『ハーフ・オブ・イット』が映す希望。「ハッピーエンド」じゃなかったとしても

『ハーフ・オブ・イット』が映す希望。「ハッピーエンド」じゃなかったとしても

Netflix発の静かで強い物語。愛の形はひとつじゃない。

テキスト:後藤美波
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2004年の映画『素顔の私を見つめて…』公開当時、アリス・ウー監督は「このエンディングは“ハッピーすぎる”のではないか?」という質問を繰り返し受けたのだという。『素顔の私を見つめて…』はニューヨークに住む中国系アメリカ人の医者とダンサーの女性同士のラブストーリーで、2人は紆余曲折を経て最後に結ばれる。監督自身も、このようなハッピーエンドが現実に望めるものなのか確証を持てなかったのだそうだ。

それから16年。ウー監督にとって同作以来の新作長編映画として届けられたのが、Netflixオリジナル作品『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』だ。舞台はアメリカ郊外の田舎町。母を亡くし、英語が得意でない父と2人で暮らす中国系の少女エリーが主人公に据えられている。

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』 photo credit: KC Bailey

同級生のレポートの代筆でお金を稼ぎ、母の死以来ふさぎ込む父との慎ましい生活の足しにしている17歳のエリー。彼女の孤独な日常は、アメフト部の2軍選手・ポールからラブレターの代筆を依頼されたことをきっかけに、思わぬ方向へと変化する。ポールのラブレターの送り先、学校で人気の美しい女子生徒アスターは、エリーが密かに思いを寄せている相手でもあった。一通だけの約束で引き受けたはずの手紙のやりとりは、やがてメールのやりとりに発展する。エリーが書いていると知らないアスターは、交わし合うテキストを通じて手紙の主に心を開いていき、一方でエリーとポールも予想外の友情を育んでいく。

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』 photo credit: KC Bailey

あらすじだけなぞってみると一人の女の子をめぐる三角関係の物語のように見えるかもしれない。だが見ている側としては、エリーとポールのどちらがアスターと結ばれるのか? 主人公エリーはアスターの愛を勝ち取れるのか? と恋の顛末が気になるよりも、エリーとポールの友情がずっと続いてほしいし、エリーもポールも傷ついてほしくないし、エリーのアスターへの思いも届いてほしいし……とただただこの3人のキャラクターの幸せを願わずにはいられなかった。そして、そういえば映画の冒頭で「言っておくけどこれはラブストーリーでもなければ、誰かがほしいものを手にする話でもない」とエリーが観客に忠告していたことを思い出す。

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』

エリーの定位置である駅の線路脇の小さなブース。見たところ白人だらけの保守的な田舎町でエリーが感じてきた孤独は計り知れないが、そこは彼女にとって数少ないセーフスペースだったことがうかがえる。ポールとアスターはそんな安全だけど孤独な場所からエリーを解き放つ。ポールは扉の向こうから中にいる彼女に話しかけ、アスターはエリーをそこから連れ出して、秘密の場所で特別な時間を共有する。またポールはエリーと出会って、それまで信じてきたことを覆す、一つだけではない愛の形を知ることになるし、アスターは学校の人気者と付き合う「プリティガール」の仮面の下の複雑な素顔を「理解されている」と感じることのできる相手を見つける。この三角関係をつなぐ矢印は決して一方通行ではない。友達がいる様子もないアジア系のクィアな女の子、街から出たことがない平凡な肉屋の四男坊、学校で人気の男子と付き合っているスクールカースト上位なクールガール。本来交わることがなかったかもしれない3人の人生が交錯し、互いに影響をおよぼしあった青春の尊くて儚い、取り返しのつかない一瞬が本作では切り取られている。

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』 photo credit: KC Bailey

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』 photo credit: KC Bailey

安全な定位置を離れたエリーは、劇中たびたび挿入されるプラトンやオスカー・ワイルドといった過去の偉人の言葉を借りることなく、また誰かの陰に隠れることもなく、最後には自分自身の言葉で愛を定義してみせる。ロマンスという意味ではどの登場人物も一度も結ばれていないこの作品は、エリーが最初に忠告した通りラブストーリーではないのかもしれない。少なくとも誰かと誰かの恋の行方が真ん中に据えられた「典型的なラブストーリー」ではないだろう。だけど『ハーフ・オブ・イット』はたしかに愛についての物語であり、それも一つではないたくさんの愛の形についての物語だ。

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』予告編

アリス・ウー監督は、前作『素顔の私を見つめて…』の結末が「現実的」かどうか迷ったとしつつ、同作がハッピーエンドであることについて「クィア女性として、それが起こりうると信じることが必要だった」と『ハーフ・オブ・イット』のプロダクションノートで語っている。そんなウー監督の願いを込めたハッピーエンドに希望を見た観客も少なくないだろう(監督は「15年経って、誰もこのエンディングがハッピーすぎるなんて思ってないですよね!世界は変わりました。そのことに感謝しています」とも述べている)。「恋に落ちた2人はそれからずっと幸せに暮らしましたとさ」で終わらない『ハーフ・オブ・イット』は、『素顔の私を見つめて…』で示されたようなハッピーエンドではないのかもしれないけれど、本作もまた世界のどこかで「どこへも行けない」と感じている無数の「エリー」たちに確かな力を与えてくれる作品だと思う。そして監督が「この映画の終わりはそれぞれの始まりであり、3人のキャラクターにとってこれ以上幸せなエンディングはないと思います」と話しているように、『ハーフ・オブ・イット』のような作品があれば、エリーにとってのポールがいれば、「良い絵」を台無しにして「すごい絵」が描けそうな気がする。典型的な「ラブストーリー」でも「ハッピーエンド」でもないかもしれないこの作品は、たしかにそう信じさせてくれるのだ。

アリス・ウー監督とエリー役のリーア・ルイス photo credit: KC Bailey

アリス・ウー監督による、劇中に登場する魯肉飯の手書きのレシピ

※記事掲載後、一部表記を修正しました。

『ハーフ・オブ・イット』を語ろう。オンラインでShe is MEETINGを開催
毎週水曜夜は「She is MEETING」。5月20日(水)にNetflixオリジナル作品『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』をオンラインで語り合う会を開催します。
詳しくはお知らせページよりチェックしてくださいね。

INFORMATION

作品情報
作品情報
『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』

2020年5月1日(金)からNetflixで配信中
監督・脚本:アリス・ウー
出演:
リーア・ルイス
ダニエル・ディーマー
アレクシス・レミール

ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

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