いつの間にか、石榴の赤くなる季節になっていた。朝の光の中で、濡れるように輝く石榴の実は、ほんとうにきれい。
こうやって、庭先の木や、街路樹を見上げたり、道端に咲く花を眺めたりしていると、その姿形の美しさやおかしさに度々驚かされる。涙が出そうになることもある。
自粛生活の始まったこの春から、私は、庭いじりを始めたり、山や海によく出かけるようになったりと、これまでになく自然に触れ合う機会を求めるようになった。周りにもそんな人が多くいる。
私たちが自然の中に身を置きたいと思うとき、それにはどういう意味があるんだろう。自然の持つ力って、なんなんだろう。
世の中がこういう状況になるそのずっと前から、植物や自然の力について気づいていた人たちに、聞いてみたいと思った。
それぞれの感じている「自然の力」と、「センス・オブ・ワンダー」について。
—自然がくりかえすリフレイン―夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ―のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。—
レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」より
ハーバルライフスタイリスト・植物療法士のミサちゃん
7月の終わり、ミサちゃんに誘われて、山梨県富士吉田市のハーブファームを訪ねることになった。高速バスに乗って2時間。
雲の向こうに大きな富士山があるんですよ、と出迎えてくれた「HARB STAND」の平野優太さんと真菜美さんご夫婦が教えてくれた。平野さんが育てたハーブがミサちゃんの作るハーブティーに使われている。
東京とは空気がぜんぜん違う。緊急事態宣言は解除されたものの、久々の遠出。戦々恐々ではあったけど、来てよかった。
コロナウイルスによる外出自粛期間に入ってから、私はしばらく鬱々とした気持ちで過ごしていた。そんな中、Instagramライブでミサちゃんが毎朝ラジオ体操を始めたのだ。毎日ミサちゃんが笑顔で、ただただ体操をしているだけのその様子になぜだかほっとした。彼女にメッセージを送ったのは、そんな彼女に会いたかったからだと思う。会って、いろんな話をしたかった。
村田美沙ちゃんと出会ったのは、昨年末に友人宅で開かれた忘年会だったと思う(友だちになったきっかけというものは、忘れてしまいがち)。
とにかく笑顔が素敵で、気持ちのいい空気をまとっている子だな、という印象だった。
植物療法士であること、「Verseau(ヴェルソー)」というブランドを立ち上げて活動していること、そう教えてくれる間も彼女はずっと笑顔だった。
ハーブ農家「HARB STAND」を訪ねて
「富士山の麓にあるこの場所の土は、火山灰を含んだ肥沃な土とミネラル豊富な水があります。いいハーブを育てるのにはとってもいい環境なんですよ」
到着したHARB STANDのファームの美しさ! 畦道には、歩きやすいようにとチップが敷き詰められ、丁寧に作られた畝には、あらゆるハーブが生き生きと育ち、降ったばかりの雨水がキラキラと輝いていた。富士山が間近にそびえ立っている。
端から端まで優太さんが案内してくれる。ミントやバジルなど馴染み深いものから、聞いたことも見たこともないものまで、“ハーブ”と一口に言ってもこんなにも種類があるなんて驚き。ミントだけでも64種もあって、それぞれに味を比べさせてもらったけど、その味の違いに驚いた。
畑を取り囲むように植えられているのはたくさんのローズマリー。聞けば、虫よけの効果があるのだという。こうやって農薬は使わずに、ハーブの力でハーブを守っているのだ。
コンプレックスと「自分で自分を治せるようになりたい」という気持ち
ミサちゃんはじっくりハーブを見てまわる。一つ一つのその生え方、色、感触、におい。
「こうやって、実際に畑に来ないとわからないことがたくさんあるの。だからこうして農家さんを訪ねて、いろんなことを教えてもらってるんだよね」
そもそも、ミサちゃんがなぜ植物療法士を志したのかというと、子どもの頃から抱え続けてきたコンプレックスが関係しているようだった。
「大学を卒業してからは、愛知の繊維商社で働いていたんだけど、冷房や暖房の効き過ぎたオフィスの中にずっといるうちに、冷え性がひどくなっていったの。同時に人間関係もうまくいかなくなって、不眠症になったり、毎月体調を崩して病院に通うようになったりして。
私は子どもの頃からアレルギー体質で、人より肌が弱いとか人より食べれるものが限られているとか、自分が弱いんだっていうコンプレックスがあったの。
