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わたしたちを幸せにするフェミニズム/山内マリコ

田嶋陽子『愛という名の支配』の文庫解説、全文公開

テキスト:山内マリコ
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きっかけはSNSだ。あるとき、田嶋陽子さんについてのツイートが目にとまったのだ。世間には「モテないフェミニスト」みたいに誤解されているけど、実はヨーロッパの貴族とも恋愛経験のある恋多き女だったこと、あのイメージはテレビによって作られただけ、本を読めばわかる、たしかそんなふうに書かれていた。それで、本を買ってみた。ほとんどが絶版になっていたので、古本で手に入れた。一読した映画批評集『ヒロインは、なぜ殺されるのか』(講談社+α文庫)(単行本タイトル『フィルムの中の女』新水社)でさっそく度肝を抜かれた。女目線で観ると違和感のある名作映画は多い。それをじっくり鋭く読み解いていくこの本は、30年近く前に書かれたとは思えない斬新な視点、男文化の権威にひるまず切り込んでいく清新な感性、なにより「今っぽい」センスを感じるものだった。そして興奮しながら次の1冊に手をのばした。それがこの、『愛という名の支配』だ。

『愛という名の支配』は、1992年に太郎次郎社から刊行されて以来、長く大事に売り継がれてきた。2005年に講談社から文庫化もされている。本書はその文庫版を復刊したものである。
単行本と文庫の内容は同じだが、一つだけ大きく違うところがある。単行本には、テレビに登場するようになった田嶋陽子さんの写真がふんだんに掲載されているのだ。講演中のさまざまな表情、それから、照れくさそうにお茶目なポーズを決めた写真も。そこには時代のど真ん中で追い風を一身に受けている一人の女性が、とても生き生きと映っていた。その姿は、女らしくしているわけでもなく、かといって男らしさを演じているわけでもない、ただあるがままに自分らしい、田嶋陽子という“個”だ。
彼女はどのようにしてその“個”を獲得していったのか。この本にはそれが、自らがたどってきた人生を明かし、痛みを告白しながら、どこまでも正直に、まっすぐに書かれている。幼少期の体験、母との関係を出発点に、一人の女性が自分としっかり向き合い、苦しみの根っこを見つけ出していった過程が描かれている。やさしい話し言葉と吟味された構成、大胆不敵なたとえ話をふんだんに用いながら、女性が差別される構造的な仕組みをわかりやすく解き明かし、その追及はモラルや社会規範、文化や美意識にまで及ぶ。田嶋フェミニズムの決定版。
わたしたちが“女であるがゆえに受ける差別の構造”は、空を覆う雲のようなものだ。実に自然に、当たり前にそこにある。だからそれがなんなのか、疑問を持つこと、おかしいんじゃないかと気づくこと自体が難しい。そして覚醒したら最後、世界中ありとあらゆる所に織り込まれた女性差別を意識せずにはいられなくなる。共通言語を得た同志とは、あうんの呼吸でわかり合える。それを前提にした女性学の本も多い。
だけどこの本がすごいのは、わかる人にだけ伝わればいいという、狭いスタンスにとどまっていないところだ。むしろ“雲”の存在に毛ほども気づいていない、それでいて女としての苦しみは存分に味わっている人にこそ向けられている。<知ることはつらい。自分が差別されているなんて思いたくはない。(中略)まず知ること、それこそが、救われるための第一歩だと思う>と、痛みをともなう読書体験になることを先に明かしつつ、知ること、向き合うことによって<自信をつけて、ラクになって、人生を楽しんでほしい>と締めくくる。こんなにあったかいフェミニズムの本は、ちょっとほかに見当たらない。
これは、自分を自分の力で、手探りで癒やしてきた人の、体験に根ざした実地のフェミニズムだ。その分析のプロセスと探求の成果を、どうぞみんなも役立てて、そして幸せになってと、気前よくシェアしてくれる本だ。すべての女性に、別け隔てなく。読んだあと、ぎゅっと抱きしめたくなる本が稀にあるけれど、これはそういう本だ。

以来わたしはあちこちで、会う人会う人に『愛という名の支配』をすすめまくる草の根運動をはじめた。「最近なにか面白い本ありました?」と訊かれれば、「田嶋陽子さんの本です!」と答えた。「え……、田嶋陽子?」と相手がネガティブな反応を示したら、その誤解をほぐしてまわった。いい反応もあれば、微妙な反応もあった。なかでもいちばん熱の入ったリアクションをくれたのは、作家仲間の柚木麻子さんだった。それから、フェミニズム専門の出版社、エトセトラブックスを立ち上げたばかりの編集者、松尾亜紀子さんも。彼女が、フェミマガジン『エトセトラ vol.2』の責任編集をやりませんかと誘ってくれて、2019年5月に発売され大変な評判を読んだ『vol.1』の次号予告に、<山内マリコ&柚木麻子 責任編集 特集 We Love田嶋陽子!>の文字が掲載された。

PROFILE

山内マリコ
山内マリコ

1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、 2012年『ここは退屈迎えに来て』 でデビュー。 主な著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』 などがある。雑誌「CLASSY.」で小説『ふたりは一心同体だった』を連載

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『愛という名の支配』
著者:田嶋陽子

2019年10月27日(日)発売
価格:649円(税込)
発行:新潮社
Amazon

『エトセトラVOL.2』

特集:We♡Love 田嶋陽子!
山内マリコ・柚木麻子 責任編集
2019年11月7日(木)発売予定
価格:1,320円(税込)
発行:エトセトラブックス
『エトセトラVOL.2』

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