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メッセージを発信する花屋「MAG BY LOUISE」店主・河村敏栄

何をやってもいいんやって、常に自分に言ってあげたい

連載:about her roots. 道を見つけた彼女の原点
テキスト・撮影:梶山ひろみ編集:竹中万季
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「あれ? こういう生き方をしたかったんじゃなかったんだけどなぁ」という事態に直面したとき、あなただったらどうする?
あっさり退いてしまうのか、腹を立てて投げ出すのか、自分と対話しながら、策を練って粘ってみるのか。

今は過去の蓄積のうえにある。
未来は、この瞬間の延長線上にしかない。
そのことをようやく身をもって実感した私は、思いつく限りのことを試して、ときに静かに踏ん張って、自分の描いている未来を叶えて、味わいたいと思うようになった。

この連載では、ライターの梶山ひろみが、そんな過程を辿ってきたであろう女性たちに、原点を感じる1枚の写真を選んでもらい、当時から今日に至るまでの話を聞いていきます。

「本当はこうありたいのに」という理想と現実のズレを感じている人が、実はもうすでに理想に通じる種を手にしていることに気付けたり、はたまた、方向転換の必要性に気付けたりする視点が生まれる連載になればと思う。
まずは今日や明日をどう過ごそうか。
そのヒントを見つけにいきます。

普通の花屋とは異なる日々を重ねてきた花屋「MAG BY LOUISE」

代々木上原駅近くのマンションの一室に、河村敏栄さんが店主をつとめる花屋「MAG BY LOUISE」がある。花屋といっても、ふらっと訪ねて、お店のドアを叩いても花を買うことはできない。店舗を構えて4年が経った今年の9月から、花のレッスンやワークショップ、イベントなどを行いながら、メッセージを発信する場として進みはじめたばかりだから。

LOUISEは、花屋と聞いて想像する「まちの花屋さん」とは異なる日々を歩んできた。
2011年、花を学んだ経験はなかったものの、オンラインショップの花屋を開いた河村さんは、他店にはない何かを求めて、版画教室に通い、版をこしらえ、それを刷ったオリジナル包装紙でラッピングすることを思いつく。その頃からのお客さんのなかには、今でも包装紙を大切にとっている方もいるそうだ。

母の日のオーダーを受けていて、忙しさがピークに達したときには、「そもそも母の日ってなんなん?」という疑問が浮かび、「こんなにイライラしながら花束を作っててもあかん!」と、翌年からは母の日のオーダーをストップした。

そうかと思えば、「働くお父さんにスナックが必要だったように、働く女にだって女のためのスナックを」をコンセプトに、無農薬野菜を使った晩ごはんが食べられる「スナックルイーズ」や、実家にいた頃に喫茶店で食べるモーニングが大好きだった思い出から、朝ごはんを出していたこともある。

自分にできる範囲で、自分がやりたいことを。
それを体現することを諦めず、転んでもただでは起きない人。
それが取材前に私が河村さんに抱いていたイメージだ。

原点を感じる1枚は、ロンドンのフラワーマーケットで撮ったカップルの写真

河村さんが自分の原点を感じる1枚として選んでくれた写真は、ヘアメイクアップアーティストをめざして、ロンドンに滞在していたときに撮ったカップルの写真だった。この頃はまだ花屋になるとは決めてなかったけれど、「花と人の顔」の組み合わせが気になりだしていたそうだ。日本に帰国すれば、当分の間はロンドンに戻ってこれないだろうから、この風景を忘れないようにと写真を撮るようになった。

河村:私が住んでいたのは、オールド・ストリートというギャラリーやクラブがたくさんあるエリアだったんですけど、これはそこで毎週日曜日に開催されていた花市場、コロンビア・ロード・フラワー・マーケットで撮った写真です。この安さだったら買おうかなって思うくらい、ここで売っている花は安くて、朝ごはんを食べられるカフェとかもあって、歩けないくらいの人出があるんです。このカップルに「写真を撮らせてほしい」って頼んだら、男の子がめっちゃ恥ずかしがって顔が赤くなって。彼女が「彼氏はシャイなの」って言ったらこんなふうに笑ってくれました。

このマーケットに来ている人って、どこの誰かもわからない人間がいきなり「写真撮らせて」って言ってるのに、みんなが笑顔で「いいよ〜」って言ってくれるんですよ。私だったら絶対に嫌やなって思うんですけど(笑)。時間があるときには、「日本で何かに載せるかも」くらいの説明はしたんですけど、それでもこの自然な笑顔やから。人間を信じてるっていうのかな。

