ねえ、どこから読んでくれてる?
食べてる?
寝れてる?
安心できてる?
家にいよう、STAY HOMEとみんな言う。
けど、「自分には家こそが危ない場所なんですけど」って人もいるよね。
生き場所探して旅に出た、あの子のことを考えてます。
ね、トンちゃん。
父親に殴り飛ばされて、命と自由を守るために家出したトンちゃん。
それに、リョウコさん。
親が決めた結婚を断って、1960年、移民船に乗り込んだリョウコさん。
それから、レジさんとシェリーさん。
女同士で支え合って愛し合ってレストランを経営してきたけれど、同性愛を死刑で罰する国に生まれていたものだから、警察に見つかって、何もかも手放して、殺されてしまわないために国外脱出した、レジさんとシェリーさん……。(※1)
ひとりっきりで机に向かい、ひとりひとりを思い出します。
生き場所探して旅に出た、あの子と出会った、旅の思い出。
「家にいよう」って言われても、「家こそが危険なんですけど」ってなる。
「外出自粛」って言われても、「“外”こそが居場所なんですけど」ってなる。
あの子みたいな誰かの旅路を、ずうっと、ずうっと思っています。
それで手紙を書きました。
宛名をつけずに、あなたに宛てて。
ね。
わたしたち、閉じ込められずにいようよね。
窓越しに空を、スマホ越しに声を。
いまは、遠くに行けなくたって。
心までは、閉じ込められずにいようよね。
って、伝えたくて。
今から、旅の話をするね。
生きる場所を探して旅してた、あの子たちの旅の話を。
終わらない。
終わらせない。
それぞれの、旅の話を。
むかあしむかし、世界がこうなる前のこと。まだ、旅客機が飛んでいて、客船も浮かんでて、高速バスも行き交って、遠くに行きやすかった頃のこと。わたしね、行ったり来たり8年かけて、「世界レズビアンバー紀行」を書くための旅の途中だったんだよ。
なんでかって、レズビアンバー、生き場所を探す旅の交差点だから。
「生まれた国で同性愛は違法なんだけど、脱出してきたの」
「よい娘としてよい嫁になることを強いられてたんだけど、脱出してきたの」
そういう旅人たちがやっと笑えてて、すごく元気が出る場所だったから。
世界中、そう。
空と海の港・上海では、レズビアンバーの壁際にスーツケースが山積みだった。
カフェーで愛も政治も語る都・パリでは、「女だから理系は不得意でしょ~?とかナメたこと言わせねえためのハッカーネットワーク」の人たちが作戦会議してた。
ミリオンダラーのサクセスを夢見る街・ロサンゼルスでは、「女にビジネスは向かない」って、銀行が性別を理由に出資拒否してた時代に、「これで起業しな!」ってドカンとファンド立ち上げたサイコーのレディの伝説が語り継がれてた。
船乗り行き交うアムステルダムでは、1923年に生まれて、自分がレズビアンだということを隠さずに生きて、はみだし者が安心してはみだして来られるカフェを作った、風紀を取り締まる権力者が来たらそっと秘密のランプを点けてみんなを逃がした、気に食わねえ偉そうな野郎がいたらネクタイひっつかんで切り取って天井からぶら下げてみせた、義理と侠気のセーラー服無敵ババア、Bet van Beerenさんの写真がいっぱい飾られてた。Bet van Beeren。名前もロックスターみたいでしょ。
話したいことだらけだけれど、あなたにはやっぱりね、最初にも名前を出した、トンちゃんの話をしようかな。
あれは、ロンドンだった。
わたし、ひとりきりでロンドンのレズビアンバーに行って、そこは地下で、ちょっと暗くて、緊張してて。頑張って誰かに話しかけなくちゃって思ったんだよね。それで、話しかけた。なんか「陸上部!」みたいな元気そうな短髪の子。それが、
「こんにちは。誰かと待ち合わせですか?」
「いえ。まだこの街の人を知らなくて」
「どちらからいらしたんですか? わたしは日本から」
「自分はマレーシアから。トンって呼んでください」
トンちゃんだった。
お隣に座らせてくれた。となりのトンちゃん。
トンちゃんは同性を好きになって、それがお国にもお家にも許されなかった。マレーシアでは同性愛は違法だし、父親にも「壁まで吹っ飛ぶくらい」殴り飛ばされた。一生懸命バイトして、一生懸命お勉強して、ようやくロンドン留学にこぎ着けたんだって。
「それで速攻レズビアンバーに来たの?」
「うん」
「最高」
「でしょ」
トンちゃんはうれしそうだった。
わたしまでうれしくなった。
「「ハァイ!」」
バカでかい声がふたり分ハモってて振り返ると女の子がふたりいた。
「わたし、ベッキー!」
「あたしはグロリベル!」
「「CHEERS !!」」
バカでかい声で乾杯を求められたのでとりあえず乾杯した。マリブコークの泡がはじけた。
ベッキーはアメリカ人、ベッキーに言わせれば「イモ畑と教会しかねえ」州出身。グロリベルはパナマ共和国出身で、黒髪がツヤツヤで、小刻みに踊ってた。パナマの伝統音楽ってどんなんなんだろうね。
「ふたりは何年付き合ってるのおお!?」
トンちゃんとわたしに向かって、グロリベルが絶叫した。
「付き合ってないよ。今出会ったんだよ」
「そしてラブストーリーが始まったのおお!?」
「ちょっとベッキー、この子の音量下げるボタンどこ?」
ベッキーはOH! SHIT! LOL!! ってなって、グロリベルのほっぺをつんつんしてた。
「あたしたちはずっと付き合ってて、やっと今出会えたのおお!!」
キャー!!!!!
