善福寺川緑地公園、和田堀公園(東京都杉並区):子どもを追いかける私も、一人になりたい私も知っている。家とはまた違う自分たちの居場所
「ねえ見て、公園が夜になったよ」
朝夕自転車で通り抜ける善福寺川緑地公園の中で私にそう言ったのは、後ろに乗った3歳の娘だった。空は確かに暗く、もういくつか星が出ていて、木々に茂る葉が風に踊るその音だけが18時半の景色を包んでいた。
“公園が夜になる”という言葉を選ぶこどもの伸びやかさと迷いのなさに心を打たれ、その気持ちをそのままペダルにぐっと込めて前進する。川を渡り、この先の坂道を登れば、我が家はもう直ぐそこだ。
いつの間にか“公園”という場所が家へと続く帰路でありながら、家とはまた違う自分たちの居場所になっていることを心強く思っていた。
「夜は夜でいいよね」
上り坂で切れ切れになった息でそう言った私に3歳の娘は「そうだねえ、あさもあさでねっ」と一丁前に言った。
“新しい朝が来た、希望の朝だ”
そんな音楽に合わせてラジオ体操に勤しむおじいさんや、川沿いを走るランナーたちにすれ違う朝。昼間は小さな子どもたちで賑わい、カメラを提げ野鳥を眺める人々は日が落ちるまでの長期戦だ。善福寺川に飛来してきた大鷹がここで子育てを始めて数年、最近木の上で新しい赤ちゃんが生まれたらしい。おじさんが覗かせてくれた望遠レンズの中の雛の黒い瞳はとても愛らしかった。
大鷹と同じく私が子育てを視野に入れてこの公園のすぐそばに引っ越して、今年で7年目になる。身近な場所にはなったけれど、それでも時折ここを宇宙のように感じることがある。遥か遠く、そうありながら一体に。
娘がスキップの練習をしながらいくつもの花を指差し、夫はその名前を娘に教え、時々小さくギターを鳴らす。
すれ違うたくさんの犬たちに息子が手を振り、木陰でくつろぐ猫たちに勝手に名前をつけて「おいで」と手を伸ばすのが私。
一緒にいても、当たり前に見ている景色はそれぞれ違って、私たちはここではひときわ自由に自分の時間を過ごしているのだとなんとなく思う。
そんなゆっくりとした散歩にも、週に1度は目的地がある。
善福寺川緑地公園に隣接している和田堀公園内にある、つり堀・武蔵野園。7年せっせと通い詰めているランチスポットだ。
「いらっしゃいませ~!」というお姉さんの元気な声に迎えてもらう時、「ママさん、毎度ありがとねえ~」とおじいさんに見送ってもらう時、私はどちらもとても幸せで、この街に住めて嬉しいなあと素直に思う。
オムライスや焼きそばや焼肉定食を頼んで、どれを何度食べても「美味しいね」と言い合う。ビールを頼むのは、頑張ったと思える日。食堂はビニールハウスのような造りになっていて、外の天気がよく分かる。雪が残る冬の日も、激しい通り雨の夏の日もあった。過ごしやすい春や秋には、表の広場にレジャーシートを敷いて食べることもあるけれど、この中の雰囲気が好きだからこそ、私たちは足を運び続けている。
「そんなTシャツあるんだねえ、いいねえ」
「毎度ありがとねえ~」のその前に、おじいさんが私が着ていたTシャツを褒めてくれたことがあった。決して口数が多いわけではないけれどもその存在感そのものでお店を包んでくれていたおじいさんがお会計の椅子に座らなくなった今も、私はそのことをすごく大切に思っていて、“武蔵野園のおじいさんに褒めてもらったTシャツ”と呼んでいる。何度訪れても真新しく、私はここが好きだ。その気持ちを帰り道にぎゅっと抱きしめる。
心配事があっていつもより早く目覚めた朝や、夫と喧嘩をして眠るに眠れない夜、原稿に行き詰まった明け方なんかに一人家を出ることがある。一番好きなベンチに寝転がって目を閉じると、ようやく自分のむき身の気持ちに気づく。それはまるで1枚ずつ洋服を脱いで湯船に浸かるその時のように。
鳥の声、遠くに見える薄い月、木々の隙間を縫って差し込む光。葉っぱのひとつひとつは赤子の手の平のようで、集まって揺れる様はどうしてかその柔らかい髪に似ていて、世界の美しさと自分の小ささに感嘆する。
朝焼けにくじけそうになること、夕焼けに背中を押されること、雨のおかげで泣いてしまえることや晴れたから泣かずにすんだこと。そんなことを繰り返して生きてきた。私はこの公園でそういうことをたくさん覚えたような気がする。子どもを追いかける私だけじゃない、一人になりたい私もこの公園は知っているんだなと思う。
春には花見客で大賑いになるけれど、それでも少し奥に進めば、小さいけれども懸命な1本の桜を独り占めできるこの公園が好きだ。見上げると桜と椿が半分ずつ楽しめる、とびきりお気に入りの場所も見つけた。
川沿いの道が長い花のトンネルへと変身するこの時期は、人々の足取りが緩やかになって、そのいくつもの横顔に花の力を思い知る。嬉しさの中に切なさも含んだ、短く、鮮烈な春。春はいろんなことを伝えていく、容赦なく早々と。今年の春もそうだった。
その日は、桜の上に雪が積もった稀有な日で、行ってしまったと思っていた冬が最後の力を振り絞って、季節の清々しいまでのたくましさを見せつけたような朝だった。
冬のエピローグにも春のプロローグにも見える3月の雪。お花見がお雪見になったこの日は、あまり外に出てはいけなかった日で、だけど人々は少し距離をとりながら、花に積もる雪を同じように見つめていた。
きれいだね、すごいね、と目と目で笑いあう。シャッターを押すお母さん、雪だるまと子どもを抱えて足早に家に入るお父さん、手を繋ぐ老夫婦、少し離れてiPhoneをかざす男の子に、大きなピースで返す女の子。
「一瞬マスク外して!」と聞こえた声が、「顔を見せて!」という聞こえない声と重なった。どれもがとてもきれいな距離だと思った。そう思うことを許したいと思った。
何が最善の選択か誰にもわからないまま世界が変わっていく中でも、自然はきらめき、時は流れていく。
「公園が夜になったよ」とあの時言った娘は、今年小学生になった。入学式の欠席を決めた4月、私たちはこの公園の川沿いで家族だけの小さな入学式をした。枝に止まった鳥が鳴いて、蝶々は飛び、花は揺れて、そんな木の間で私たちも生きていて。持て余した時間の中に、持ちきれない瞬間の連続があった。走った分だけお腹が空いて笑った分だけ眠くなる子どもたちにも、そうはいかない大人にだって、公園は大きく優しい。
私たちはここで家でも見せないような顔をしているのかもしれない。いくつもの日常を包み、いくつもの私を映しながらそこに悠然と在る公園で。遥か遠く、一体の宇宙の中で。そして、そのことはやっぱりとても心強い。
今日も、あと少しで公園は夜になる。そうしてまた、新しい朝が、希望の朝が、やってくるのだ。