あの頃は、他人に示せるようなわかりやすい能力が大事だと思ってた

地元の大阪にある美容専門学校を卒業後、美容師免許を取得し、上京。都内のヘアサロンで働いたあと、ロンドンで経験を積むために、アルバイトをしてお金を貯めた。その間は、のちに夫となる恋人と、フードコーディネーターをめざす妹と家賃5万5千円の部屋に3人で暮らしていた。

300万円を手に渡英したものの、世界中から集まった同じ夢を抱く人間たちの競争を目の当たりにして、「自分はこの先もがんばれるんだろうか」と疑問を抱くようになっていく。

河村:河村:そうやって自問自答しはじめたら終わりなんですよね。

河村敏栄さん

6年のロンドン滞在を経て、日本に帰国。やりたいことがはっきりと決まっていたわけではなかったけれど、人と接して何かを伝えることで、生活ができたらという気持ちが芽生えていた。最終的に花を選んだのは、当時、すえの妹がウェディング会場の装花にまつわる仕事をしていたから。妹と二人で作った20種類ほどのブーケをカメラマンに撮影してもらって、ウェブサイトで販売することにした。お客さんは、そこから自分の好みのブーケと版画で作られたオリジナル包装紙を選び、オーダーできるという仕組みだ。

その後、2014年に下北沢に店舗をオープン。半年後に現在の場所に移転した。

MAG BY LOUISE入り口。アクセサリーショップやデザイン事務所などが入居するマンションの1室にある

河村:今、ロンドンで夢を追っていた頃のことを振り返って、すごく嫌だなぁと思うのは、周りばかりを見ていたこと。たとえば、ロンドンコレクションのシーズン中、ヘアメイクアーティストのアシスタントとして現場に入ると、ヨーロッパ人のアシスタントがいて、私がいるという状況になる。そのときの私は英語がわからなくて、ちょっとつついただけですぐ泣くくらいコンプレックスと嫉妬でいっぱいになってたんです。本当は、技術の面でももっとがんばって、英語の勉強ももっとやらなあかんかったのに。嫉妬って、絶対にいらないもの。ほんまに全然意味がないってことが今はわかるから。

イギリスや北欧製の花器が並ぶ店内

河村:あのときの自分に言ってあげたいのは、「しょうもない嫉妬ばかりしてないでやることやれ」ってことと、「自分には何にもないって思っているけど、あんたが写真を撮るときに人に声をかけて、喋ったりできる能力とか、『あ、この人たち、いいかも!』っていうセンスや感覚っていうのは、もっと育ててもいいんじゃない?」ってこと。人見知りがゆえに緊張して、声をかけたいって思っても、1回すれ違ってから走って戻ったりしてたんですよ。

当時は、そういう人を見つけたり、誰かと喋れたりすることは、自分にとって役に立つこととは思ってなかったんです。有名な誰かのアシスタントに就くことが大事だとか、もっと目に見えてわかりやすい能力を他人に示さなければっていう思考回路だったので。

本当にやりたいことを見つけたときは、結果を想像しすぎないことがコツ

あたふたして、自分でもがっかりするくらい不格好で。それでも、ピンと心に届くものに従って、勇気を出してやってみること。その一連の行為には名前もなければ、わかりやすく数値で表せるものでもない。でも、河村さんは過去の自分を振り返り、不格好なところも「もっと誇ってよかったのに」と思っている。言葉にすることもできない、ぼんやりとした何かであっても、もっと伸ばしてみるという考えを聞けて、私はすごくうれしくなった。

ここで、理想と現実のズレを埋めるためには、どうしたらいいかもたずねてみた。

河村:今の仕事とやりたい仕事との間にギャップがある若い人には、「それはずっと続くで~」というのが私からのメッセージ。環境や職業を変えても、年齢を重ねても、結局同じようなことで悩むものやから。どこかに「上がり」があると思うのは幻想だよ、ってことを言ってあげたい。だから、理屈で考えるよりも好きなものや追求していくのが億劫じゃないものの方へ動けるエネルギーがあればよくて、そういうエネルギーは、給料とか福利厚生とかからでは湧いてこないのが人間だと思うので。

やけど、本当にやりたいことを見つけたときは、結果を想像しすぎないことがコツだと思う。「あれもこれも全部を手に入れたい!」が動機になってしまうと、思ったより時間がかかってしまったり、出会うべき人と出会えなかったりするのかなぁって。