グロリベルの音量は、いくらほっぺつんつんされても下がらなかった。
グロリベル、ネットでベッキーと出会ったんだって。アメリカとパナマで遠距離、リアルでは一度も会えてないまま、「いつかこの街を出ようね」「いつか二人でロンドンで暮らそう」ってスカイプのビデオ通話で何年も何年も励まし合って来て、そして、やっと、会えたんだって。それ聞いたらちょっと、「そりゃ叫ぶよな」って思えた。ま、うるさいけど。
帰り道。
店を出て、一人でホテルに向かう道。
「waaaaaaaaaAAAAAAAIT !!」
背後から「ウェーイ!!」って叫び声がだんだん近づいてきて、「パリピ?」って思って、でもよく考えたらここはロンドンで、それは「ウェーイ」じゃなく「WAIT」で、そしてやっぱり、それは、パリピだった。大音量ガール・グロリベルだった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
全力で叫び、全力で走るガール。
「ふぅ……」
息を整えて、
「すぅ……」
息を吸い込んで、
「……あの娘に、トンちゃんに連絡先渡したの?」
グロリベル、ささやき声で言ってた。叫ばなかったのは多分、もうレズビアンバーの外だから、だろうね。
「えっ、特に渡してないけどなんで」
「あきらめちゃダメだと思うから!」
「だから恋じゃないんだって」
「いいいいいいから連絡先を渡しなさいっ。見たでしょ、あたし、足が速いんだから、あたしが郵便屋さんしてあげるんだから!」
陸上部はトンちゃんじゃなくてグロリベルのほうだった。
それで名刺渡したら、グロリベル、めっちゃ走ってくれてさ。さすが、パナマからアメリカの子に恋してロンドンまで来ちゃう子だなって思った。
グロリベル、走ってた。かわいい暴走郵便屋さん。
グロリベルが走ってくれたおかげでわたしは今でもトンちゃんと連絡がつく。グロリベルが走ってくれた夜のことをあなたへの手紙に書ける。
「あきらめちゃダメだと思うから!」
走ってきたみんなの息の音を、この手紙越しに伝えられたかな。
トンちゃんも走ったよ。
ベッキーも走ったよ。
上海でスーツケース引く小姐も、パリのマドモワゼル・ハッカーも、ロサンゼルスのファンドぶち上げレディも、アムステルダムのセーラー服無敵マスターも、みんないるよ。みんな、いるよ。そう思うとさ、自分だってさ、
「ふぅ……」
息を整えて、
「すぅ……」
息を吸い込んで、
叫びたくなるよ。
わあ!
わあ!
「ひとりじゃない」とか、「大丈夫だよ」とか、簡単には言えないけどさ。でも。トンちゃんが国外脱出即レズビアンバーキメてたよって、グロリベルがかわいい暴走郵便屋さんしてくれたよって、あの子がいるよ、あの子もいるよって、伝えたかったんだ。あなたに。
窓越しに空を、スマホ越しに声を。
いまは、遠くに行けなくたって。
心までは、閉じ込められずにいようよね。
マジで実生活本当にやばいことは、「自分さえ我慢すれば」とか「自分が我慢しないと」とか思わずに外に向けて話してね。たとえば「#8103(ハートさん)」に電話すると都道府県警につながって、すぐに通報とはならないけど、性犯罪被害専門ダイヤルで相談できるからね(参考:警察庁)。DV、つまり家庭内暴力も、「住んでいるところの名前+DV相談」で検索すれば相談窓口が出るし、2020年4月29日からは24時間対応になるからね(参考:NHK)。
そこでは生まれてないけれど、ここで生きたいと思える場所へ。
窓越しに空を、スマホ越しに声を。
そこからでも、つながってるんだよ。どこからでも、つながってるんだよ。
読んでくれてありがとね。
おやすみ。
大丈夫だよ。大丈夫にしてやろうね。
(※1 参考記事:The Columbus Dispatch, “Lesbian couple flees Iran, finds home in Columbus”)