5月21日(火)〜5月29日(水)に開催される『LUMINE meets ART AWARD 2018-2019』。いつものルミネでちょっとした感動や非日常と出会えるアートイベントが9年目を迎える今年、前田エマさんがひとりのアーティストを推薦しました。そのアーティストとの出会いを綴ります。
彼女と出会ってから、8年くらいが経つ。けれど私は彼女のことをあまりよく知らない。私にとって「知らない」が多いというのは、すごく嬉しいことだ。好きな人や、信頼できる人との間にどれだけ「知らない」を持てるのか。長く一緒にいたとしても「知らない」を守り合えることが、幸せなことのような気がする。相手のことをどれだけ知っているかよりも「知らない」を愛しく思えることのほうが大切だと思っている。
彼女こと大杉祥子ちゃんと私は美術大学の同級生だ。周りの人から「四六時中ずっと喋っているよね」と言われる、おしゃべりマシーンの私とは正反対で、静かな彼女。私の話にはニコニコ相づちをうって聴いてくれるけれど、自分のことはあまり話さない。会話が成立しているのかもあやふやで、正直「この子、あんまり私に興味ないのかもな〜」と思っていたほどだった。
そんな彼女が大学2年生のときに、授業で発表した版画作品を見たとき、私は言葉を失った。あの日はショックで身体中がスッカラカンになり、ふらふらしながら帰宅したのを覚えている。彼女の作品からは、彼女の言葉が溢れていた。彼女の言葉が大きな波のように押し寄せて来て、私を飲み込んだ。こんなにたくさんの言葉を持っている人だったのかと、びっくりした。
それからちょこちょこ、彼女の作品を見せてもらうようになった。作品を見ていると、彼女の日記を読んでいるような気持ちになる。私にとっては気にも留めないような日々の出来事を、彼女は丁寧に掬い上げて、そのときめきを教えてくれるような気がする。
「新宿のルミネのショーウィンドウで、作品を展開させてくれそうなアーティストをひとり推薦してください」というお話を頂いたとき、まっさきに彼女の名前を挙げた。彼女の作品に、版画でつくった紙人形のシリーズがある。上野やドイツなど彼女が行ったことのある観光地の有名なアイテムをモチーフにつくった紙人形なのだが、それを見ていると私は、ちいさな頃によく遊んだリカちゃん人形や塗り絵を思い出す。この紙人形をファッションビルで展示したら面白いのではないだろうかと思ったのだ。
彼女がルミネで作品を展示することが正式に決まって少し経った頃、彼女が初めて私の家に来た。机の上に小さな紙人形を置いて、彼女はこう言った。
「エマちゃんをモデルにして作品をつくりたい」
そういえば彼女は大学時代から、いつか私をモデルに作品をつくりたいと言ってくれていた。彼女は私の家で、私の小さな頃のアルバムを見て帰っていった。
「NEWOLDOLL キセカエマチャン」
今回の彼女の作品のタイトルだ。未来と過去のお人形。製作期間は、平成から令和に変わる時期だった。完成した作品を見たとき、知っているようで知らない世界をぼんやり眺めているような気持ちになった。私が小さな頃に着ていた服や、母が今よりも若い頃に着ていた服からイメージしつくられた服。ウエディングドレスと喪服が混ざり合ったようなドレス。昔、大好きだった絵本で見たことのあるようなエプロン。白Tシャツに合わせたピンクのスカートには「マエダエマ」と描いてある。これは私が大学入学当初「上からよんでも下から読んでもマエダエマです」と自己紹介したときのエピソードに着想を得たそうだ。
私はずっと、モノをつくる人に憧れていた。文章を書いたり、音楽をつくったり、絵を描いたり、写真を撮ったり、芝居をしたりする人たち。私は、そういった人がつくりだしたモノを受け取るのが大好きだった。
高校生の頃、学校に居場所がないような気がした。そんなとき、モノをつくる人たちがつくったモノに救われた。ひとり作家を知るだけで、ひとつ音楽を聴くだけで、世界がまったく違ったものに見えた。魔法みたいだった。
魔法使いになりたいと考えたこともあった。けれど、私には表現したいものがなかった。そのうえ私は、深い悲しみも大きな憎しみも持っていなかった。
それなら魔法の世界への案内人になりたいと思った。あちら側の世界とこちら側の世界を繋ぐような人にだったらなれるかもしれない。
面白い人が集まりそうな文学部は、勉強ができないから諦めた。音大も、練習が嫌いだからダメ。手を動かすのは昔から好きだったので、美大へ行こうと思った。ここへ行けば、モノをつくる人にたくさん出会えると思った。
その夢が、こうやって少しずつ叶えられていることに、感謝しています。