河村:「LOUISEみたいなお店をやりたい」って、めっちゃ言われるんですけど、ここを想像しながら、ふわ~としているだけじゃ、どんどん遠くなりそうな気がする。それよりはワークショップやレッスンに参加して黙々と取り組んでいる人の方が近い気がするんですよ。ほんまにお店をやりたいなら、自分で身を削って学ばないとって思うから。

そういうのに参加するのは嫌やけど、スナック(現在はおやすみ中)に来て、全然帰らなくて、私が「どうしたんかな?」って思ってるときに、「実はここで働きたいんです」って言われてもね。なんなら私が常連さんと喋ってるときに話に割って入ってこられたら、そんな人のことは雇わんとこって思うじゃないですか(笑)。そういう現実のところが全然見えていないっていうのはすごく……。自分もそうやったからわかるんですけどね。だから、アドバイスをするとしたら、得ることばかり考えないで、自分と向き合うことかな。

あとは、どれだけ雑誌に出ようが、SNSのフォロワーが増えようが、仕事で相手と1対1になったときに誠実な想いを持っていないと絶対に続かへんよって思う。花屋でもなんでも。そこを誰がチェックするのって言ったら、自分がするしかないじゃないですか。

フォロワーが増えた=自分が成長したんじゃなくて、ひとつのブーケにどれだけ厳しいチェックができるかを常に大事にしないとあかんくて。ちょっとダサくなってしまったら「待っててください」って一言伝えるだけでお客様は待っててくれるかもしれないし。そこでガーっと雑にやってしまったら、やっぱり経験のある人の方にお客様は流れていく。すごくシビアです。

心が動いたときに、「よし、行け!」っていうエネルギーを蓄えておくことが大事

河村さんは、人の目より自分の目を大事にする人だ。その繰り返しが、目の前にいる人の喜びを生む。だから、また河村さんに会いたくなる。LOUISEのことを考える時間が増えていく。

河村:花屋だから毎日お店を開けないと、という考えでそれを実行している人のことはほんまに尊敬するんですけど、自分はそこにエネルギーを使うより、この先、誰と出会うかわからないし、常に自分が興味のあることにエネルギーを注げるようにしておきたいんです。私の考えやアイデアは一切入れずに、ただ花を仕入れて、花として売ったり、いつでも花が買えるように定期的にお店を開けたりした方がいいのかなって思うこともありましたけど、そこまでカバーできないっていうか。そこを背負っちゃうと、私の場合はだめなんですよね。いいなぁと思うお花屋さんはいっぱいあるから、私が全部しなくてもいいとも思っています。一日は24時間しかないから、私は自分にしかできひんことに時間を使いたいなって。

自分にしかできひんことが何かと聞かれても、すぐには答えられないけど、結局、そのときそのときですごく心が動くものをやってみて、あとから見たときに「これが河村さんしかできひんことやったんや」ってわかるのかもしれない。LOUISEも今になってようやく旦那さんから「なんかいい感じにLOUISEというイメージができてきたね」って言われるようになったから。あんまり先のことを考えるよりは、心が動いたときに、「よし、行け!」って思えるエネルギーを蓄えておくことが大事かな。何をやっていてもいいんやって、常に自分に言ってあげたいんですよ。

PROFILE

河村敏栄
河村敏栄

2011年オンラインショップの花屋「LOUISE」をオープン。趣向をこらしたオリジナル包装紙をきっかけに注目を集め、ファッション誌などにも取り上げられる。2013年下北沢に実店舗「MAG BY LOUISE」を構える。半年後、代々木上原に移転。2017年9月から花のレッスン、ワークショップ、イベントなどを行う場として新たな形態での営業をスタート。インディペンデントマガジン『FLOWER』を12月中旬に創刊予定。

梶山ひろみ

1988年熊本県生まれ。編集者や雑誌編集部のアシスタントを経て2015年からフリーランスに。著書に『しごととわたし』(イースト・プレス)がある。2017年9月には夫婦のストーリーを文章と写真でかたちにするプロジェクト「quilt(キルト)」をスタート。暮らしを手放さずに働ける方法を探っています。

INFORMATION

連載:about her roots. 道を見つけた彼女の原点
連載:about her roots. 道を見つけた彼女の原点
自分なりの生き方を見つけた彼女に聞く。自身の原点となる一枚の写真とは?

vol.1メッセージを発信する花屋「MAG BY LOUISE」店主・河村敏栄
vol.2ジュエリーが小さな同志であるように。「muska」デザイナー・田中佑香

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