、「美しい花だと感じる主体」がそこにあるという話なんです。
『WIRED』でこの前「デジタル・ウェルビーイング」特集を出したのですが、このウェルビーイングという考え方が、僕にはすごくしっくりきて。これは欧米の言葉で「よく(ウェル)・存在する(ビーイング)」という意味。自分が「よい状態にある」ということが、内面から出てくる主観的な美しさに直結しているのかもしれないですね。
「感覚器を拡張していけるのが、最近のテクノロジーの面白いところだなと思っています」(松島)
その時代に応じて「美」の基準は変化するもの。市川さんが紹介してくれたのは、ご自身の見方をアップデートして「美のひらめき」をくれたという、意外なガジェットでした。
市川:私、カメラ好きからの延長で、趣味でドローンを飛ばして写真やムービーを撮ったりしているんです。カメラでの撮影って、基本的には人間が立ったりしゃがんだりした視線の反映ですよね。今までは高いところから撮ろうとすると、脚立や高い建物にのぼったり、ヘリに乗ったりしていたわけですけど、それはある意味自分じゃないものにお世話になって視点を変えているということ。
でも、ドローンが登場したことによって、自分の目を空に飛ばせるようになったところがすごく面白いなと思って。つまり、視点を主観的に操作できるようになったわけですね。私の場合、新たな視点を手に入れたことによって、すでに見たことのあるものの美しさを改めて発見できたんです。
野村:具体的にどんなものをご覧になったんですか?
市川:海岸線の消波ブロックを見たときはすごく感動しました。消波ブロックって、近くで見るとフジツボがびっしり生えていたりして気持ち悪いじゃないですか(笑)。でも上から見るとシンメトリーなものが規則的にうわーっと並んでいて、とても美しいんです。こういう体験は「美」のアップデートになるんじゃないかなと思っています。
松島:今、渚さんがおっしゃられたのって感覚の拡張だと思うんですよね。ある種の鳥視点をはじめて人類が身につけた、みたいな。「五感」っていう言い方をするから、人類は5つしか感覚がないように錯覚していますが、本当はものすごくたくさんの感覚器を持っているんです。例えば、湿度を僕らが体感としてわかるというように。そういう感覚器を拡張していけるのが、最近のテクノロジーの面白いところだなと思っています。
野村:たしかに。
松島:今までだったら宇宙飛行士や飛行機の操縦ができる人しか見られなかった視点を、誰もが得られるようになるというのがテクノロジーのものすごくいい部分ですよね。美しさというものもこれからテクノロジーによって「デモクラタイズ」、つまり民主化してどんどん拡張していく局面にあるのかなと思います。
「Apple Watchは腕時計の美しさを再発見させてくれたプロダクト。これがきっかけで、普通の腕時計も欲しくなったくらいです」(市川)
市川さんにとって、Apple Watchもテクノロジーが「美」を再発見させてくれたガジェットの一つ。松島さんも、指輪型のウェアラブルな生体データ測定デバイスを使用しているそう。二人がテクノロジーを通して発見した「美」とは?
市川:よくApple Watchってなにがいいんですか? と訊かれるのですが、「テクノロジーで便利になるんです!」っていうところは、実はポイントではなくて。そもそも腕時計というプロダクトが持っている「美」の要素は、まず所作の美しさなんですよ。スマホでも時計は見られるけれど、やっぱりみんな前かがみで見ているから姿勢が悪くなる。AppleはApple Watchを作る上で、腕をかざして腕時計を見るという所作をすごく大事にして設計しているんです。この動きって、性別関係なく美しくないですか?
野村:たしかに、ちょっと踊っているような感じもあるし、なめらかな動きですよね。
市川:エレガントですよね。それから、当たり前のことなんですけど、手元だけで時間の確認ができるのはものすごく理にかなっているってことに改めて気づきました。Apple Watchは腕時計の美しさを再発見させてくれたプロダクトですね。
野村:テクノロジーをきっかけに、身体の動きの美しさや、アナログな道具の魅力に改めて気づいたということですね。
市川:そう。普通の腕時計も欲しくなったくらいです。それまで全然興味なかったんですけど。
松島:ガジェット繋がりだと、僕、身体のデータを取ってくれる「OURA」という指輪を愛用しているんですよ。『WIRED』編集部に来てから疲れがとれないなあと(笑)。どうやったら睡眠の質をよくできるだろうって思って、眠りの深さや心拍の変動などのデータを取れる指輪を使ってみることにしたんです。Apple Watchも思い浮かんだんだけれど、『WIRED』の編集長がApple Watchだとあまりにも当たり前すぎて面白くないかなってことで(笑)。
市川:私も同じものを愛用しています! いいですよね。
松島:先ほどの、美しさは主観だという話とは真逆の方向なんですけど「美しさとは、自分にとってよい状態であること」と定義すると、これまでは概念としてあった「美」というものが、この指輪みたいなテクノロジーによってどんどん数値化されていくことになりますよね。「クオンティファイド・セルフ(定量化された自分)」っていう言い方をするんですけど、それが当たり前になって、みんながそれぞれ理想の数値を自分の指標にする現実もこれからやってくるんじゃないかな。
野村:ちょっとディストピア感がありますね。
松島:ですよね。ただ、自分の身体のデータを取ることが社会的なリテラシーになって、例えば「乾燥肌」のような肌の悩みをデータ化してそれに対処できるようになると、じゃあその次の美しさとはなにかというレイヤーに人類が進めるような気がするんです。この指輪のようなプロダクトで、これからは非侵襲的に血糖値なんかも取れるようになるんですけど、そうなると自分が元気で美しくあるために最適な指標がよくも悪くもどんどん数字で見えるようになる。そうした動きを前提に「ウェルビーイング」の定義自体が今後どうなるのか考えているところで、今は人類のリテラシーがぐっと上がっている最中なのかなと思います。
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