それで薬を飲んだり塗ったりする生活が長かったから、これからまた薬を使う生活をしなきゃいけないのかなって思ったらすごいゾッとした。
大人になった今、これからは自分の意思とお金で自分の体に向き合っていくんだから、自分で自分のことを治せるようになりたいなって思ったの」
そんなコンプレックスを彼女が抱いているなんて微塵も思っていなかった。
「いつも、このままじゃいけないっていうような恐怖があるんだよね。なんか今の自分に全然納得できないんだ。いつも。『弱い自分を変えたい』っていう気持ちが常にあるからかな。あんまりそういう風に見られないんだけどさ。私、たぶんめちゃくちゃ自信ないんだと思う、自分に」
フランス行きのチケットと、本当にやりたいこと
植物療法士の資格を取るために勉強を始めた頃、ずっとモヤモヤしていたのだという。
「スクールでハーブについてあれこれ学ぶのは楽しかったけど、なんか納得できなかった。テキストを広げて、このハーブには安眠作用があるのでこういう時にこうやって使いましょうって言われても、なんでだろう? って。乾燥したハーブを机の上に広げていてもそれはわからなかった。やっぱり、自分が土をいじったり、植物がどうやって生きているかだったり、その状況や環境を体感しないと納得できないものだと思ったの」
実際に生きているハーブを見たい、納得したい。その思いを叶えるために、ミサちゃんはヨーロッパへ行くことにした。2018年の6月から10月までの5か月間、フランスを中心にベルギー、ドイツ、オランダ、イギリスを巡る。最終地点は友人の暮らすロンドン。
この旅が、今のミサちゃんの、そして「Verseau」の基盤になっている。
「パリでは、都市で使われているハーブの文化が知りたくて、「HERBORISTERIA(エルボリステリア)」っていう有名なハーブの薬局なんかをまわったりしたの。
驚いたのは、ハーブを使う人たちの多様性。日本だと、趣味の延長みたいな感じでハーブを使うような印象だけど、フランスでは、身近にある民間療法として使われているんだよね。だから若い男の子が一人で薬局に来てハーブを買っていったり、家族で来て子どもが今こんな感じだから効くハーブはないかと相談しに来たり、若い人からおじいちゃんおばあちゃんまで、しかもいろんな人種の人たちが、薬局でハーブを買っていくの。それにびっくりした。
薬局には、精油や粉末にしたもの、サプリメント、いろんな用途で使えるものがあって。フランス人も忙しいし、ティザンヌ(ハーブティー)は結構手間だと思われていて、やっぱりサプリをとる人が多いみたい。他にもシャンプーとかスクラブとか、ミストとかいろんな商品があって、その人のライフスタイルに合わせてハーブを提案できる」
ヨーロッパのハーブ文化の浸透と広がりには、それぞれの国の医療制度が影響しているようだ。
「フランスは、風邪ではなかなか治療は受けられない。でも、そういう病院に頼りづらい環境がゆえに、自分で治さなきゃいけないっていう思いがあるから、みんなハーブを買いに行ったり、なるべく自然食をとろうとか、食事に気を使ったりするんだよね」
南フランスのエクス・アン・プロヴァンスでは2か月間、ハーブ・ファームに滞在した。
「ファームでは、朝5時から作業して、日中は暑いから休憩して、また夕方作業して、夜ご飯を作ってみんなで食べてっていう毎日。
フランス人の普段食べている料理とか、どうやってハーブを取り入れているかも知ることができたし、同じ時期にファームステイしていたイタリア人の女の子がセリアック病(グルテンに対する免疫反応がきっかけになって起こる自己免疫疾患)で、まったく小麦が食べられない食事生活をしていたの。だからファームの菜園で作っているズッキーニとかトマトとか使いながらあれこれ工夫して作って。主食にはライスが出てきたり、グルテンフリーのパスタを食べたりしてた。
そういう生活をしていたら、植物療法だけで何かを治すっていうのはちょっと違うなって思い始めたの。一つのものだけを使って何かを治すって、ちょっと薬的な考え方だよね。私がやりたいのはそういうことじゃないかもって思ったんだ。食べたり遊んだり仕事したり、そういう自分の生活の中にハーブをとり入れることで、もっとみんなが心地よく生きられるようにしたい。植物療法はあくまでもベースなんだって気がついたの」
ミサちゃんは、この旅で度々体感した“フランスマインド”が大好きだという。
「あるものでなんとかしようとか、『自分でどうにかしなきゃ』っていう精神が、すごくいいなと思った。よく理解できるというか、それって、私の根底にあるものだから」
たくさんの出会いと経験、大きな影響を与えたこの5か月半の旅を終え、日本に戻ったミサちゃんは、いよいよ「Verseau」の活動を本格的にスタートする。